黄色で可愛いサンシュウの花咲いています 真如堂に 先日の朝日新聞の「声」という読者の投稿欄に戒名について意見を述べられていました。そのタイトルは「戒名とは何なのでしょうか」というもので、そこには、30万円で院号がついたとか50万円でつかずに信士だけだったという言葉が書いてありました。
私は、これを読んでいて悲しくなりました。高額を要求するお寺も悪いし、そもそも、信仰もしていないのに命終えた途端に仏弟子にしてあげたいという遺族側にもモンダイありです。
そもそも、戒名・法名というものは、信仰生活のもとに生きている間にこそいただくもので、みずから、仏弟子として名のりを上げることです。
私は、浄土真宗の信者ですから、東本願寺にて帰敬式を受けて釈○○という法名をいただきました。この「釈」という文字をいただくことによって、釈迦弟子として名のりを上げることだと教えられました。ちなみに、費用は1万円で、法名をいただいて、加えて、お勤めの本とCD、そして、肩衣をいただきました。
投書にあったようなことはこの国では日常的なことなのでしょう。これは、「私は仏教徒です」という方が少ないからこのようなことになるのだと思いますね。
悲しいです!釈尊も嘆いておられると思います!!
法名・戒名はお金でいただくものではありません。
信仰があってこその法名、戒名だと思います。
気になる新聞投稿記事・朝日新聞阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) }}}
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2016年03月16日
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