穏やかな老後が暮らせる社会でありますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。年金の話です。この国の年金は実に貧弱で、これでは安心して老後を迎えることができません。このようなことでは社会そのものが不安定になります。ヨーロッパのように、みんなで老後が迎えられるような社会を望みます。もっと、税金を投入すべきです。財源は、消費税の増税ではなくて、所得税の累進率の強化で可能ではないのでしょうか。
新幹線が走ったとしても、高齢者の自殺者が多いようでは一流国とは言えませんよね。
なぜ、こんなにも支え合う社会ができないのでしょうか。仏教徒としての私の意見は、仏教が葬式仏教に特化してしまって、本来の慈しみの仏教が忘れられているから、他人を思いやるということが欠落して自己責任の社会になってしまっていると思いますね。
そうそう、今の若者の将来はもっと深刻です。若者の半数は非正規だそうですから、彼らは厚生年金に入れていません。なんだか悲しい状況ですね。この国に住んでいる人たちが、もっと、他人を思いやって、支え合う社会をつくらないと、社会の崩壊です。
同志社大学の教授でカトリック教徒の浜教授の言葉は素敵ですよね。
「幸せとは 他人の痛みが わかることである。」 同志社大学浜教授
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用)
中西さんから届きました・素敵な作品
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2017年01月18日
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