足立区立郷土博物館 登録グループです!

東京都足立区の郷土博物館を利用している人の情報共有のためのブログです。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

池波正太郎記念文庫!

イメージ 1

 鷲神社からかっぱ橋商店街の方角に歩いていきます、ぶらり旅の続行です、左手に広い敷地が見えてきました、学校のグランドですね、「台東区立金竜小学校」と看板が出ております、「金竜山浅草寺」の山号をいただいて学校の名前にした、何ともありがたい名前です。
 江戸の街が出来る遙か前から存在していた古い古い古刹、江戸の街が400年なら浅草寺は遙か1000年はゆうに超えているという、まあ、江戸の仏教文化の発祥地・・・ですよ!
 さて、台東区立図書館に着きました。トイレ休憩です、公共施設をお借りしてのトイレ休憩、途中にこんな場所が無いと町歩きは困るのです、そして入り口に大きな看板「池波正太郎記念文庫」と出ております。
 池波先生のふるさとがこの台東区です、ですから、立派な池波コーナーが設えてます。図書館に併設されてますので静かに見学しないと係りの人に怒られます。
 先生の生誕から没年までの年表が事細かに書かれておりますね、戦前、兜町での仕事の話、特に当時の株屋でのお話がとても興味をそそられます、そして隣には「書斎」が復元されてます、こんな感じのお部屋で執筆を・・・いいいな、こんな部屋があったら最高だろうな?とひがみの一言が出そうなお部屋ですね。
 書斎ですからあらゆる資料が並べられていたのでしょう、何気なく江戸時代の「武鑑」が開いてて置かれてます、その見開きのページを見るとやや「長谷川平蔵」だ。
 そうなんです、先生の最高傑作「鬼平犯科帳」の主人公が見開きになってますね、火付け火盗改め、通称鬼平ですよ、色々の資料を基に先生は小説を組み立てていたのです、その、雰囲気だけでも見えるのが楽しいですね。
 そして先生のもう一つの特技「絵画」です。水彩画あり、クレヨン画ありと、とても小説家の余技とは思えないほどの繊細な技法・・天は二物を与えてしまうのですね、そういえば「司馬遼太郎」先生も絵がとても上手でした、何となく共通点があるのですね、ああうらやましい限りです。
 この図書館は撮影禁止です、是非皆様、一度足を運んでくださいませ、台東区でやっているコミニティーバス「くるっと君」の停留場が目の前にあります、地下鉄の駅からか、上野駅からでも乗ればとても便利ですよ。

樋口一葉だ!

イメージ 1

イメージ 2

 鷲神社の拝殿です、なにやら大きなお面が・・・賽銭箱の上に鎮座してますね、お賽銭を入れるのは脇からか?それともこのお多福の面の口から入れろというのだろうなあ、試しに10円を口の中に入れると、あらら、そのまま滑り台のように賽銭箱へと落ちていきました、すると、メエロディーが流れてきましたね、ふふふ、何だかすぐに御利益にありついたようないい気分です。
 参道の右脇に文学碑が建ってますね、その一つが「樋口一葉」の碑文です。彼女台東区生まれです、薄幸のの小説家として今でも「たけくらべ」は読み継がれています、明治の偉人の一人、というより、江戸の香りを持っていた明治の人と表現しておきます、是非一度お読み下さい。

鷲神社!

イメージ 1

イメージ 2

 歩いているといつの間にか吉原の敷地範囲を出てしまいました、右奥くに「台東病院」が建ってます、多くの患者さんが出入りをしてますね、そして公園に突き当たりました、道路の略図が掲げられています、「鷲神社」は台東病院の反対側に位置しますね、公園を斜めに横切り、しばらく歩くと神社の脇の入り口です。
 まずは、大きな鳥井の真下に集合です、一枚記念写真を撮しました、はい、皆さん今日も元気にお散歩ですよ、足が弱ると老後は楽しくありません、正直な話、おいらは初めて鷲神社に来ました、以外と、小さい!不遜なことを申すようですが、花畑の大鷲神社の方がよほど大きい、ここの神社の元社だもの当たり前といえば当たり前なのですがね!今ではこちらの「酉の市」の方が有名なのです、江戸市民の中心だものしょうがないかな?

吉原神社!

イメージ 1

イメージ 2

 吉原のメインロードを闊歩してます、何だか「ぶらタモリ」の雰囲気です、でもあの人のテレビ番組はは最近でしょう、おいらの会はもう23年もこんなぶらり旅をやっているのですから・・・皆さん達人であります。
 さて、余分なことはおいときまして、「吉原神社」の鳥居が見えてまいりました。遊郭の敷地は「お歯黒ドブ」で囲まれてました、出入りが出来るのは全て「大門」のみです、女郎の逃亡やお客の食い逃げを防ぐ意味もありました、しかし、ひとたび、「大火」となると、お客もお女郎さんも逃げ場を失い、とんでもない犠牲者がでる、江戸時代は火事が頻繁に起きたのです。
 新吉原を「廓」くるわ「曲輪」と言い表します、「曲輪」の字面はお城の二の丸、三の丸に用いる「曲輪」ですがここ遊郭もお城と同じようにお歯黒ドブで囲まれていて出入りが大門のみですので「曲輪」と称したのです。
 何処にも出ることができないお女郎さん達が信仰したのが「稲荷社」です、遊郭の四隅にありました、その稲荷社を合祀したのが吉原神社ということになるのです、説明版も写真に撮ってきました、かごの鳥であるお女郎さんの心情がうかがえる説明版です。

イメージ 1

イメージ 2

 吉原のメイン、ロードです。右が江戸町1丁目で左手が江戸町2丁目・・・ずうっと向こうに見えるのが角町です。大門の写真にエイトという喫茶店の看板が見えるでしょうか、ここの店主は30年来の知人です。もちろんこの時間には営業してませんので失礼して素通りとなりましたが。
 さてこの角から撮った写真を掲載します、スカイツリーの頭だけが写されてますが、右手の看板「三浦屋」が見えますか?このお店が江戸時代からある老舗です。吉原細見(蔦屋重三郎版)にも登場するお店です。
 吉原地区の店舗は昭和33年の3月末日をもって廃止となり、おのおののお店も全て業態変更となったのです。ですから昔の面影はほとんど失せてしまい、豪華絢爛な不夜城の姿は昔語りとなりました。
 9時半という早い時間なのですが、黒服を着たお兄さん方があすこに二人、こちらに一人となにやら所在なげに立っています、十人の団体でうろついていれば何だろうといぶかしそうに見られても仕方ありません、決して怪しい輩では無いのですが、何となく後ろめたい気持ちで歩いてきました。


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事