季節感を味わいながら、生かされて、います皆さんへの訪問は、当分の間できません。 節分の話です。
今年も、節分が通り過ぎました。私にとっての節分は、生まれ育った地域の氏神さんが節分で大賑わいの吉田神社ですから、いろいろと思い出されることが一杯です。いずれにしても、節分といえば、私のイメージは、寒い、賑わう、ということです。
私は、節分には聖護院だけお参りしました。今の私は、抗がん剤により白血球数が減少しているものですから、人込みを避けるためです。その点、聖護院は我家からも近くで人込みもありませんから適切です。したがって、吉田神社へはお参りしませんでした。
聖護院では、赤鬼さんに出会えました。嬉しかったです。鬼さんに出会って嬉しいというのもヘンなことですが、やはり、節分のスターです。気分もほころびました。
このようにして、季節感を味わいながら暮らすことは、嬉しい「生かされている」ということですよね。
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!高齢者の医療費負担増に反対します!
吉田神社の節分風景
聖護院のスター「赤鬼さん」
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) |
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