坊主めくりは楽しかった! 
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お正月といえば、カルタ、凧揚げ、お
餅焼き、おみかん、などなど、家族的な
言葉を思い出します。
私が小学生の頃、坊主めくりという遊
びをしました。百人一首の絵札だけで遊
びます。
「ウアッお姫さんや!」
「キャッ坊さんや!」
皆さんも遊びましたよね。楽しかった!
今は、畳の部屋も、コタツも、百人一
首も、遠い世界になりました。
畳の部屋が減っているようです。これ
で良いのかな?
これからは、家族の遊びって、家族の
絆って、どないになるんやろう?
ここは大津市にある蝉丸神社です。
坊さんやったはずや、でも、今は、
蝉丸大明神として祀られています。
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大津市へは京阪電車京津線に乗って 
蝉丸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
蝉丸(せみまる、生没年不詳)は平安時代前期の歌人、音楽家。古くは「せみまろ」とも読む。
小倉百人一首にその句が収録されているので知られているが、その人物像は不詳。宇多天皇の皇子敦実親王の雑色、醍醐天皇の第四皇子などと諸伝がある。また、仁明天皇の時代の人という説もある。
逢坂の関に庵をむすび、往来の人を見て「これやこの 行くも帰るも分かれつつ 知るも知らぬも逢坂の関」の和歌を詠んだという(百人一首の札では “行くも帰るも分かれては” となっている)。このため、逢坂の関では関の明神として祭られる。また、源博雅が逢坂に3年間通いつづけて遂に8月15日夜に琵琶の秘曲『流泉』『啄木』を伝授されたともいう(『今昔物語集』)。盲目の琵琶法師だったという説もあり、一方で盲人ではなく、単に乞食であるとする伝承もある。和歌は、上記のものが「後撰和歌集」に収録されている他、『新古今和歌集』『続古今和歌集』にも三首収録されている。また、蝉丸に関する様々な伝承は『今昔物語集』や『平家物語』などにも登場している。
能に『蝉丸』(4番目物の狂女物)という曲がある。逆髪という姉が逢坂の関まで尋ねてきて、2人の障害をもった身をなぐさめあい、悲しい別れの結末になる。この出典は明らかでない。
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