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教育委員会の説明版があります、東都名所図絵の長谷川雪旦の挿絵を使ってますね、滝野川はまさに滝の名所だったのだと書かれております、住宅が建つ前は春は桜、秋は紅葉と一年中通しての江戸市民の行楽地なのですね、鳥居の奥に岩窟が書かれてますが、この窟はなんと、何と、「江ノ島の弁天様」まで通じていると当時の人には信じられていた・・・・という、民間伝承があると、物の本に出ておりました、まあ信ずるものは救われるということでお許しのほど。 |
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緑道を金剛寺の裏手へと回り込んできました。石神井川がこの裏手で大きく湾曲しております、旧河川敷が眼下に見え、松橋弁財天の祠跡です。河川管理のおじさんがゴミ拾いをしてますね、普段は鍵がかけられており、旧河川には降りられません、緑道は目の下に旧河川を見ながらぐるりと回っております。 |
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門前に石塔がいくつか並んでます、砂岩で作られた道標です。江戸時代は滝野川近辺に遊山に来る人が沢山いたのですね、ですから庚申塔と道標が一緒になった石塔が造られました。 |
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石神井川の緑道に戻りました。湾曲した旧河川が緑の公園になってます。渓谷はあくまでも深く水の流れが豊富です。大きな橋に出会いました紅葉橋です。 |
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この日は何と気温が35度を超えました、本年度の最高気温!この暑いさなかに我々13名が徒党を組んで歴史散策をしております、正受院を見学後、音無川沿いの遊歩道に戻ってまいりました。板橋方向へ向かうのですが、やや登り勾配です。 |



