医療費の無償化を強く望みます皆さんへの訪問は、当分の間できません。 英国では医療費は無償だそうで、夢のような国ですね。日本でも無償にしてほしいです!しかし、このような声は何処からも聞こえてきません。政党からも友人・知人からも。なぜなのでしょうか。
ある人に「英国のように日本も無償化すべきだ。」と語ったところ、「そんなことをしたら日本はつぶれる。」という答えが返ってきました。おかしいですよね。
財源は、所得税の累進化率の強化と公共事業の削減ではダメでしょうか。そもそも、命は財源で語れません。
病気になっても医療費のことは気にしなくてもよい!これって、素晴らしいことですよね。まさに、支え合う、悲しみを分かち合う、これぞ、人間社会ですよね。
でも、なぜ、無償化への声が聞こえてこないのでしょうか。
本来の仏教は、先祖崇拝や供養に特化している今の仏教とは違います。私の思いでは、他人を思いやる「慈しみの仏教」のはずです。ご先祖さんたちは、みんな、阿弥陀さんのお浄土におられます。
という訳で「葬式仏教から慈しみの仏教へ」と、私は、叫び続けたい。
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!高齢者の医療費負担増に反対します!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用
「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) 社会にはひとりひとりを大切にする哲学が必要です税金を投入して暮らせる年金の充実を願います |
病気&信仰
[ リスト | 詳細 ]
門徒は「ご冥福をお祈りします」とは申しません皆さんへの訪問は、当分の間できません。 私は浄土真宗の信者です。いわゆる「門徒」です。世間では、「門徒もの知らず」とおっしゃいます。その理由は、浄土真宗では「お墓は必要ありません。お仏壇には位牌もありません。」ということへの批評めいた内容となっています。
浄土真宗では、信仰の中心が阿弥陀仏となっているものですから、命を終えられた人々は阿弥陀さんが建立されたお浄土におられるというのが信仰の根本です。ですから、親鸞宗祖は、「命終えたら鴨川に捨ててくれ。」とまで申しています。ある意味では命終えたら天国へ行くというキリスト教と同じかもしれませんね。
要は、浄土真宗の根本的なことが世間では理解されてないところから「門徒もの知らず」という言葉があるのです。私はこのことを悲しく思います。お寺も反省が必要ですよね。
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!高齢者の医療費負担増に反対します!阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) 社会にはひとりひとりを大切にする哲学が必要です税金を投入して暮らせる年金へと充実を願います税金を投入して暮らせる年金の充実を願います |
今年もお参りできてうれしい五代力さん皆さんへの訪問は、当分の間できません。 2月23日といえば凖提堂の五代力さんです。我が家から近いものですから、このお寺へは日ごろからお参りしています。
今年も五代力さんの日にお参りできました。昨年もお参りしました。毎年お参りできることは嬉しいことです。
私は浄土真宗の信者ですから、阿弥陀さんを信仰しています。ですから、五代力さんは他の宗派ということになりますが、阿弥陀さんへの信仰を持っていればそれはそれでよいのではと自分でも思っています。
大勢の人がお参りされています。皆さんの願いは、家内安全、無病息災などでしょうか。病気になったら本当に大変です。しかし、人生には老病死という苦しみは逃れることはできません。このことを教えてくれたのは釈尊といわれる人物です。法名をいただいている私は釈迦弟子ですから我が師匠です。人生を教えてくれている師匠を尊敬しています。
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!高齢者の医療費負担増に反対します!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) ひとりひとりを大切にする哲学が社会に必要です |
法治国家として恥ずかしい限りです皆さんへの訪問は、当分の間できません。 この国では、法律があっても意味をなしていない状況がいくつかあります。例えば、いま、話題になっている長時間労働にしても、法律には規制があるにも関わらず行政サイドで対応しないものですから、まさに、無法状態で、ブラック企業とかブラックバイトとかが横行しています。過労自殺が報道されるようになって、電通に行政の捜索が入りました。事件が起きてからでは遅いのです!!
法治国家というのは近代国家としての最低レベルの姿です。ということはこの国は、後進国なのでしょうか。私にはそのように思えますね。
建築の世界も、まさに、ブラックです。違法建築ばかりが建てられています。行政は書類だけを審査して現地確認を行わないものですから、現地では、書類とは異なるものが建てられているというのが当たり前になっています。まさに、ブラックな世界です。これでよいのでしょうか!
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!高齢者の医療費負担増に反対します!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用)
|
あなたも釈迦弟子になりませんか皆さんへの訪問は、当分の間できません。 私は仏教徒です。法名をいただいて釈迦弟子になりました。今から10年ほど前のことで、東本願寺にて帰敬式(おかみそり)を受けました。きっかけは、東本願寺からの「生前にこそ法名をいただきましょう。」という呼びかけでした。費用は1万円でした。
私の法名には釈浄〇というように釈という字がついています。その時の説明では「釈迦弟子になったという名乗りです」と説明を受けました。
ということで、私の師匠は釈尊と親鸞さんとご住職です。そして、私どもの信仰は、阿弥陀さんだけです。
釈尊といえば歴史上の人物です。今から2500年ほど前の人で、80歳で命を終えられました。しかし、私どもの考えでは、法身(ほっしん)という言葉があり、これは、いわゆる体という意味ではなくて、教えという内容のことです。ですから、今も、釈尊は、法身として、私の師匠として、おられるのです。あなたも釈迦弟子として名乗りませんか!
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!高齢者の医療費負担増に反対します!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用
「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用)
|




