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小石川後楽園の追記!

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 たった3時間の大江戸散策会・・・いかがでしたか?楽しんでいただけたでしょうか?
江戸が東京と名を変えてはや、150年!でも昔の面影はいくらでも残っているのです、探して訪ね、思いは江戸へと誘う、そんなロマンと歴史のぶらり旅です。
 今回は藤田東湖の碑を見損ないました、そこで、千住のまりちゃんがウエブでわざわざ送ってくださいました、一度解散した後、再入場してこの碑の写真を撮ってくれたのです、どんな会もそうですが多くの優しい会員さんに支えられて運営されているのです、この場を借りまして御礼申し上げます。まりちゃんありがとうね!
 藤田東湖ことを少し書き加えます。彼は安政の大地震の時、お母さんを助けようと家の中に入り母ともども地震で崩れた家の下敷きになり圧死してしまいました、火事と地震の怖さは現代以上だったのですね、東湖の子の「小四郎」は天狗党の乱で捕縛処刑されてしまいます、二人とも水戸藩を代表する学者でしたが惜しいことをしたものです。

鴨と梅!

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 さすがに大名庭園ですね、大きな池の奥が梅園です、綺麗なしだれの梅が咲き誇ってます、入園するときに地図をもらったのですがろくすっぽ見ないで散策をしてました、本当はこの梅園の奥に「藤田東湖」の碑が置かれているのです、時間も押してますので庭園の入り口まで戻り、本日の大江戸散策会の終了となりました。

小石川後楽園へ!

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 大江戸線は駅から地上に出るのが大変です、延々とエスカレーターを乗り継ぎます、地獄の底からはい上がる、それでは少しオーバーですね!でも、こんなに深く掘らねば東京の地下はもう路線が交差できなのですね、それだけ、網の目のようになっているまあ、世界一の地下鉄網といって良いでしょう。
 歩くこと5分・小石川後楽園へ着きました。南側の入り口しかありません、そしてお庭は改装工事がされてます、あちこちに業者の職人さんが手を入れてますね、そして池の真ん中を堤が向こう側まで通ってます。
 看板を読んでみると「中国式の庭園」とあり「西湖」を模したと、えええ、てことは、中国・杭州の西湖ではないか、向こう岸がかすむほど大きな人工湖、それを模したとは・・・・!
 なるほど、奥に進むと石造りの眼鏡橋がある、はあはあ、やはり明の遺臣「朱舜水」の意見を採り入れて光圀公が造らせたということなのだ納得であります。

都営地下鉄大江戸線!

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 次の目的地は「小石川後楽園」水戸光圀公ゆかりの公園です。本当は丸の内線で移動しようと思っていたのですが、お庭に北口があったはずなのですが・・・?無い!
 南側の飯田橋駅方向のみから入れるとなってます、むむむ、そうなるとこの本郷三丁目からは「大江戸線」に乗車と言うことになりましたね、都心の地下をぐるり楕円形に回っている大江戸線、あまり利用したことがありませんね、とにかく深度の深い地下鉄です、乗車するまでがこれまた大変な事に、そして、飯田橋に着いてみると、今度は地上までが延々とエスカレーターを乗り継いでやっとこ、地上となりました。これって原子爆弾用のシェルターですかね?

かねやすへ!

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 麟祥院の春日局のお墓参りが済みました、戦国の世から徳川三代将軍家光まで激動の歴史を見てきた女傑です、数々のドラマで取り上げられた歴史上の人物、お墓もずいぶんとユニークでした。
 さて、来た道の戻りました、そのまま本郷3丁目の交差点まで歩いてきます、もう東大が間近ですね、右方向が東大のキャンパス、そして、交差点の斜向かいが「かねやす」です。
 ここは、日本橋を起点に湯島聖堂の裏手を通る「中山道」です。本郷の高台を抜け板橋宿へとつながっています、その角にかねやすの茶色いビルが建っています。
 「かねやすまでが江戸の内」と江戸庶民に言われ続けてきた場所ですね、このかねやすから板橋方向はかやぶき屋根や、わらぶき屋根の街並みで、かねやすから日本橋方面が「瓦葺きや塗り壁」の家が続いていたそうです、こんな戯れ歌が江戸の人達の口に上っていたのですね、そして、かねやすは歯磨き粉を売る店だったのです。
 御多分に漏れずこのかねやすも「本家分家」の争いがあったそうです、芝にもかねやすがあったのだそうですが、時の「奉行」大岡越前守がこの争いを裁き、芝のかねやすは「漢字」で書きなさい、本郷のかねやすは「ひらがな」で書け、と、喧嘩両成敗にしたという、名奉行のお裁きが下って以来の「かねやす」だそうです。
 
 

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