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つづきです。
傑物は少なく、ヤクザ映画とは裏腹のクールさ!
広島県は江戸時代まで、備後と安芸という二つの国に分かれていた。岡山県に近いほうが備後、山口県に近いほうが安芸である。
広島市があるのは旧安芸国、福山市・尾道市などが旧備後国だ。『新人国記』の「備後」には、「生得(しょうとく)実義にして、約(やく)をへんずることなし。されども愚痴なること多き故、覚えず不実になる事をわきまへずとぞ」とある。要は、誠実でお人よしなのだが、とこどき、知らず知らずのうちに他人を裏切ったりすることもあるというわけだ。
また、福山藩祖・水野勝成(三河国岡崎出身)は尾張国刈谷城主であったためか、この地域の言葉は、私たちの知っている広島弁とは違い、かなり尾張弁が入っている。それと、尾張とのつながりもあるのか、あるいは岡山県と隣接している点もあるのか、備後の人たちは商売に強く、利にもさといところがある。
これに対して、安芸国のほうは、「性質実多き風なれども、気自然と狭くして、緒人控へて人を先だて、人の善悪ともに判ずることなく、己々が一分を守る風なり。これによって抜群なる人少なし」とある。
気性としては、実を重んじる傾向が強いが、せせこましいところがあり、何事にも控えめ・遠慮がちで、自分より人を先に立てようとする、正しいか間違っているかを自分で判断せず、身を保つことばかりに腐心する。それ故、抜きん出た人が少ない、と。他人の思惑を気にし、何かにつけて自分を大切にするあまり、小さくまとまってしまう傾向があるようだ。だから、そうした生き方をしない人のほうに、大きな業績を上げる大物が多いといえる。
これには、広島県の地勢が影響しているのかもしれない。広島県は南側こそ内海に向かって開かれているが、東も北も西も山に囲まれている。また、海側も島が多い。そのため、山水の清新な気がともするとこもりがちになり、今ひとつスカッとしたところがないのである。広島県には突出した県民性はないようにも思えるが、それが意外と正解なのかもしれない。「酒よし、魚よし、気候よし」といわれる土地柄を考えると、それほど顕著な特徴は浮かび上がってこないだろう。「抜群なる人」が生まれにくいのも、そのあたりが災いしているのかもしれない。
かつてプロ野球セ・リーグで万年Bクラスだったヤクルト球団を始めて優勝させた監督・広岡達郎も、どちらかといえばクールで、多くの人が広島県人らしくないと思ったのではないか。だが、本当はそれが広島県人の持ち味なのである。
岩中 祥史著 「出身県でわかる人の性格」より
広島県人については、今回(3回目)で終了です。
毎日すごすその地域の気候風土や、そこで暮らす人々の生活環境が、
個々人の性格に影響を及ぼしているということなのでしょうね。
そういう人の割合が多いという受け止めでいいんじゃないでしょうか。
どうでしょう?
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