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つづきです。
質素倹約は名古屋から伝わった!
さて、蜂須賀氏は尾張の出だから、藩民には当然、質素倹約をすすめた。「讃岐男に阿波女」という言葉があるように、阿波の女性は働き者で身持ちもよいのだが、男性はどちらかといえば南国特有の怠け者であった。バクチが好きで酒も飲む。女遊びも嫌いではなかったにちがいない。それが、こともあろうに尾張から殿様がやってきたものだから、勝手が違うようになってしまった。
明治維新までほぼ300年近く、倹約を強いられつづけたわけだから、人々のストレスはたまる一方である。その不満を一気に発散する場として機能したのが、阿波踊りであった。しかも、この阿波踊り、年とともに派手になっていく。これには理由がある。それはひとえに、藩や一部の商人が蓄積した富を阿波踊りにつぎ込んだからだといわれている。
阿波では江戸時代以前から、吉野川流域を中心に、今でも特産となっている藍が栽培されていた。藩は藍の集荷や販売を厳重な管理化に置いたから、そこにとりついた一握りの藍商人が巨富を得たのである。藍の取引のために出向く関西(上方)の多彩な文化に触れていた藍商人たちは、それを地元でも楽しみたいと思ったのだろう、蓄積した富の一部を阿波浄瑠璃や阿波踊りの振興に差し向けた。阿波踊りは、筆者も一度見てみたいと思っているものの一つだが、テレビの映像で見るだけでも、その絢爛さ豪華なさまは伝わってくる。
この種の催しはどこの国でも行われているが、世界的にはブラジルのカーニバルがもっとも有名である。しかし、阿波踊りも決して引けをとらない。少なくとも、日本国内各地で同じネーミングの催しが行われているのは阿波踊りと、最近注目を浴びているよさこいソーランくらいのものだ。それどころか、海外でもたびたび披露され大きな反響を呼んでいる。日本が生んだ世界的な“無形文化財”といってもよいだろう。
それにしても、阿波踊りのバックに流れるお囃子の歌に、「同じアホなら、踊らな損、損」とあるのは、考えさせられる。損だとか得だとか、本来、南の国の人はそうしたことにうといはずである。それが、こんなリアルな歌詞とは! もともと、思いがけないお金が入ってきたときには、それを元手に商売をして大きく増やそうとするのだが、徳島県人である。それがお金をこつこつ貯めるようになったのは、藩主が尾張の出であったことの影響としか思えない。
徳島県の方言に「へらこい」という言葉がある。目端がきく、子りこう、たちまわりが早い、打算的、抜け目がないといったような意味である。これこそ『新人国記』に出ている「智」のことかと思えてしまう。
どれも皆、尾張の人たち(愛知県人)に指摘される気質なのが面白い。結婚で家柄を重視するのも、その影響だろう。海に面している割に保守的で、新しいものを取り入れるのに消極的なのも同じである。思っても見ないところに、尾張の遺産があったものである。
なお、徳島県は全国一の仏壇生産量を誇っている。同時に、全国で一番真言宗の信者数が多い県でもある(NHK県民意識調査)。これは、四国88ヵ所霊場----このうち24ヵ所が徳島県にある----が示すように、真言宗の開祖・空海(弘法大師)との縁である。といって、とりたてて信仰心が強いわけではない。このあたりも、尾張の人々と共通しているような気がしてならない。
岩中 祥史著 「出身県でわかる人の性格」より
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