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しんこ細工!

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 観潮楼の工事現場を団子坂で回り込んでみた、藪下道はこの団子坂でお終いとなる、信号機が点滅を繰り返しているその観潮楼の隣に「あめ細工吉原」と墨書の大きな看板がかかげている、お店なのだがまだ開店はしてないようだ。 12時からと小さな字でお知らせが書かれていた。
 このお店、ただの飴屋さんではない、若い人はおそらく知らないであろう、「しんこ細工あめ」なのだ。一昔前には夜店に必ずこの飴屋さんが出店を開いていた、犬だろうがウサギだろうが注文すればたちどころにあめ細工ができあがる、その器用な手つきに子供達はスズナリで皆目を光らせおじさんが息を吹きながら作る飴細工を飽きることもなく眺めていたものだ。
 なにやらお知らせには実演の時間帯も書かれているようだが、大江戸散策会としてはその時間まで待っているわけにも行かず、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしたのだ。
 

観潮楼跡!

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 森鴎外・陸軍軍医総監・近代小説の生みの親・舞姫・ィタ、セックスアリス・山椒大夫・寒山拾得・そして、ここに建っていただろう「観潮楼」工事現場の塀にポスターが貼られております。
 おいら達は藪下道を登ってまいりました、団子坂へと突き当たるちょっと手前に小さな公園と森鴎外旧宅があります、ただいま工事中です、来年には完成するそうですよ、何でも生誕150周年ですとか?盛大にお祭りが行われるのでしょうね!
 汐見坂が忍ばず通りに向かって落ち込んでいます、まるで鵯越のような、そして小学校の校庭も眼下に見えます、目のしたの大地は縄文時代の海岸線です、ですから、これから向かう谷中銀座の「夕焼けだんだん」に延命院貝塚の標識があるのです。
 明治の初期に住んだ森鴎外は海を見たのでしょうか?この場所からでは海は見えないはずなのですが、それとも汐のにおいを感じただけで「観潮楼」の名を冠したのでしょうかね!
 舞姫をイメージした彫刻も置かれております、森鴎外と同じ空気を吸いたくてここまで歩いてきましたが、無機質な建築現場の壁と穴を掘る重機のうなり音がする藪下道です。

千駄木ふれあいの杜!

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 解剖坂から団子坂の方へ歩いていきます、200mも藪下道を歩くと左手になにやらこんもりとした森、いや林が遠望できます少し坂になっておりますが近づいてみると「千駄木ふれあいの杜」と看板が掛けられてます。
 網で道路と杜が仕切られてますが中にはいることが出来ます、小さな公園?いや庭園の跡?断崖になった所はお屋敷跡か?とにかく木々が繁茂して見通しが悪く、ヤブ蚊の大群が襲ってきます、これはたまりません早々に退散となりました。
 看板を読むとここが「太田摂津守下屋敷跡」なのですね、今では屋敷跡の名残はこのふれあいの杜だけとなってしまったようです、江戸の昔はいずこに・・・そんな感じですかね?

日本医科大学の角!

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 根津神社の裏門から神域を出ました、そこには喧噪という東京の風景が広がっています、ですが消防署の反対側に建つ「日本医科大学」の建物と病院の間の小道が江戸時代の名残なのですね、現在の医科大学の建っている敷地は「安政の古地図」を参照していただければ分かりますが、「太田摂津守下屋敷」です。
 この小道を進んでいくと「森鴎外の旧宅」へとつながっているわけです、そしてこの小道を「藪下道」と通称しています、明治の文豪が好んで散歩したそうですが、狭い道ですのでよほどの物好きだけがおもしろがって通っているます。
 標識はありませんが「医科大学」の塀の所に坂道がありますね、何でも恐ろしげな名前で呼ばれる坂道「解剖坂」ですよ、この塀際の教室が「人体解剖教室」だというお話で、誰言うと無く「解剖坂」と名が付いたそうですね。

根津神社の裏門へ!

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 お稲荷山の赤い鳥居がこんなにも並んでいます、信仰の厚さですかね?江戸の昔はこういう囃子言葉がありました。いで始まる言葉です「伊勢屋・・稲荷に・・犬のクソ」
ふふふ、・・・江戸っ子の含み笑いが聞こえてきそうです。そこらじゅうに稲荷社がある、という格言ですね!
 そして、道標がこんな所に、「庚申塔」です。何処何処までは何里、何丁と碑に彫られて街の角や別され道(追分け)などに置かれてました。
 庚申塔のいわれが教育委員会の説明版に書かれております。中国の道教の考え方から来ているのですね、60日に一度訪れる庚申の日、その日はお日待ちといい、寝ずに太陽の日の出を待ちます、天帝にさんしの虫が言いつけるのをさせないようにするという民間信仰でした、今ではほとんど行われなくなってしまった風習です、ぼた餅をこしらえたり、煮しめをこしらえたりして何処の村々でもやっていた行事なのですが、残念ですがほとんど廃れてしまいました。

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