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黄色い透明なビニール傘 田中正史
僕と花子ちゃんとの出会いは傘売り場だった。花子ちゃんは傘売り場で僕を見つけるととても気に入ってくれてお母さんに「これを買って。」とねだった。そう僕は黄色い透明な傘、柄の部分も黄色だ。お母さんはもっと高価な花柄のきれいな傘や、虹色の鮮やかな傘を花子ちゃんに見せて「これはどうかしら。」と薦めたが花子ちゃんの気持ちは変わらなかった。花柄の傘に「なんでお前なんだろう」って顔をされたけど、僕にだって良いところがある。透明だから向風の強い雨の日でも前を見ながら歩けるし、花柄の傘のようにワンタッチで開くし、軽くて、実用的でどの傘よりも安くて経済的だ。花子ちゃんはそれを分かってくれたのだと思う。それが僕と花子ちゃんとの運命的な出会いだった。お母さんも他の傘を薦めるのを諦めて、僕は花子ちゃんの傘になった。
花子ちゃんは今年から小学一年生になったばかり。その花子ちゃんのお供をするのが僕の仕事だ。ランドセルや帽子と違って、学校までの間、しっかり手と手を握り合える。そのことでランドセルや帽子に嫉妬されるのがとても嬉しかった。でもいいことばかりではなかった。出かけるとき雨でも帰るときに晴れていたりすると学校に忘れられてしまう。夜の学校ほど怖いものはない。暗闇と静寂、花子ちゃんに早く思い出してもらいたいと念じるしかない。こうして次の雨の日まで学校に何日も置き去りにされたこともあった。そんな時はランドセルや帽子の方がどんなに良かったかと思うこともあった。
花子ちゃんと出会った年の冬の事だった。この地方の冬は季節風が強く、雨や雪が横から吹き付ける、一番つらい季節だ。ある荒れた日、花子ちゃんは手袋をしていても、かじかむ手で、僕が風に飛ばされないように、しっかり僕を握りしめて学校に向かった。急にとっても強い風が花子ちゃんと僕を襲った。花子ちゃんは懸命に僕を握りしめてくれたけれど、僕と花子ちゃんは歩道から車道の方に吹き飛ばされそうになった。僕は思わず叫んだ「危ない。僕を放して。」でも花子ちゃんは僕を放そうとしない。僕は花子ちゃんを守るために自らビニールの部分を骨から外した。ビニールの部分は風に吹かれてどこかに行ってしまった。後に僕の骨だけが残った。それを後ろから歩いてきた太郎君が見ていて笑った。そして骨だけになった僕を花子ちゃんから取り上げて他の友達と一緒に先へ行ってしまった。花子ちゃんとの別れはあまりにも突然で、とても辛かったが、花子ちゃんが無事だったことと、最後まで自分を放そうとしなかったことがせめてもの救いだった。
花子と太郎は同じ高校に通っていた。幼馴染なので帰りに出会うと一緒に帰ることも度々あった。ある冬の日、花子と太郎が歩いていると道端に傘の骨だけが捨てられていた。それを見て花子は「太郎、覚えている。小学生の時、私の傘がこんな風に壊れて、それを面白がって骨だけになった傘を私から取り上げて、先に行ってしまった。」
「ごめん、そんなことがあったかな。」
「私の大好きな黄色い透明な傘だったの。その傘の骨もこんな風に道端に捨てられたのかしら。」
「ごめん、大切な傘だったんだね。」
「太郎は信じないかもしれないけど、あの時私が傘を持ち続けていたら風に吹き飛ばされて事故に合っていたかもしれない。でもその時、なんだか聞こえた気がしたの。黄色い透明な傘が『危ない。僕を放して。』って叫ぶのを。私が手を離さないから、傘が私を守るために、自分で壊れてくれたのかと、今でも思うの。」
「そうか、花子のお気に入りの傘が花子の命を救ってくれたんだね。もしかしたらこの傘も誰かを守るために壊れてここに捨てられているのかもしれないね。」
そういうと太郎は骨だけになった傘をそうっと持ち上げた。花子は傘の骨に「あの時はありがとう。」とお礼を言い、家に持ち帰って片付けることにした。
「あの時の太郎は憎たらしかったけれど、あれから太郎も成長したね。」
「バカ、俺もお前も同い歳だろ。なんだよその言い草は。」
花子は自分の思いを素直に受け止めてくれた太郎が愛おしく思えた。
「今の太郎の優しさが私は大好きよ。」
二人の後ろ姿を夕日が照らし、長い影が寄り添って歩いていった。
僕は道端に捨てられていた傘の骨、今まで誰もが僕のことを見かけても、片付けてくれようとしなかった。でも黄色い透明な傘のおかげで花子と太郎に拾われ、片付けてもらえそうだ。その上、花子に「ありがとう」と言ってもらえた。
「花子、太郎、ありがとう。」 おわり
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新潟発千夜一夜物語
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ショート・ストーリー、全てフィクションです。気分転換にいかが?
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エネオスの童話の花束に投稿したお話です。
見事に落選ですが。
クリスマスイブ
今日はクリスマスイブ。レストラン・トワにとっては書き入れ時です。五つのテーブルがあり、中央のテーブルと、その左隣の二つのテーブルに予約の札を置き、開店の準備が整いました。開店してすぐの五時半頃に女性の客が入り、予約席の左隣りの一番奥の席に案内しました。そこが一人の女性客にとってあまり人目につかず、落ち着けると思ったからです。その女性はフルコースとワインを注文しました。六時を少し過ぎたとき、予約のあったカップルが入ってきて、先ほどの女性の隣のテーブルに案内しました。もう一つの予約席も六時にという約束ですが、なかなか姿を見せません。やはりクリスマスイブの晩なので予約の無かった二つのテーブルも家族連れで埋まりました。七時を回った頃に、ようやく予約席に男性が一人で座り、あたりを少し見回してから、カルボナーラを注文しました。これでレストラン・トワは満席です。
蓮と日向は結婚してからクリスマスイブには外で食事することにしていました。今日はレストラン・トワに予約をしてあり、予定通り六時に席につきました。
「毎年、お義父さん、お義母さんに悪いわよね。」
「親父も、御袋も孫の顔が見られてまんざらでもなかった様だし、そんなに気にしなくてもいいよ。今日は子供の事も忘れて楽しくやろう。」
「ありがとう、たまに家事も子供の事も忘れて、こうしていられるのが楽しいわ。もう三年も経つのね。プロポーズされたのもクリスマスイブで、その時はすごく不安だった。デートの約束も仕事の都合で破られてばかりだったし、『亭主元気で外がいい』みたいな生活はいやだったから。」
蓮と日向はフルコースの料理とワインを楽しみながら話は尽きません。
陸は時間を気にしながら仕事をしていました。今日はクリスマスイブなので早く帰ろうと思っていました。しかし、ノルマの仕事が終わらなくて、結局レストラン・トワに着いたのは七時を回っていました。もしかしたら綾香が来ていないかと思い、少し辺りを見回しましたが、隣には若いカップル、他には家族連れが居ましたが綾香はいないようです。
去年も同じように六時に予約していたのに、陸が店に着いたのは七時ごろで、綾香を一時間も待たせてしまいました。食事の後綾香にプロポーズしたのですが、「少し冷却時間を置こう」と言われ、その時、「良かったら、来年もこの店で食事をしよう」と約束して別れたのです。あっという間に一年が過ぎてしまいました。その間に連絡を取るべきだったかもしれません。陸は何の連絡もしなかったことをとても後悔していました。気にはしていてもつい仕事に追われる毎日で、連絡していなかったのです。もしかしたら今日、綾香が来てくれるのではと淡い期待をしてきたのでした。
クリスマスイブ、綾香は誰とも約束がありません。昨年のクリスマスイブは、陸と食事をし、プロポーズされました。とても嬉しかったのですが、いつも仕事優先の陸を不安に思いウンとは言えませんでした。心ならずも「少し冷却時間を置こう」と言ってしまいました。陸は「来年もこの店で食事しよう」と言っていましたが、それきり連絡がありません。今日もしかしたら再会できるかもしれないという期待をもってレストラン・トワの開店直後に店に入りました。二つの予約席があり、一番奥のテーブルに案内されました。ここなら一人でもゆっくり食事ができるかもしれないと綾香は思いました。六時を過ぎると隣のテーブルに若いカップルが来て食事を始めました。その女性の話が聞くともなく耳に入ってきました。去年の綾香と同じように仕事中心の彼に不安を持っていたこと。それでも結婚して今は幸せそうな二人の会話でした。
レストラン・トワには家族連れ二組が入って、予約席のテーブル一つだけが寂びしそうにぽつんと置かれています。去年、陸のプロポーズを受けていたら、あの席に陸と綾香が隣のカップルと同じように食事していたかもしれません。
どのくらい時間が経ったのでしょう、綾香が空いていた予約席を見ると陸がパスタを食べています。やっぱり今年も時間に遅れて来ましたが、去年の約束を忘れずに守ってくれました。綾香は今なら陸のプロポーズを受けても良いと思いました。
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角田山秘話(えっさらうんじ会誌35号掲載)
「弘、今週末角田に登らないか。」 「ごめん、今頃の角田は雪割り草もカタクリも終わっているからあまり面白くないし、俺は二王子に登ろうと思っているんだ。淳も一緒に行かないか。」 「しばらく山に行ってないので、足馴らしに、大好きな灯台コースから登ってみようと思ってね。それなら一人で行くよ。」 「淳、知ってるか?最近、角田に貉が出るって、その貉を無視すると祟りがあるらしいぞ。」 「馬鹿馬鹿しい。そんな噂を信じているのか?」 「それがな、麦わら帽子をかぶったうら若き女性が、灯台コースを少し登った岩場に座って本を読んでいるらしい。その貉を無視して登ると祟りがあるらしい。だからその貉を見つけたら必ず声を掛けるんだ。」 「見ず知らずの女性に声を掛けるのはちょっとな。」 「馬鹿、相手は貉だ。女じゃない。それに祟りに合わないためだ。それからもう一つ、貉に”さようなら”...と言わせるまで話続けなければならないそうだ。自分から話を切り上げて立ち去るとやはり祟りがあるらしい。」 「まぁ、その貉に出会ったら忠告に従うとするさ。」 そんなことがあって、その週の土曜日、淳は角田山の灯台コースを登り始めた。角田山は標高481.7メートル。新潟市の西蒲区にあり、ハイキングコースとして人気が高く、登山ルートがたくさんあるが、灯台コースは海抜0メートル、砂浜から登ることができる。淳が好きなのは、北アルプスの尾根歩きに似た雰囲気を味わえる点だ。 砂浜から10分位登ったところで、麦わら帽子をかぶった女性が本を読んでいるのが見えた。弘が言っていた貉かもしれない。いまどき貉が化けて出るなんて滑稽な話だが、無視しても祟りがあるというのを思い出して声を掛けた。 「こんにちは」 「こんにちは」 顔を淳に向けたその女性は、以外に美人だった。これが本当に貉なのだろうか。 「いい天気ですね。ここには良く来られるのですか?」 「天気が良くて涼しい季節は良くここにきて本を読んでいます。潮風が気持ちいし、海を見ていると心が晴れるんです。あなたは良く来られるんですか?」 「昔は、よく山に登っていたので、高い山に行く前に足馴らしに来たものです。今日は久しぶりに登ってきました。もう心臓がパクパクして、頂上まで登れるかどうか。」 それからしばらく取りとめのない話をしていたが、なかなか相手が「さようなら」と言わない。しかし話をしているうちに、本当にこの人が貉なのだろうか、貉でも一生だまされ続けてもいいなと思い始めていた。 「サンドイッチ、食べません?」 淳が時計を見ると、もうお昼になっている。 「いや、あなたの分を食べるわけにもいかないし、ここで…」 いやここで失礼するとは言ってはいけないのだ。困った顔をしていると、 「遠慮することはないのよ。二人分作ってきたから。」 そこでサンドイッチを一緒に食べることになった。貉の作ったサンドイッチの原料って何だろう。後からお腹を壊すことはないだろうか。しかし、保冷容器からサンドイッチを出したのには驚いた。貉にしては手が込んでいる。 それからも色々と話がはずみ楽しい時間が過ぎた。しかし、日が傾いてきたこともあって、思い切って訊ねてみた。それもほぼ二人とも同時に「あなたは貉ですか?」 「その貉の話、誰から聞きました?」 「実は、同僚の弘を誘ったんですが、断られて、その時に貉の話を聞きました。麦わら帽子をかぶった女性を見かけたら、絶対に話しかけること。相手が”さようなら”というまで話を続けること。そうしないと祟りがあると。」 「その弘って人、私の兄です。私も兄に言われました。『純、また今週末角田山に行くなら麦わら帽子をかぶって行け。若い女を見ると声を掛けてくる貉が居るから、顔を隠した方がいい。それから話しかけられたら、相手が”さようなら”というまで話を続けること。そうしないと祟りがある。それから、サンドイッチを2人前持っていくいいな。貉も腹が膨れれば”さようなら”っていうだろうから』って。」 「何だ、貉の正体は弘だったのか。」 淳と純を夕陽が包み込み、その長い影の先にほくそ笑む貉の姿があった。 |





