★くれぇもんのひとりごと★

ドラスタを駆りおやじライダー化してます。

■出身県で見る性格■

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自他共に認めるマナーの悪さ

つづき

 千葉県は江戸時代、天領も含め、なんと16もの小藩が分立、およそ「まとまり」とは程遠い状況であった。南部の安房地方は、その昔、徳島の阿波から移り住んできた人たちだといわれる(だから「安房」という)。県民性の片鱗が見られるのはこの地域くらいのもので、安房地方の人たちにはいまなお、おおらかな南国気質が見受けられる。また、打算的で保守的なところは本家・阿波ゆずりのものがある。
 県のほとんどの地域が海に面しており、気候は温暖だし、土地も肥沃だから、物事にこだわらない楽天的な人が多い。東京に近いぶん、抜け目のないところもある。また、順応性もあるから、つきあいやすい。
 短所は、礼儀正しくないところだと、生粋の千葉県人は口をそろえる。そういえば、車に乗ったときに締めなければならないシートベルトの装着率が、長い間全国で一番低かったのが千葉県である。(現在は再開から4番目)。また、サッカーJリーグの柏レイソルのサポーターはマナーが悪く、しばしばフィールド内に乱入するなどしたため、防護柵が導入されたのは有名な話だ。
 先のNHK県民意識調査でも、千葉県人はとにかく極端である。「普段の生活はできるだけ切り詰めてお金や財産を残したい」「穏やかで変化のない生活がしたいと思いますか」「お宅では日ごろ付き合っている親戚は多いですか」「この土地の人々の人情が好きですか」「天皇は尊敬すべき存在だ」「神でも仏でも、何か心のよりどころとなるものがほしい」がいずれも46位。「家庭生活では、一人一人が好きなことをして過ごすよりも、家族の団欒を大切にしたいと思いますか」「子供の教育には生活を切り詰めてでもお金をかけるべきだ」「受験戦争は子供の能力を伸ばすために必要だ」「この土地の言葉が好きですか」「家の祖先には強い心のつながりを感じる」はどれも最下位と、平均的な日本人の意識・モラル・道徳観念とはほとんど無縁である。「他人にうそをつくこと」「夫婦の間以外の性的関係」「かけごと」もすべて許してしまう、日本でもっとも寛容な人たちなのだ。
 そのせいか、刑法犯認知件数(人口千人あたり)も、大阪府、福岡県に次いで第3位である。とくに強盗、恐喝、傷害など粗暴犯が目立つ。こうした傾向は、千葉県の西部・北部ほど、また年齢的には若い人たちほど強いのだという。用は東京に近い地域の若者ーーといっても50歳までーーなのだが、千葉県特有の、なんでもOKという桁外れの寛容性が災いしたとしか思えない。下手をすると、アメリカのデトロイトーー全米で最も治安の悪い都市といわれているーーのような荒廃した地域になってしまうかもしれない。
 その千葉県が、紳士のスポーツ=ゴルフの好きな県として上位にあるというのだからおもしろい。ゴルフ場の数は全国第3位だし、ゴルフセットの保有率も第2位(第1位は山梨県)。プロゴルファーの人数も東京に次いで第2位。総人口では千葉県より多い埼玉県や神奈川県、愛知県、大阪府など、足元にも及ばない。だが、そのマナーとなると、ほとんど無に等しいのではないかと思いたくなる。というか、もともと日本のゴルフは大衆化しすぎたあまり、本来ゴルフ場に出てはいけない人までやっていると、よく指摘される。その大半は千葉県人なのではないかと思えてきた。阿波の国から千葉に来たジャンボ尾崎を見るたびにそう思う。
 また、即席ラーメンの購入額が全国第1位にランクされている。このあたり、食文化の水準の低さも垣間見える。東京に近い県に共通することだが、比べられても困ってします、どうにもならないフラストレーションが、やけっぱちにも似た発想、生き方として醸成されたのかもしれない。東京というところもずいぶん罪作りではある。

千葉県人、おわり。

岩中 祥史氏著・・・「出身県でわかる人の性格」より

東京の呪縛にかかっている千葉県民?

つづき、
 千葉県人の中でも“千葉都民”−−いまや千葉県に住む人のうちで最も多い−−とよばれる人たちに、この傾向が強い。なかでも、ベイエリアと呼ばれる湾岸地域の住民はそれが顕著である。それこそタッチの差で、東京都民になれなかった無念の思いがそうさせるのだろうか。だが、そもそも、「ベイエリア」の一角=稲毛海岸や幕張海岸は臨海学校や潮干狩りで行くところであった。浦安は山本周五郎の『青べか物語』に描かれていたように、どうということのない漁港である。それが「ベイエリア」になったとたん、「ベイエリアは千葉とは関係ないのよ。ここは本当は東京の一部なの」といった顔をしたがるのである。
 最近は、浦安市でも海岸に近い南部エリアの土地価格が上がっているという。なかには、都県境を越え葛飾区と合併してほしいものだなどと考えている向きもいるにちがいない。実際、千葉都民の意識はかなり東京都民に近い。
 結局、千葉県が損をしているのは、ベイエリアを中心とした、東京に最も近い県西部、市川市や船橋市、浦安市などのエリアと、千葉の土着民といった感じの房総エリアとで、文化水準にあまりの差があることによる。
 今なお金権選挙がまかりとおり、やくざも真っ青になるような人物が国会議員になってしまう房総エリアの感覚は、東京=「都市」の住民には、とてもではないが理解できない。知事や市長、県会議員や市会議員の汚職事件も後を絶たない。参議院副議長という立場を利用して汚職をしてしまうときては、何をかいわんやである。江戸っ子にとって千葉のイメージは、やはり南京豆なのである。
 そうした思いがあるから、成田に国際空港を作った折も、「新東京国際空港」という名称にこだわったのだろう。「東京ディズニーランド」も同じである。地方から遊びに来た人は、東京ディズニーランドがまさか千葉県にあるなどとは夢にも思っていないだろう。そこまで考えて、「東京」という名をかぶせたとしたら、すばらしいアイデアである。
 そこまで邪推しなくても、千葉県民にとっては、やはり「東京」という言葉が名前に冠されたのはうれしいことだったはずだ。というのも、その昔から、千葉県民は東京に対して強いあこがれに似た気持ちを抱いていたからである。
 東京にしてみれば、土地さえあったら、国際空港もディズニーランドも都内につくったにちがいない。たしかに、国際線の預け荷物につけられるタグも、判じ物のような「NRT」よりは「TYO」のほうが、外国人にもわかりやすいだろう。
 東京に対する千葉県人のあこがれは永遠にあこがれのままである。得に千葉都民は千葉に移り住んだ時点から、このうえないコンプレックスに支配される。それは、東京に住むことのできないくやしさ、敗北感である。そんなこと気にしなくてもよいではないかと思うかもしれないが、そうはいかない。
 電話番号を聞かれて、047という市外局番を口にしなければならない屈辱感はことのほか大きいようなのだ。それでも、電話局の広域化で局番が3桁になっただけ、まだよい。それ以前は4桁だったのだから。車のナンバープレートに、「野田」だの「袖ヶ浦」だの、どこにあるのだかわからないような地名がついているのもシャクの種である。しかし、千葉県が東京に合併でもされない限り千葉県は千葉県のままだし、そうである限り東京の呪縛から解き放たれることはないだろう。
 千葉都民には、世が世なら自分も東京都内に住めたかもしれないのに、との思いがいつだってあるから、千葉県に対する愛着など、いつまでたっても湧いてこない。NHKの県民意識調査の中に、「千葉県が好きですか」という質問があるのだが、千葉県人は、「好き」と答えた人の比率が、埼玉県についで少なかった。同様に、「住んでいるところは住みよい」と感じている人の割合が全国で2番目に少ないというのもうなずける(こちらも第1位は埼玉県)。これでは、県民性など生まれるはずもない。

つづく

岩中 祥史氏著・・・「出身県でわかる人の性格」より

モラルに無頓着、マナーが悪い。埼玉との同類扱いを何より嫌う!


 東京の人ーーーといってもいわゆる江戸っ子だがーーーが、「この県にだけは住みたくない」と強調するのが千葉県である。都市住民の感覚からすれば、これほど野蛮な県は他にないのではという感覚があるのだろう。東京を取り囲む四つの県=神奈川、千葉、埼玉、山梨の中で、最も洗練されていない県と思われているかもしれない。
 埼玉のように、“ダさいたま”などという差別的な呼び方がされているわけではない。その埼玉県よりさらに田舎くさい印象を与えるのが不思議といえば不思議である。バブル期に話題となった、その名も「チバリーヒルズ」という超高級住宅地があるが、こんな名前をつけられて、本家本元、ロサンゼルス郊外のビバリーヒルズからよく文句が出なかったものだ。
 また、公立では県下随一の名門校・千葉高校からは、浦和高校(埼玉ナンバーワンの進学校)湘南高校(神奈川県内最高の名門校)と比べても決して遜色ない人数が東大に進んでいる。千葉大学は旧国立一期校であるのに対し、埼玉大学も横浜国立大学も二期校である。にもかかわらず千葉県は横浜をかかえる神奈川県はもちろん、埼玉県よりも田舎のにおいがする。近頃はあまり見かけなくなったが、東京と千葉を結ぶ総武線の電車で見かけた南京豆の行商人は、まさしく千葉県の象徴であった。そして、この埼玉県と一緒くたに並べて論じられるのが、千葉県人はイヤでたまらないようなのだ。
 神奈川県人はともかく、千葉県人も埼玉県人も、地価の高い都内にマイホームを建てるのをあきらめたという点では同じだろうに、千葉は埼玉と同類視されるのを極端に嫌う。ひょっとすると埼玉県人に対して何かしらコンプレックスがあるのか、それとも、千葉の田舎くささを自覚しているのか。

つづく

岩中 祥史氏著・・・「出身県でわかる人の性格」より

つづきです。
質素倹約は名古屋から伝わった!

 さて、蜂須賀氏は尾張の出だから、藩民には当然、質素倹約をすすめた。「讃岐男に阿波女」という言葉があるように、阿波の女性は働き者で身持ちもよいのだが、男性はどちらかといえば南国特有の怠け者であった。バクチが好きで酒も飲む。女遊びも嫌いではなかったにちがいない。それが、こともあろうに尾張から殿様がやってきたものだから、勝手が違うようになってしまった。

 明治維新までほぼ300年近く、倹約を強いられつづけたわけだから、人々のストレスはたまる一方である。その不満を一気に発散する場として機能したのが、阿波踊りであった。しかも、この阿波踊り、年とともに派手になっていく。これには理由がある。それはひとえに、藩や一部の商人が蓄積した富を阿波踊りにつぎ込んだからだといわれている。

 阿波では江戸時代以前から、吉野川流域を中心に、今でも特産となっている藍が栽培されていた。藩は藍の集荷や販売を厳重な管理化に置いたから、そこにとりついた一握りの藍商人が巨富を得たのである。藍の取引のために出向く関西(上方)の多彩な文化に触れていた藍商人たちは、それを地元でも楽しみたいと思ったのだろう、蓄積した富の一部を阿波浄瑠璃や阿波踊りの振興に差し向けた。阿波踊りは、筆者も一度見てみたいと思っているものの一つだが、テレビの映像で見るだけでも、その絢爛さ豪華なさまは伝わってくる。

 この種の催しはどこの国でも行われているが、世界的にはブラジルのカーニバルがもっとも有名である。しかし、阿波踊りも決して引けをとらない。少なくとも、日本国内各地で同じネーミングの催しが行われているのは阿波踊りと、最近注目を浴びているよさこいソーランくらいのものだ。それどころか、海外でもたびたび披露され大きな反響を呼んでいる。日本が生んだ世界的な“無形文化財”といってもよいだろう。

 それにしても、阿波踊りのバックに流れるお囃子の歌に、「同じアホなら、踊らな損、損」とあるのは、考えさせられる。損だとか得だとか、本来、南の国の人はそうしたことにうといはずである。それが、こんなリアルな歌詞とは! もともと、思いがけないお金が入ってきたときには、それを元手に商売をして大きく増やそうとするのだが、徳島県人である。それがお金をこつこつ貯めるようになったのは、藩主が尾張の出であったことの影響としか思えない。

 徳島県の方言に「へらこい」という言葉がある。目端がきく、子りこう、たちまわりが早い、打算的、抜け目がないといったような意味である。これこそ『新人国記』に出ている「智」のことかと思えてしまう。

 どれも皆、尾張の人たち(愛知県人)に指摘される気質なのが面白い。結婚で家柄を重視するのも、その影響だろう。海に面している割に保守的で、新しいものを取り入れるのに消極的なのも同じである。思っても見ないところに、尾張の遺産があったものである。
 なお、徳島県は全国一の仏壇生産量を誇っている。同時に、全国で一番真言宗の信者数が多い県でもある(NHK県民意識調査)。これは、四国88ヵ所霊場----このうち24ヵ所が徳島県にある----が示すように、真言宗の開祖・空海(弘法大師)との縁である。といって、とりたてて信仰心が強いわけではない。このあたりも、尾張の人々と共通しているような気がしてならない。

岩中 祥史著 「出身県でわかる人の性格」より

徳島人 その1
質素倹約の日常が阿波踊りで爆発、もともとの気質は開けっぴろげ

 全国的に名を知られている阿波踊りのせいか、徳島県人は年がら年中踊り呆けているように思う向きがあるかもしれないが、そんなことはない。四国四県の中ではいちばんの、いや全国でも有数の働き者が徳島県人である。NHKの県民意識調査で、「働くということはつらいことだと思う」人の割合が全国で第46位だから、数字の上でもそれははっきりしている。

 阿波踊りは毎年お盆の時期に、県民総出で踊りに没頭する一大イベントである。年に1度だけだから尋常でない盛り上がりを見せるのだが、普段は勤勉なことこの上ない。懸命に働き、無駄な出費を抑え、お金をこつこつ貯める(県民所得は全国で30位なのに、一人あたり預貯金残高は堂々の第5位!)これが平均的な徳島県人の姿である。

 だが、こうした県民性は後天的なものではないかと思われているのだ。というのも、まず太平洋と瀬戸内海という二つの海に面していることからすると、徳島県人は本来、底抜けに明るく、開けっぴろげ、好奇心も旺盛な気質だったに違いない。そして、こうした自然環境に生まれ育つと、お金を貯めるより、使うことに喜びを感じる気性が育まれるはずである。『新人国記』にも、「大抵気健やかにして、智あり。されども智あるゆえ、変道へ行く気象あるべし。人をたぶらかし、強盗をする類のことはあるまじ。(中略)当国海浜東に向い、負山深し。南海ゆえ、最も暖気なり。東方の秀気を受くる故に、気健やかに智あるなるべし」とある。

 目の前に二つも海がある影響はことのほか大きいようで、しかも、日が昇ってくる東側に海が開けているから、進取の気性にも富んでいそうである。潮の流れ=世の中の動きを正確に読む才にも、昔から長けていたようだ。

 その一方で、徳島県は江戸時代からずっと、大阪など関西とのつながりが深い。というのも、隣の香川県や高知県との間には、険しい四国山脈がそびえたっており、行き来が大変だったからである。それにくらべると、大阪や和歌山へは、ちょっと舟を漕げば渡ることができる。(もちろん、鳴門の渦潮という難所はあったが)。元来、人あたりもソフトだから、生まれつき商人気質が備わっているようなもので、そこへ関西の影響を強く受けており、「阿波言葉は京流れ」といわれるように、徳島の方言には京都弁がかなり入っているようだ。

 ところが、そこへ、気質的にはまったく反対の尾張国から、新しい殿様がやってきた。尾張国蜂須賀村(現在の美和町)の野武士で、斉藤道三や織田信長につき従って各地を転戦していた蜂須賀小六である。ちなみに、小六はその後、秀吉の家臣になった後も、戦功を積んだ。そして、播磨の国竜野の城主を経て、四国征討(高松攻め)の功により阿波国を与えられたのである。その小六の嫡男・家政が1586(天正14)年、新しい領主として徳島城に入ってきたとき、人々がお祝いに踊ったのが「阿波踊り」
のはじまりだという。

岩中 祥史著 「出身県でわかる人の性格」より

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