足立区立郷土博物館 登録グループです!

東京都足立区の郷土博物館を利用している人の情報共有のためのブログです。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

かねやすへ!

イメージ 1

イメージ 2

 麟祥院の春日局のお墓参りが済みました、戦国の世から徳川三代将軍家光まで激動の歴史を見てきた女傑です、数々のドラマで取り上げられた歴史上の人物、お墓もずいぶんとユニークでした。
 さて、来た道の戻りました、そのまま本郷3丁目の交差点まで歩いてきます、もう東大が間近ですね、右方向が東大のキャンパス、そして、交差点の斜向かいが「かねやす」です。
 ここは、日本橋を起点に湯島聖堂の裏手を通る「中山道」です。本郷の高台を抜け板橋宿へとつながっています、その角にかねやすの茶色いビルが建っています。
 「かねやすまでが江戸の内」と江戸庶民に言われ続けてきた場所ですね、このかねやすから板橋方向はかやぶき屋根や、わらぶき屋根の街並みで、かねやすから日本橋方面が「瓦葺きや塗り壁」の家が続いていたそうです、こんな戯れ歌が江戸の人達の口に上っていたのですね、そして、かねやすは歯磨き粉を売る店だったのです。
 御多分に漏れずこのかねやすも「本家分家」の争いがあったそうです、芝にもかねやすがあったのだそうですが、時の「奉行」大岡越前守がこの争いを裁き、芝のかねやすは「漢字」で書きなさい、本郷のかねやすは「ひらがな」で書け、と、喧嘩両成敗にしたという、名奉行のお裁きが下って以来の「かねやす」だそうです。
 
 

ようやくお墓に到着!

イメージ 1

イメージ 2

 卒塔婆の道しるべに導かれ、一番奥の墓域まで歩いてきました。ありましたね、「春日の局」三代将軍家光の乳母です、うっそうとした木々に囲まれ、木漏れ日だけの日差しでは昼なお暗い、そんな表現がぴったりのお墓です。
 よくみると、お坊さんのお墓と同じ形態をしていますね、そうだ表の看板に何か書いてあったなあ・・・・無縫塔と?!
この形態は僧侶の墓によく使われる形で、卵塔ともいわれる継ぎ目のないつるりとした仏塔だ。でもよく見るともう一つ違いがあるではないか「穴」が開いている、正面と横から貫通している穴が・・・何でだろう?
 そこで、ちょいと調べてみたら、死後の世界に行っても、御政道を見守っていたい、という、遺言の結果・・・見通しが効くようにと、このように四方に穴を開けたのだそうだ。本当だろうか?まあ、良くも悪くも初代「お局様」だものなあと、変な感想を述べておりました。

春日の局の墓所!

イメージ 1

イメージ 2

 麟祥院の墓地に到着です。教育委員会の説明版が出ています、まず、上段は「春日局」です。大奥に入り三代将軍家光の乳母となる・・・いないなと説明がされてます、麟祥院は春日局の法号なのですね、なるほど勉強になります。
 そして下段は「井上円了」のことです、掲載した写真を拡大して読んでいただけたら良く解りますが、東大を卒業後「哲学館」をここ麟祥院に建てた、それが後の「東洋大学」の始まりですと・・・なあるほど!
 それで山門脇の入り口にあんなに大きな石碑が建っているのだ、史跡散歩のおもしろさはどこかで色々な文物に出会う事、その出会いが変則であり偶然であるのがまことにおもしろいのだ、その偶然の文物から次の興味がわき出てくるという、まあ軌跡を楽しむと言うのが大江戸散策会なのだ。
 そうか、説明文の最後に井上円了は遼寧省の大連で亡くなった、61才卆とあります!、何だ俺より若いのですね、平成の人達がみな長生きだからか、きょうの参加者の最高齢は87才ですよ。まだまだ、ガンバンベ!
 さあいよいよ「春日局」の墓所へと行きます、道案内が出ています、卒塔婆に矢印が・・・・あまりの参観者が多数のため札を立てたのでしょう、お寺ですから「卒塔婆」に矢印。
 良いですね!!!ほほが「ふ」の字となりました。

井上円了!

イメージ 1

イメージ 2

 それでは、春日局のお墓参りです。右手に本堂です、以外と小さい、禅寺特有の静寂さが境内に漂ってます、山門脇に東洋大学発祥の地の石碑が・・・何でここに?
 この時点では説明版も何もありません、東洋大学と言えば「哲学堂」?・・・確か西武線の下落合の方に哲学堂があったなあ?義理の父の火葬場が近所だったなあ?そのくらいしか思い出しませんね!
 まあ、良いか? そんないい加減な史跡散策でどうするのだと思うのですが?とりあえずは本堂にお参りです、お庭の手入れは行き届いてます、梅もちらほらと・・・日陰の梅は今年は何とも咲くのが遅いです。
 本堂に向かって左手方向が墓地となってますので、皆さんとぶらぶら入っていきました、春日の局さん!何処ですか?

麟祥院へ!

イメージ 1

イメージ 2

 旧岩崎邸は撮影不可です、ベランダからの洋風庭園もガラス張りのサンデッキも見学するだけだそうで、重要文化財の指定が撮影禁止のおふれとなったのでしょうね、そこまでしなくてもと、思うのですが?
 小一時間の見学となりました、次の散策地は「麟祥院」です、一端、湯島の切り通しまで戻り、坂道を本郷方面に歩きます、右手に古い山門が現れました。春日局の菩提寺です。
 江戸の古地図を掲載しておきました、越後高田藩のお屋敷の隣が「麟祥院」です、元の敷地は大変広かったのですが、明治以降敷地が官地などに転用され、だいぶ狭くなっています。


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事