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美しい花はたくさんある。 花は皆、綺麗なものだから。 豪華な花束や、見事に咲く花もいい。 でも、記憶の中の、忘れ得ぬ花は、案外、その辺の道端に咲く花なのかも知れない。 最近、そんな風に思う。 夏になりかけたある日、母がふと 「月見草」の話しをした。 戦時中、空襲にあい、当時小学生だった母は疎開したという。 「何にもなくてねぇ」 母は当時の話しをあまりしたがらない。 「毎日、川原に行って、月見草の開くのを見るのが楽しみでね。 じっと見ていると、音がしたのよ。 花が開く時に、音がするの。 それが綺麗で、ずっと見ていたのよ。」 少女のように少し微笑んで、言う。 誰も居ない、夏の宵の川原に、息を殺して月見草に見入る、女の子の後姿が浮かぶ。 戦時中の暮らしのなかで、女の子の気持ちに寄り添った花。 花のチカラ。 月見草は見かけるが、花が開くのを、じっと見ている余裕がない。 時間があったとして、微かな音が聞こえる静寂が、あるのかな?と思う。 でも、一度でいいから、その音に立ち会ってみたい。 黄色い花、と言っていたから、正しくは「宵待草」のことだろう。 夕方にそっと咲く、この花をみると、 小さな女の子の姿が思い浮かび、そっと微笑みたくなる。 人の思い出に寄り添い、記憶の襞の合間に咲いているのは、 こんな花たちなのではないかと、思う。
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「トマトが赤くて・・・いや・・、 赤いトマトがあって、それを、 そのトマトを、このトマト赤いねって 言うのと、同じなんだよ。」 しどろもどろになりながら、その人は言った。 甘い、言葉。 そう、耳に注がれる、甘い褒め言葉。 私を抱き締め、囁いていて、 いよいよ佳境に・・・、という時、 私は悪戯心から、言った。 「私ね、自分の見た目を褒められるのって、苦手なの。」 その時まで随分大人っぽく振舞っていた 年下の彼は、いきなり身を起こすと、 困ったように言ったのだ。 「赤いトマトを赤いねって言うのと同じなんだよ」 と。彼は拗ねた子供のような顔をしていて、 思わず吹き出しそうになってしまった。 精一杯の甘い言葉だったのかも知れないな・・・ ちょっと悪かったかなぁと思いながら、 いきなり困りだした彼をとても愛しく思った。 カワイイ奴。 今でも時折思い出してしまう、 遥か遠い記憶。 その時、何故か肩の力が抜けたような気がしたな。 今でも赤は好きな色。 トマトレッド。 ピュアな赤。 私のスピリットはトマトの赤かもね(笑) そう思うと、なんだか愉快だ。 今は、ハンドルの真ん中で、ピカリと。 甘いだけじゃない、サソリマーク入り(笑)
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幸せな日だ。 ハリが、生まれた日。 愛する、ということを、知る。 もう10年になるが、 これ以上はないというくらい、愛しているのに、 枯れることなく、溢れてくる。 その日は、天気のいい日曜日で、空が青くて、 梅が咲いていて・・・そのときの外の空気の匂いまで覚えているよ。 初めてハリを抱いたときの、その重さ。 小さいのに、ずしりと重くて、命の、新しい命の重さを感じた。 まだ肉のついていない、細い手足。声。 何もかも小さくて、何もかも新しくて、 圧倒的に未来しかない、小さい、愛しい、ハリ。 もう10年。 「一緒に寝よう」とか「一緒にお風呂に入ろう」とか「ママ大好き」とか、 まだまだ、キミは甘えん坊さんだが、 知ってるよ。 いずれ、遠くに飛んで行ってしまうこと。 キミは速く走れるね。きっとキミの耳には風の音が聞こえている。 高く飛び、回転している、キミの視界。 きっと、私の見たことのない風景が見えてるのだろう。 そして、その集中力。 頭が良いとか、勉強が出来るとか、そういう事ではなく、 私は、ハリを信用している。ハリの未来を。 生きるとか、頑張るという事の意味を、キミはもう知っていると思う。 だから、祈るだけ。 どうか、どうせなら、思いっきり遠くへ飛んで行ってほしい。 諦めるしかないと、清々しく思えるくらい、 高く、遠くへ!! ハリ、誕生日おめでとう。 もうちょと、甘えん坊さんで、いてね(笑)
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今年の4月のことだ。 砂川憲和さんという、尺八と篠笛の演奏家が、登山中に滑落事故にあい、 31歳という若さで亡くなった。 雪の中に落ち凍死という、痛ましい出来事で、その山を見るたびに、 彼の最後の舞台を思い出し、苦しく、悲しく、どうしていいのかわからなくなる。 彼とは共通の「K」という友人がいて、言葉を交わす様になった。 彼は、亡くなる数日前に、彼が組んでいた「ZAN」というユニットの、コンサートのため、 私の住む街に来ていて、私もそのコンサートに参加した。 コンサートでは、「ZAN」の曲は勿論、彼の「吹道」の独奏、 古典、フルート、と、彼の持つ様々な音楽を聴かせてくれた。 コンサート前日のリハーサルから、当日の様子、打ち上げの楽しい様子を、 私は「K」にメールで伝えていた。 打ち上げの席で、彼は山の話をたくさんしていた。 「秋から冬にかけて、枯葉が朽ちていって、 土も葉も分からないようになって 山に同化していくのを見るのが好きなんだ。」 そう、話していた。 その言葉が、歩く道の落ち葉を見るたびに、こだまのように響く。 「K」は筝の演奏家で、時折、 「これから、ジャリ(砂川さん)との思い出の曲を弾くよ、 気持ちを込めて弾けるといいな。」という様なメールをくれる。 「きっと、砂川くん、見てるよね。」 と、返信する。 彼の残した音楽は、「K」の中に、沢山の仲間や、彼の演奏を聴いた人の中に、生きていると感じる。 鮮やかな、音。 今日は、彼の月命日。 彼の好きだった季節になってきた。 昨日テレビで紹介されていた詩が、彼の言葉のようで、この記事を書こうと思った。 「千の風になって」 私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています 秋には光になって 畑にふりそそぐ 冬はダイヤのように きらめく雪になる 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる 夜は星になって あなたを見守る 私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 死んでなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています あの大きな空を 吹きわたっています 彼の音は、風のようだった。 「K」へ。 いつもクールぶって、何でも我慢してしまう貴女。 たまに、大人気なく泣くのも、悪くないと思う。 そして、今度の待ち合わせには、いつものふざけた不埒な私達でいようね。
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秋の終わりと、冬の始まりの日に、 |

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