社会に慈しみの心が広まりますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。 10月20日の朝日新聞に皇后陛下の言葉が載っていました。それは、82歳の誕生日に際して宮内記者からの質問に対する回答文の中にありました。全体として、駅での視覚障害者のホームからの転落事故にも心を痛めておられるなど、優しさがにじみ出ているものであり、特に、私は次の部分に感動しました。
この1年を振り返り、自然災害が相次いだことに触れ、次のように回答されています。
「皆が防災の意識を共有するとともに、皆してその時々に被災した人々を支え、決して孤独の中に取り残したり置き去りにすることのない社会をつくっていかなければならないと感じています。」
考えてみますと、今の社会には、自然災害とは関係なくても孤独の中に置き去りにされている人々が多く居られます。私自身も努力すべきなのでしょうが、たとえ、福祉国家になったとしても行政にも限界があります。お寺がもっと努力するべきだと思います。
そもそも、お寺の原型は、阿弥陀経に出てくる「祇樹給孤独園」だといわれています。釈尊もここに滞在していたところで、孤独な人々に食事を提供するところだったそうです。日本中のお寺が孤独な人々に門戸を開いてほしい。
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!Yさんから届いて素敵な絵手紙
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) ホームレスの仕事をつくり自立を応援するビッグイシュー350円350円のうち、180円が販売者の収入になります297号の主な内容 |
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社会に慈しみの心が広まりますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。 私は、術後2か月を迎えることができました。しかし、12時間の手術とその後の肺炎は大きいダメージを与えたようで、体力の回復は芳しくはありません。
散歩は、家の近くを歩いており、歩数は700歩とか1000歩程度です。
このようなことから近くを楽しんでおり、やっと、我が家の近くの小さいお寺、凖提堂へ行くことができました。往復で1000歩ほどです。境内には、ホトトギスの花が咲いていました。嬉しいことです。
来年も楽しむことができるのかというと、それは、わかりません。釈尊の言う通り、無常の嵐が吹き荒れています。
ですから、ホトトギスの花に、愛おしい気持ちを込めて、咲いてくれて、ありがとう!
何もかもが過ぎ去っていく世の中、命には限りがあり、そして、壊れやすいもの。そんな中で悲しい思いの人が一杯おられるのに、TVや新聞は明るいことばかりで、悲しみに打ちひしがれている人々へのまなざしが感じられません。悲しんでおられる人々への視線が、ほしい!
国も政治も助けてくれない。国民年金だけでは暮らせないために下流老人が増えているとか。でも、この国は、手を差し伸べようとはしない。命は財源で語れない。
Yさんから届いた素敵な絵手紙阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) ホームレスの仕事をつくり自立を応援するビッグイシュー350円 350円のうち、180円が販売者の収入になります
296号の主な内容 |
社会に慈しみの心が広まりますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。 我が氏神さんである吉田神社のお祭りを楽しみました。体力のない状況ですから、我が家の前で楽しみました。私の人生の中ではでっかい存在のお祭りです。ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!
阪神淡路大震災の頃、作家の小田 実さんが語っておられました。「この国は棄民国家だ。家が地震で住めなくなっても、国は助けてくれない。
このことは、個人財産には税金は投入しないという考えがあって、再建への援助はありませんでした。今は、小田さんたちの運動もあって、少しは援助されるようです。
何か月か前、利根川で親子心中事件がありました。利根川の水の中へ車が進んでいくというもので、車には、認知症の母と病気の父親と40歳代の娘さんが乗っていたそうです。そして、両親は亡くなって、娘さんが逮捕されました。
70歳代の父親は、新聞配達をしていましたが、病気になって働けなくなりました。このため生活保護を申請に気、近日中に調査員が来る予定となっていたそうですが、父親は、「もう、死のう。」と語ったそうです。
この国では、国もお寺も民を棄てています。国は、経済成長、経済成長と叫ぶばかりです。もはや、成長は望めない。お寺は生老病死と向き合っていません。
民は棄てられている………。悲しい、悲しい。
「命は財源で語れない!!」葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!Yさんから届いた素敵な絵手紙阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) |
慈しみの心が広まりますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。 私は、まもなく退院1か月になろうとしています。しかし、いまは、相変わらず散歩らしい散歩もできずに自宅で療養中です。過酷な手術と肺炎にかかったことによる体力の消耗は想像以上です。いまは、立ちくらみと食欲不振に悩まされています。
今までのような暮らしができるのか不安です。客観的にみても、身体障害者になったことからも、今までの暮らしは遠ざかったようです。
私は、8年ほど前に帰敬式を受けて釈迦弟子となりました。形式的には、というべきでしょうね。その釈尊は、最後の言葉として、「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修業を完成なさい。」(中村元著「ブッダ最後の旅」)
今の私は去年の私ではない、そして、来年の私でもない。このことを心に描きながらも、今後、どのような思いで暮らせばいいのか。生かされているということはわかっていても、心は悩みます。
そんなな悩みはどうすればいいのか、皆さんはどのように思われますか。
あまりにも大きく変化し続ける私。とりあえず、いまを、愛おしく暮らしたいです。
そうそう、私は浄土真宗の信者。命終えれば阿弥陀さんが建立されたお浄土へと行って、蓮の花の上で穏やかな時空で暮らします。
なお、阿弥陀仏は、すべての生きとし生けるものを迎えてくださいます。(悉皆成仏)
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!本の紹介・岩波文庫「ブッダ最後の旅」中村 元著阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) |
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