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観潮楼跡!

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 森鴎外・陸軍軍医総監・近代小説の生みの親・舞姫・ィタ、セックスアリス・山椒大夫・寒山拾得・そして、ここに建っていただろう「観潮楼」工事現場の塀にポスターが貼られております。
 おいら達は藪下道を登ってまいりました、団子坂へと突き当たるちょっと手前に小さな公園と森鴎外旧宅があります、ただいま工事中です、来年には完成するそうですよ、何でも生誕150周年ですとか?盛大にお祭りが行われるのでしょうね!
 汐見坂が忍ばず通りに向かって落ち込んでいます、まるで鵯越のような、そして小学校の校庭も眼下に見えます、目のしたの大地は縄文時代の海岸線です、ですから、これから向かう谷中銀座の「夕焼けだんだん」に延命院貝塚の標識があるのです。
 明治の初期に住んだ森鴎外は海を見たのでしょうか?この場所からでは海は見えないはずなのですが、それとも汐のにおいを感じただけで「観潮楼」の名を冠したのでしょうかね!
 舞姫をイメージした彫刻も置かれております、森鴎外と同じ空気を吸いたくてここまで歩いてきましたが、無機質な建築現場の壁と穴を掘る重機のうなり音がする藪下道です。

千駄木ふれあいの杜!

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 解剖坂から団子坂の方へ歩いていきます、200mも藪下道を歩くと左手になにやらこんもりとした森、いや林が遠望できます少し坂になっておりますが近づいてみると「千駄木ふれあいの杜」と看板が掛けられてます。
 網で道路と杜が仕切られてますが中にはいることが出来ます、小さな公園?いや庭園の跡?断崖になった所はお屋敷跡か?とにかく木々が繁茂して見通しが悪く、ヤブ蚊の大群が襲ってきます、これはたまりません早々に退散となりました。
 看板を読むとここが「太田摂津守下屋敷跡」なのですね、今では屋敷跡の名残はこのふれあいの杜だけとなってしまったようです、江戸の昔はいずこに・・・そんな感じですかね?

日本医科大学の角!

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 根津神社の裏門から神域を出ました、そこには喧噪という東京の風景が広がっています、ですが消防署の反対側に建つ「日本医科大学」の建物と病院の間の小道が江戸時代の名残なのですね、現在の医科大学の建っている敷地は「安政の古地図」を参照していただければ分かりますが、「太田摂津守下屋敷」です。
 この小道を進んでいくと「森鴎外の旧宅」へとつながっているわけです、そしてこの小道を「藪下道」と通称しています、明治の文豪が好んで散歩したそうですが、狭い道ですのでよほどの物好きだけがおもしろがって通っているます。
 標識はありませんが「医科大学」の塀の所に坂道がありますね、何でも恐ろしげな名前で呼ばれる坂道「解剖坂」ですよ、この塀際の教室が「人体解剖教室」だというお話で、誰言うと無く「解剖坂」と名が付いたそうですね。

根津神社の裏門へ!

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 お稲荷山の赤い鳥居がこんなにも並んでいます、信仰の厚さですかね?江戸の昔はこういう囃子言葉がありました。いで始まる言葉です「伊勢屋・・稲荷に・・犬のクソ」
ふふふ、・・・江戸っ子の含み笑いが聞こえてきそうです。そこらじゅうに稲荷社がある、という格言ですね!
 そして、道標がこんな所に、「庚申塔」です。何処何処までは何里、何丁と碑に彫られて街の角や別され道(追分け)などに置かれてました。
 庚申塔のいわれが教育委員会の説明版に書かれております。中国の道教の考え方から来ているのですね、60日に一度訪れる庚申の日、その日はお日待ちといい、寝ずに太陽の日の出を待ちます、天帝にさんしの虫が言いつけるのをさせないようにするという民間信仰でした、今ではほとんど行われなくなってしまった風習です、ぼた餅をこしらえたり、煮しめをこしらえたりして何処の村々でもやっていた行事なのですが、残念ですがほとんど廃れてしまいました。

胞衣塚!

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 根津神社本殿の脇門を出ると池があります、名所図絵にも書かれている池です、その一段高台に赤い鳥居がずらりと並んでいるのがお稲荷様のお社ですが、何と、昨晩の台風で大きな枝がぼろりともげております。風の力はすごいものです、こんな大木の枝をなぎ倒すほどなのですね、人間なら飛んでいってしまいますよ、でもよく耳を澄ますと、おお、蝉が鳴いているね、あの風に飛ばされないでしがみついていたのだろうな、蝉は偉い。
 稲荷社の鳥居まで階段を上ると「胞衣塚」です。将軍徳川家宣の胞衣塚と教育委員会の看板が・・・そうですね古来から日本人は「へその緒、胎盤」を大事に取っておくのですね、おいらのも桐の小さな箱に入れて取ってありますよ、数千年前の縄文人も竪穴住居の入り口に小さな壺を埋め、中に生まれた子供のへその緒を入れて、無病息災を願ったのです、こんな事をするのは日本人だけでしょうね、ほかでは聞いたことありません。
 縄文のえな壷・・・何で分かったかというと、壷の中にある土を分析しましたところ、人間にだけしか含まれない「脂肪酸」が検出されたのです、その出土例がどんどん増えて、ああ、これは「えな壷」だということに結論づけられたのです。
考古学は進んでいるのです、どんどん進化しております、おいらも勉強しなくちゃ遅れてしまいますね。
 

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