「九」という数字にも喜びを感じたい社会に慈しみの心が広まりますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。むかし、北京の街へ訪れた折に世界遺産「故宮(別名紫禁城)」を見学しました。巨大な宮廷建築群に圧倒された事を覚えています。
もうひとつ印象的なことがあります。それは、デッカイ建物への階段は、九段にこだわっていることでした。現地の通訳さんの説明によりますと、中国では、「九」という数字は「久」を連想させるので、縁起が良い数字だそうです。
私たち日本人は「九」という数字は「苦」を連想するということで避けたがります。ところが、同じ漢字を使っている中国の人々は歓迎すべき数字なのです。
ということで、私は、「九」という数字に悪いイメージを持たないようにしています。そうですよね、何かにこだわることもテキトーにしておきましょう。
私は、今は、抗がん剤治療を行っています。一週間に一回の予定ですが、血液検査結果が芳しくないものですから、順調に進みません。また、副作用にも苦しんでいます。最後の治療ともいうべき抗がん剤治療、思い通りにいきませんね。仕方ありません。
釈尊の「諸法無我」のとおり、無常の世界では「自分って、無いんだ」ですよね。
葬式仏教から慈しみの心の仏教へ!寺よ変われ!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用
「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用)
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