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『馴化』のからくり

「馴化」(じゅんか)という言葉があり、調べてみました。 
「馴化」とは、たとえば、隣でビルの解体工事が始まり、最初のうちはドリルの音をうるさく感じても、そのうち騒音が気にならなくなる。 俗に“耳が慣れる”っていったりします。 また新学年になってクラス替えがあったら、もう新しいクラスには慣れたかと、家の人に聞かれます。 “慣れ”とはいったいどういうことなのでしょうか。

両者に共通しているのが、“時間の経過とともに”というキーワードです。 つまり、同じような刺激を繰り返し受け続けることで起こる反応の変化ということです。 目や耳といった感覚器レベルで起こる反応の低下を順応 adaptation と呼びます。 一方、脳・中枢のレベルで起こる応答の低下のことを馴化(habituation)と呼びます。 騒音がやがて気にならなくなる前者は典型的な順応の例で、日がたつにつれて、新しい友達も増え、緊張の度合いがだんだんと薄らいでいく後者は、ある意味馴化とみなせるかもしれません。 馴化の代表的な例は動物たちの逃避行動です。 多くの動物は危害が及びそうな強い刺激にたいして、瞬時にその場から離れる逃避行動を行いますが、繰り返し同じ刺激が与えられると、やがて刺激を無視して逃げなくなります。 たとえば金魚を飼っている人なら経験しているでしょうが、金魚が近づいてきた頃合いに水槽の壁面をコツンとたたくと、金魚はあわてて方向転換し、その場から離れます。 何回か続けてたたいていると、しまいに金魚はその刺激をすっかり無視して悠々と泳ぎ続けます。

馴化は動物の日常生活において意味のない反応を排除しようとする生物の環境への適応の好例であり、繰り返された刺激への応答という経験を積んだことで行動に変化が生じる、つまり最も単純な学習(learning) の一形態ということができます。 また、一度馴化が成立すると刺激停止後も比較的長期に渡って保持されている場合が多く、記憶(memory) の一側面といった面も合わせ持っています。

この馴化という機能があって、例えば確認された安全安心に対して、次から緊張することなく接することができるということのようです。 ところが、この馴化という機能が働くということは、人間の飽きっぽさに通ずるものだということで、いわゆる「マンネリ化」を作り出すということだそうです。 馴化=マンネリ化 ということです。
マンネリ化は2つに分かれ、一つは、楽しく始めたことが飽きてしまってやめてしまうマンネリ化、もう一つは、面倒くささを通り越して、面倒くささそれ自身がマンネリ化して、面倒くささが消えて慣れてしまうというものだそうです。
この2つは正反対のように見えますが、共に馴化という機能によって起こることだそうです。

人は誰でもこの馴化という現象に苦しめられ、そして助けられながら成長してきているということです。 「やる気」がなくなってしまうのも「馴化」のせいで、その反対に「やる気」をそぐ面倒くささをなくしてくれるのも「馴化」だからということです。 そして困ったことに、大いに「やる気」を持続的に発揮しようとしても、この馴化という機能、思い通りに、直接的に自分の意思では、コントロールすることができないということだそうです。
この「やる気」「気合い」「モチベーション」など日常生活において大切な基礎パワーを生み出す脳部位は、「淡蒼球」と言われているものだそうです。 もちろん、この脳パーツは誰もが持っているものだそうで、「やる気」は誰もが出せるものということになります。 だが、この「淡蒼球」、持続的に働いてくれることなく、直ぐに「馴化」してしまうという性質の持ち主だということです。

このため、「やる気」を持続させたい場合は、仕掛けが必要で、実は4つの仕掛けスイッチがあるというのです。 つまり、「淡蒼球」を効果的に動かす4つの方法があるというのです。 それはすべて外からの刺激で、その4つの刺激となるのが、‖里鯑阿す △い弔發醗磴Δ海箸鬚垢襦´ごほうびを与える い覆蠅る ということだそうです。

4つのスイッチの中では,最も効果的だと考えられているようです。 一般的には、「脳」が私たちの最高層にあって、身体は脳の支配下にあると思われがち。 だが、本当のところは逆で、「カラダ」が主導権を握っている。 つまり、「脳からカラダへ」ではなくて、「カラダから脳へ」だそうです。 脳とカラダでは、カラダが先に発達したのだ。 カラダのない脳はないが、脳がない動物はいくらでもいるそうです。 つまり、「脳」は進化の歴史のなかでは新参者。 そんなわけで、脳はカラダの奴隷になってしまっているのだそうです。 ということは、「楽しいから笑う」のではなくて、「笑うから楽しい」、「泣くから悲しい」、「ヤル気が出たからヤル」のではなく、「ヤルからやる気が出る」、私たちの心はそういう構造になっているというのです。 だから、頭でウダウダと考えて悩むよりは、まずは何より、身体や環境を自分の目標に合わせてセットする。 これこそが最大の近道だというのです。

私たちが日常生活で体験したことは、脳の「海馬」を通じて脳に貯えられる。 そして、貴重な記憶や知恵へと変わっていくそうです。 しかし、経験がパターン化されて繰り返されると、海馬にまで情報が届かなくなるそうです。 日常生活において、いま経験していることが初めてのことだったら、それは脳にとって一大事。 重要事項として「海馬」に知らされる。 このとき海馬は、淡蒼球などさまざまな脳部位を使って、うまく事態に対応することでしょう。 しかし同じ経験を何度も繰り返すと、わざわざ海馬が顔を出さなくても部下たちがいつもどおりの処理を代行してくれるようになる。 これがいわゆる脳のマンネリ化だそうです。 こうなると海馬は必要なくなる。 逆にいえば、海馬を活動させるためには、いつもとちょっと違った要素を取り入れてみるのがよいということになる。 そうすれば、またその情報は非常事態として海馬にまで届くことになりましょう。 脳の研究者たちは海馬を「差分検出器」という呼び方をするそうです。 「通常」と比べてみて、何か差が見つかると、海馬が活性化されるということからです。 これが、スイッチ△里らくりということになります。

次は、スイッチのからくり、「ごほうびを与える」ということだそうです。 ごほうびの喜びは「テグメンタ」を活性化させる。 テグメンタからはドーパミンという快楽物質が出て淡蒼球に届けられる。 つまり、テグメンタは淡蒼球をダイレクトに活性化させるそうです。 だからごほうびの効果は絶大。 問題は、ごほうびの量とタイミングだそうで、人によって異なるのでさまざまな工夫が必要ということになるそうです。

最後は、4つ目のスイッチ、「なりきる」ということだそうです。 この現象は「観念運動」ともいわれ、いろいろな場面で観察される脳の現象だそうです。 たとえば「コックリさん」という遊び。 「筋肉の運動が意志や感情とは無関係に、無意識によって実行される」という現象だそうです。 つまり、周辺の人や物によって、本人が気がつかないうちに、「暗示」がかけられて、それに見合った行動を無意識に取ってしまう現象ということになります。 一見すると、超常現象にも思えてしまうのだが、実のところ、潜在意識の脳がそういう指令を身体に送って、それを実現して見せていると説明されています。 「念じれば通ず」という現象もその一種だと思われているそうです。

このように、そもそも「脳はマンネリ化するようにプログラムされている」ということ。 意気込んで何かを始めたが、ほどなく「なんだか面倒くさい」「さぼちゃうかなあ」という心が芽生えたとしても、脳がそうデザインされているのだから仕方がない。 それをもってして「私ってダメな人間だな」と落ち込む必要なんかない。 誰でもそう感じる瞬間はある、ということだそうです。 だがその瞬間、次にどんな行動をとるかという選択の時に、ほんのちょっとした心掛けがあると、結果が正反対に変わり得るのであるということになります。 このことから、なにはともあれ、「いつかマンネリ化しちゃうだろう」と予期しておくことが大切ということになりましょう。

以上のことは、上大岡トメ&池谷裕二著「のうだま やる気の秘密」(幻冬舎2008年12月)に書かれている内容です。 このことを知って、いろいろな事柄がポジティブに考えられると思います。 何か日常の行動が大きく変化させられると感じられることでしょう。 読んでみてください。


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