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6/3の9時に町屋駅に集合しました。
先ずは都電荒川線に乗車です、終点というか始発駅というか、三ノ輪橋まで乗車ですね。
都内で唯一残っているチンチン電車・・・・・ごとごとチンチン、懐かしい音です。
手すり棒が真鍮製・・・ぴかぴかに磨かれて、レトロです。
三ノ輪橋の駅は商店街の中にあります、そして階段がない、ここが地下鉄と違うところ、だからお年寄りに優しいわけですね、!これからは老人が増えるのだから能書きより金のかからない路面電車を増やしたらいいのでは・・・声を大にしていいたいね!
さて歩くこと5分で「円通寺」に到着です。今日はご住職が不在とのことで勝手に参拝いしてくれと、では戊辰戦争関係者の眠る墓域にずかずかと入りまして、松平太郎君のお墓にも参拝、そして何と言っても寛永寺の「黒門」が移築されてます。
無数の銃弾の痕が生々しく、あの上野の戦争から142年・・・・戦争の生き証人ですね。
この銃弾痕も注意深く見てみるとかなり上の方にも弾痕が・・・それに穴の角度が水平に近い、ということは広小路口から攻め込んだ薩摩軍は商家の屋根や二階の窓から狙いを定めた、ということになるわけだ、何しろ彰義隊は夕刻にはちりぢりとなって落ち延びていったのですが、官軍とは軍隊の装備が桁違いです、幕軍は寄せ集めの上、ろくな小銃を持っていなかった、それに加え鍋島のアームストロング砲の桁違いの威力に寛永寺の本堂は延焼・・・彰義隊は多くの死傷者を出し、ここ円通寺に葬られたのです。
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