信仰とは信じることです皆さんへの訪問は、当分の間できません。 信仰の話題です。私は、命を終えたら阿弥陀さんが建立なさった極楽浄土へ行くものと信じ込んでいます。このことについて反論される方が多くおられます。その内容は「極楽浄土があるのかないのかわからない。」というものです。
でも、私は思います。信仰というものは信じ切ることではないでしょうか。
阿弥陀仏については、釈尊が「阿弥陀経」などで弟子に対して詳しく説明しています。人生は苦に満ちていると語った釈尊、だからこそ、彼の説明には納得してしまうのです。それが、宗教ではないでしょうか。
葬式仏教から慈しみの仏教へ寺よ変われ
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) 社会にはひとりひとりを大切にする哲学が必要です税金を投入して暮らせる年金の充実を願います
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2017年05月10日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




