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今回の参院選では、人口減少問題を政策としてきちんと語る政党が見当たらない。だが、日本社会のさまざまな問題の根源に人口減少問題があるのだと思いますが。さまざまな課題は人口減少問題から始まったと言えるのではと思います。経済社会の発展に伴い、社会構造は高度化・多様化・複雑化し、人々の役割はその社会構造をきちんと認識し、さらなる発展へと繋げねばならないはずです。したがって、当然ながら、社会には教育・研修・訓練の高度化が求められます。そのことは、子供の養育が難しくなっていくことを意味することになりましょう。さらに、高度化は、必然的に、対応できる人できない人を生み、社会の分裂化・格差化・差別化が現出してくると思います。その結果、今日の社会は、多様化・複雑化、分裂化・格差化・差別化、の現象がさまざまに組み込まれ、制度化・規制化され、時に入り乱れた構造となっているのだと思います。
 
こんな社会構造が生み出した現象が、いじめ、虐待、引きこもり、人間関係の希薄化、ハラスメント、ブラック企業、フェイクニュース、書き換え・改ざん、不正な企業活動、非正規雇用、サービス残業・過剰残業、所得格差拡大、情報隠蔽・漏洩、なりすまし、少子化、少ない結婚・生涯独身、などの問題が時に深刻な社会問題として表出するのだと思います。その意味から、人口減少は何としても止めねばならない、優先的な課題であるはずでしょう。
 
無論、少子化でも発展は可能でしょうが、人口減少・少子化対策をきちんと行わずして少子化発展策は、努力不足で手抜き工事、或いは、まやかしであるように感じます。人口減少は、その対策放置は、明らかに国力の衰退につながると思います。効果的な少子化発展策を示さず、効果的な人口減少対策を示さないのは、明らかに政治の怠慢で、その政治責任は非常に重いものだと思います。
 
少子化の直接的な対策は、結婚・出産の問題ですが、結婚出産を促す対策として、まずは、若者世代の経済的自立対策が不可欠でしょう。経済的自立とは、家族を持ち子孫を残せる経済的な状態だと思います。明らかに、引きこもりや非正規雇用では、自立できる状態ではないはずです。実は、非正規雇用制度が人口減少の決定的な引き金になったのだと思います。その意味では、非正雇用制度は、いわば、「諸悪の根源」とも言えるのではないでしょうか。自民党・安倍政権は、人口減少問題に正面から優先的に取り組んでいないところに、さまざまな問題の解決を難しくしているのだと思います。
 
 

 
沖縄県民投票 着実な負担軽減へ混乱回避を
沖縄県の基地負担を軽減する長年の取り組みを混乱させることにならないか。安全保障政策を県民投票で問うことの危うさを直視すべきだ。
米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画を巡る県民投票で、埋め立てに「反対」が71%を占めた。反対票は、投票資格者総数の4分の1を超えた。県の条例に基づいて、玉城デニー沖縄県知事は近く、安倍首相とトランプ米大統領に結果を通知する。
玉城氏は「埋め立てを認めないという民意を受け止め、政府は工事を中止すべきだ」と述べた。そもそも条例制定を推し進めたのは、玉城氏の支持勢力である。4月の衆院沖縄3区補欠選挙や夏の参院選に向けて、結束を固める狙いがあったのは明らかだ。 
米軍施設の移設先は、日本を取り巻く安全保障環境や米軍の運用実態、沖縄の基地負担軽減を総合的に勘案して決めざるを得ない。国は、時間をかけてでも実現させる責務を負う。県民投票で是非を問うのはなじまない。
英国が欧州連合(EU)離脱の是非を国民投票にはかった結果、大混乱に陥っている。複雑に利害が絡む国政の課題は、有権者に直接問うのではなく、国政選挙で選ばれた国会議員に委ねるべきである。
玉城氏が、法的拘束力を持たない県民投票の結果を盾に政府と向き合えば、妥協の余地はなくなり、対立を深めるだけだ。事故の危険性や騒音被害の軽減を優先したい、という県民の思いは顧みられない。基地問題の前進も困難となろう。
代替案もなく、辺野古移設反対を唱え続ける知事の姿勢は、無責任と言わざるを得ない。大切なのは、国土の面積の0・6%しかない沖縄に、7割の米軍施設が集中している現状を踏まえ、着実に基地の返還や縮小を実現することだ。知事は政治的な思惑を排し、現実的な負担軽減策を目指すべきではないか。首相は記者団に「日米が普天間の全面返還に合意してから20年以上実現していない。これ以上、先送りはできない」と述べた。
移設計画は、名護市の米軍キャンプ・シュワブを拡張し、海上にヘリや輸送機の滑走路を造る。飛行ルートは海上が中心だ。住宅や学校に囲まれた普天間飛行場と比べ、危険性は格段に低下する。政府は、県と対話を重ね、辺野古移設の意義を粘り強く訴えていく必要がある。 (226日読売社説)
 
 民主主義社会を望む政治家が、代案なく賛否表明するのは、議論を複雑にし、分断を招くなどの混乱のもとになりやすいと考えられ、その行為に疑問を感じます。
そもそも、無条件降伏の敗戦責任のいわば後遺症の解消は容易ではなく、時効もなく
100年経ったから、いいでしょうとはならない問題だと思います。
この種の問題は、国内でも、大小はありますが、少なからず存在する問題でもあります。近くにあり生活環境の安全を脅かすと考えられる施設、例えば、原発、軍の施設、飛行場、公害企業、など、できれば遠くにあってほしいと誰もが望むと思います。だが、必要な公共施設であることから、誰かが我慢し負担しなければならないものです。そして、このような安全に危害が及びかねない施設に対しては、それなりの補償が行われて来ているものと思います。しかし、その補償が十分かどうかについて、さまざまな意見があることから、完全に解決することなく、継続する努力とメンテナンスが欠かせないのは、言うまでもないことでしょう。
 
特に、沖縄の基地問題は、解決には、戦争責任、外交に関わることから、その解決は至難ということかと思います。その意味から、その解決には周到で、長期的な視野にたっての解決策が求められていたと思います。だが、残念ながら、解決が長引いたときに備えて、特に補償という観点での対策にその配慮を欠いてきたのではないでしょうか。この先も解決は容易ではないと予想されることから、補償を中核とした思い切った大規模で長期的な対策を講ずべき時だと思います。自然災害についても、ご不幸さんですとはせずに、それなりの補償や防災対策を行ってきています。そのことを考えても、いわば人災に、思い切った対策が必要であるはずだと思います。
 
 
 


 「嘘つきは泥棒の始まり」、「権力は腐敗する」、昔から誰でも知っていることわざです。残念ながら、その「ウソつき」と「権力の不正疑惑」が横行しています。何としても止めねばならない。今が絶好の機会だと思います。


 下記は、玉田俊平太・関西学院大教授が書かれた記事です。

 米国ではゴールドマンサックスの不祥事が連日のように新聞の一面をにぎわせている。それに関連して、先月、「イノベーションのジレンマ」で有名なクリステンセン教授が、MITで講義をしたときに話していた内容を、忘れないように書いておく。クリステンセン教授の授業は4回シリーズで行われた。2時間の長時間授業だが、400人収容のホールが前シリーズに渡って満席で、立ち見も。「イノベーションのジレンマ(Innovator'sdilemma)」や続編「イノベーションの(Innovator'ssolution)」に書かれていた内容に加え、2000年代に行われた彼の研究が主な講演内容。確か3回目の講演で、授業のうち30分を使って教授がした話。スライドには「Don'tGo Jail(刑務所)」と書いてある。


 「私のハーバード時代の同級生のうち、3人もが逮捕された。まだ服役中の人もいる。一人はインサイダー取引、一人はある大企業での会計不正・・・」昔から悪人だった、というなら分かる。でも、どの友人も学生時代からクラスの人たちの信頼が厚く、リーダーシップを取っていた人たちだった。間違っても不正などしないであろう、と思うような高潔な人たちだった。そんな人たちが、何故このような事態になるのか。


 人は、組織に入り、組織の人間として動いてしまうと、だんだん自分が当たり前に思っていた規律を無くしていく。最初は、自分や家族の約束や規律から。そうしてだんだん自分の倫理に関するところまで・・。一度、その規律を無くしてしまうと、ある意味なし崩しに、人としての最低限の倫理観にまで突入してしまう。だから、どんな状況でも、自分の規律を守ることから始めるのは大切なのだ。多くの場合、自分がそういう行動に出ても、実は組織はちゃんと回ったりするのだ。
 そうして、クリステンセン教授の大学時代と、大手コンサルティングファームに勤めていた時代の話を一つずつシェアしてくれた。クリステンセン教授は、大学時代はイギリスのオックスフォードの経済学部だったが、背の高い彼は(190センチ以上はある)、大学バスケットボールのチームで主要選手として活躍していたそうだ。ある年、全英大学トーナメントでチームが勝ち進み、ついに宿敵の大学と準決勝で戦うことになった。チームにとっては、ここ一番の大事な試合だ。ところが、その試合開催が、日曜になったのだという。クリステンセン教授は宗教上の理由で、小さいときに神に「日曜日は安息を取る」ことを誓っていた。日曜に球技を行うことは、自分がずっと守ってきた規律を破ることになる。


 でも、ここは大事な試合だ。コーチも、チームもみんな自分の活躍に期待している。この期待を裏切ることは、自分の規律を破ることより大きなことなんじゃないか?そう思って、試合先のホテルの部屋で悶々と悩んだ。悩んだ末、コーチに相談に行くと、コーチは「そうか。良く分かるが、君の貢献が無くなったら、チームは崩壊だ。君は非常に優秀な選手で、前回の試合だって君無しには進めなかった。ちゃんと理由があるんだから、この一度だけ規律を破るのを、神様も許してくれるよ」という。またホテルの部屋に帰り、一人悩む。「今回だけ破るっていうのもアリなんじゃないか?あれだけみんなが期待してるんだから。」1日近く悩んだ後、「長い人生の中で、今回よりも大切なことが日曜日に起こる可能性はゼロじゃない。もし今回規律を破ってしまったら、またそんな瞬間が来たとき、「あの時よりも、今回のほうがずっと重要だ」と結論して、また破ることになるだろう。だから今破ったら、なし崩しになる。やめよう。コーチとチームにちゃんと言おう」という結論に至り、みんなに話にいった。結局、補欠要員がチームに入り、チームは無事勝ち進んだ。
「実は自分なんかいなくても良かったのでは?」という一抹の不安を覚えたが、チーム全体が自分を求めてる時に、自分が規律を守っても、組織は回るんだ、という自信が持てた。


 その後、大手コンサルティングファームで働くようになって、「どうしても日曜に働かなくては」という事態になったときがあった。そのときも、結局周囲を説得して、無事回避することが出来たのだそうだ。もし、大学時代に自分が戒律を破っていたら、ここでも同じように破っていたかもしれない、という。「日曜に安息を取る」などというのは、見る人が見れば、下らない規律に思えるかもしれない。何故そんなもののために、組織全体の利益を損ねるのか?と言う人は必ずいる。同様に下らないと見えるかもしれないものとして、「土曜は妻と過ごす」というのもあるだろう。でも「全ての曜日で働けない」と言ってるわけじゃない。ただの一週間に一度だけ、(妻との約束も入れると2度だけ)、働けない日がある。本当にその日に働かないと、組織は回らないのだろうか?そして、蓋を開けてみると、そんなことはないのだ。この話は考えさせられた。

 インサイダーや不正会計などの組織犯罪に至ってしまうのも全く同じ原理なのだ。自分の利益のためだけだったら、彼等だって不正を起こしたりはしない。追い込まれた状況で、「この情報を話すことが、この会社を救うんだ。顧客のためになるんだ。」と言われ、自分の倫理を犯してしまう。或いは、周囲のみんながやってるのに、自分だけやらないわけには行かない、という理由で、自分の倫理観を破ってしまう。でも、そのときに考えるべき。「自分がこの倫理観を犯さないと、本当に組織は回らないだろうか?」「本当に自分もやらないと、ダメになっちゃうだろうか?」そして、そんなことは絶対に無いのだ。


 それから、自分が「やらない」と決断したことを、きちんと組織に説明するのも大切だと思う。個人的な倫理観で「やらない」と決めたことを、ちゃんと伝えて、承認してもらう。MBAにいるような私たち若い学生は、組織の下っ端か、せいぜい小さなベンチャーの社長くらいなので、20年後に、組織を守るために自分の倫理を破るような行為を求められることがすぐには想像できない。でも、クリステンセン教授が言ったように、それは小さなことでも同じことなのだ。どんなに回りに期待され、周りが平気でやっていたとしても、自分が小さな頃から心に決めてるようなことを破らない、とか。

 「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき(Harvardbusiness school press)」クレイトン・クリステンセン著 玉田俊平太監修(翔泳社2001/7



 「人は、組織に入り、組織の人間として動いてしまうと、だんだん自分が当たり前に思っていた規律を無くしていく。最初は、自分や家族の約束や規律から。そうしてだんだん自分の倫理に関するところまで・・。一度、その規律を無くしてしまうと、ある意味なし崩しに、人としての最低限の倫理観にまで突入してしまう。だから、どんな状況でも、自分の規律を守ることから始めるのは大切なのだ。多くの場合、自分がそういう行動に出ても、実は組織はちゃんと回ったりするのだ
 よく聞く言葉です。財務省における改ざん問題、選ばれた人たちがなぜ、「組織に入り、組織の人間として動いてしまうと・・・」、「やってはいけないことを・・」「嘘をいう・・」。こんな事件や問題がが連日、新聞テレビを賑わせている日本社会。誰もが、このままの先行きを心配する。圧巻は、改ざんし国会でウソを語った元国税庁長官の任命者の財務大臣が「適材適所」だったと国会答弁する、絶句。こんなモラルがこの先も、横行するのでしょうか。組織はこんなモラルハザードをどうやって止めるのでしょうか。関係責任者たちは、きちんとした道筋を示す責任があることは確かでしょう。



 連盟への加入は、個人資格ではなく日大アメフト部資格での加入であるはず。したがって、連盟処罰は、組織を対象したものであるはず。このため、選手個人や監督・コーチ個人の処罰権限は連盟にはないと思う。選手の反則は個人の意思ではなく、日大アメフト部の意思があったと判定した連盟の処罰は、日大アメフト部の除名、あるいは条件付きの有期又は無期の試合停戦であるはず。問題解決への道のりが長引いている背景には、このような解釈の齟齬が影響していると思う。

 その上で、例えば、日大アメフト部に対する処罰が条件付きの有期又は無期の試合停戦であるならば、当然ながら復帰の条件が条件付きの内容となりましょう。なお、処罰先の宛名は、日大アメフト部の設置責任者(部署)であるべきで、復帰を希望するならば、その設置責任者(部署)が、当然ながら、処罰の条件を満たす責任を有することになる。現在の日大では、その責任者(部署)や監督任命権者は、理事長なのか学長なのか、どちらでしょうか。
 連盟が求める処罰として復帰を希望するならば、その条件に、現指導理念と指導体制の一新を求めるのが当然で、その状態を確認できた時、復帰を許可する道筋になるものと思います。なお、反則を犯した選手に、有期だけの復帰は適切ではなく、反則責任に該当する再発防止に関わる何らかの措置が要件として必要だと思います。





 内閣府が公募前に候補者選定 研究開発プロジェクト

 政府が進める大型研究開発プロジェクトの責任者の公募に関し、内閣府が、事前に候補者を選んで資料を渡し、その候補者が、責任者に決まっていたことがわかった。
政府が進める「戦略的イノベーション創造プログラム」は、総額1,500億円規模の大型研究開発プロジェクトで、政府が研究テーマの設定を行い、責任者を公募していた。
このうち、20183月の公募で、内閣府側が事前に候補者を選び、その候補者に、要求される成果などを書いた資料を渡して応募をうながしていた結果、12のうち10のプロジェクトで、内閣府側が選んだ候補者が責任者となった。
菅官房長官は、「公募手続きや選定プロセス、これについては公表されており、厳正に内閣府が実施している」と述べた。内閣府は、「公正に審査した結果だ」、「今後は応募期間を長くするなど、透明性を確保したい」としている。 (58日フジテレビ)


 科学技術イノベーションは、経済成長の原動力、活力の源泉であり、社会の在り方を飛躍的に変え、社会のパラダイムシフトを引き起こす力を持つ。しかしながら、我が国の科学技術イノベーションの地位は、総じて相対的に低下しており、厳しい状況に追い込まれている、としています。


 その対策として、平成26年(2014年)総合科学技術・イノベーション会議が創設された。

総合科学技術・イノベーション会議は、「イノベーションに最も適した国」を創り上げていくための司令塔として、権限、予算両面でこれまでにない強力な推進力を発揮できるよう、司令塔機能の抜本的強化策の具体化を図らなければならない。総合科学技術・イノベーション会議は、科学技術イノベーション政策に関して、他の司令塔機能(日本経済再生本部、規制改革会議等)との連携を強化するとともに、府省間の縦割り排除、産学官の連携強化、基礎研究から出口までの迅速化のためのつなぎ等に、より直接的に行動していく必要がある。

 総合科学技術・イノベーション会議自らの司令塔機能を発揮して、府省の枠や旧来の分野の枠を超えたマネジメントに主導的な役割を果たすことを通じて、科学技術イノベーションを実現するために新たなプログラムとして、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:エスアイピー)」を設定した。


 日本は、1990年代後半に起きた中央研究所の終焉の後、新しいイノベーション・モデルを見つけられないまま、今に至っている。しかも産業競争力を下支えする科学的分野が収縮しており、根源的に危機的状況にある。一方、米国は82年にSBR(スモール・ビジネス・イノベーション・リサーチ)制度を発明し、その断固たる持続的遂行を通じて、ついに新しいイノベーションモデルを発見した。
 ポスト工業社会では、イノベーションこそが持続可能な経済成長をもたらす。そのイノベーションは、1947年トランジスタの発明に端を発する半導体産業がそうだったように、大企業研究所や大学など、イノベーションの源泉から飛び出した人々が創業するベンチャーのうねりの中からだ。イノベーターたちがスピンアウトして新企業を生まない限り、イノベーションを創り出す産業の新陳代謝は生まれない。こうして米国は産業再生のための制度を矢継ぎ早に立法化した。


 それは、サイエンス型ベンチャー企業による有機的ネットワーキングモデルと呼ぶべきオープンシステムであって、米国政府の外部委託研究予算の一定割合を拠出することを法律で定めるとともに、次のような制度設計によって実現した。
 すなわち、無名の若き科学者たちに、研究のための研究ではなくイノベーターになれと呼びかけ、新産業創造に向かう具体的な挑戦課題を与える。そして3段階のステージゲートシステムでベンチャー起業家として離陸することを促す。
 第一段階は、SBRへの応募で、採択されると、まず最大15万ドルを「賞金」としてもらい、チーム作りを試みることができる。第二段階は、「実現可能」かどうかが判断される。可能と評価されると、最大150万ドルを「賞金」としてもらい、商業化に挑戦できる。そして、第三段階は、開発した未来製品を政府が買い取るか、ベンチャー・キャピタル(投資会社)を紹介してくれる。このように、米国のSBR制度とは、無名の科学者を起業家に転じさせる(スター誕生)システムである
(スターになるためのリスクマネーを、連邦政府が国税を割いて拠出してくれる)。
 今の米国におけるサイエンス型産業の強い国際競争力は、このSBR制度によって形成されたといっても過言ではない。


 イノベーションこそが持続可能な経済成長をもたらす。そのイノベーションは、大企業研究所や大学など、イノベーションの源泉から飛び出した人々が創業するベンチャーのうねりの中からだ。イノベーターたちがスピンアウトして新企業を生まない限り、イノベーションを創り出す産業の新陳代謝は生まれない。そのイノベーターたちに対し、具体的な挑戦課題の提示はプロフェッショナルな科学行政官(科学者)によってなされる。これがSBR制度の基本的な仕組みである。


 日本でも大学発ベンチャー企業の創業を促すために、莫大な予算を費やして知的クラスター(集中)政策や産業クラスター政策(新事業が次々と生み出されるような事業環境を整備することにより、競争優位を持つ産業が核となって広域的な産業集積が進む状態)が長い間実施されてきた。しかし残念ながら、そのほとんどが失敗した。理由は、国の助成金を、ベンチャー企業を起こした若き科学者(大学院生やポストドクター=博士号を取得した後の研究員)ではなく、大学教員に与えたのである。助成金は研究費として雲散霧消し、新しい産業を創り出すことはまったくなかった。


 残念ながら、日本では「ベンチャー企業こそがイノベーションのエンジンである」という考え方が根付かなかった。古くは松下電器(現パナソニック)やソニー、ホンダなどのベンチャー企業が日本を牽引し、最近では白亜化学や韓国のサムスン、そして台湾のTSMC社などのベンチャー企業が新しい産業のリーダーになったにもかかわらず、である。


 経済産業省をはじめとする中央官庁は、ハイテク産業の分野ですら大企業とその組合にリスク回避のための補助金を配り続けており、結果的にベンチャー企業による新規参入とそれに伴う新陳代謝を阻んでいる。最近、スポーツ界では、若手の成長が著しい。やはり、ベンチャー企業相当のイノベーション・システムが働いているのだと思う。



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