季節感を味わいながら、生かされて、います皆さんへの訪問は、当分の間できません。 節分の話です。
今年も、節分が通り過ぎました。私にとっての節分は、生まれ育った地域の氏神さんが節分で大賑わいの吉田神社ですから、いろいろと思い出されることが一杯です。いずれにしても、節分といえば、私のイメージは、寒い、賑わう、ということです。
私は、節分には聖護院だけお参りしました。今の私は、抗がん剤により白血球数が減少しているものですから、人込みを避けるためです。その点、聖護院は我家からも近くで人込みもありませんから適切です。したがって、吉田神社へはお参りしませんでした。
聖護院では、赤鬼さんに出会えました。嬉しかったです。鬼さんに出会って嬉しいというのもヘンなことですが、やはり、節分のスターです。気分もほころびました。
このようにして、季節感を味わいながら暮らすことは、嬉しい「生かされている」ということですよね。
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!高齢者の医療費負担増に反対します!
吉田神社の節分風景
聖護院のスター「赤鬼さん」
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) |
病気&信仰
[ リスト | 詳細 ]
価値観も世界観も変えなきゃ 生かされている私皆さんへの訪問は、当分の間できません。 いま、私は、闘病中です。大腸がん治療のため、抗がん剤を2週間に一度入れています。時間にして一日がかりです。この副作用で困っています。口内炎、脱力感、皮膚障害などなど!このような状況ですから今まで通りの生活ができません。自転車に乗って買い物にも行けません。散歩も家の周辺程度です。
そうだ、そうだ、価値観を変えなきゃ!!
宗教学者で僧侶の山折哲雄さんがTVで語っておられました。「日本人は、死というものを隠しています。」私もそのように思います。ですから、私自身も、いつまでもそれなりに元気で暮らしているものと思っていました。でも、命は終えるものということを実感として考えるようになりました。それじゃ、どうすりゃいいの!?
そう、そう、信仰があるじゃないか!私には、法名もいただいて釈迦弟子としての、浄土真宗の門徒としての阿弥陀さんへの信仰があるじゃないか!
全て命は終えるもの。ですから儚い命を基礎とした人生ではなく、阿弥陀さん(無量寿如来)信仰を基礎とする日々を歩んでいきたい。
悲しむ必要はない!そうですよね! 生かされている、私
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!高齢者の医療費負担増に反対します!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) |
阿弥陀さんへの信仰が広まりますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。 日本の仏教は先祖崇拝と供養に特化しています。これって、阿弥陀さんを信仰していないということになりますよね。命を終えられた方々は、阿弥陀さんが建立されたお浄土におられます。そして、皆さんは蓮の花の上で穏やかにお暮しです。つまり、供養って、必要ないのでは。そうそう、いわば、キリスト教の方が、命終えたら天国へ行きますとおっしゃるのと同じことです。そういう意味では、我が浄土真宗も根本的に変化が求められているのですが、動きが鈍いようです。困った、困った。
なぜ、このようになってしまったのか。それは、お寺が江戸時代の檀家制度に頼り切ってしまったからだと言われています。私たちも悪いのです、信仰心がないのに多額の金額をお寺に払うことも問題です。江戸時代は終わったのですから、日本の仏教は大きく変化すべきだと思います。
私は、浄土真宗の信者として、寝ても覚めても阿弥陀さんとともに暮らしているという思いでいます。このような人々が少しでも増えることを願っています。
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!高齢者の医療費負担増に反対します!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用)
中西さんから届きました・素敵な作品
|
穏やかな老後が暮らせる社会でありますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。年金の話です。この国の年金は実に貧弱で、これでは安心して老後を迎えることができません。このようなことでは社会そのものが不安定になります。ヨーロッパのように、みんなで老後が迎えられるような社会を望みます。もっと、税金を投入すべきです。財源は、消費税の増税ではなくて、所得税の累進率の強化で可能ではないのでしょうか。
新幹線が走ったとしても、高齢者の自殺者が多いようでは一流国とは言えませんよね。
なぜ、こんなにも支え合う社会ができないのでしょうか。仏教徒としての私の意見は、仏教が葬式仏教に特化してしまって、本来の慈しみの仏教が忘れられているから、他人を思いやるということが欠落して自己責任の社会になってしまっていると思いますね。
そうそう、今の若者の将来はもっと深刻です。若者の半数は非正規だそうですから、彼らは厚生年金に入れていません。なんだか悲しい状況ですね。この国に住んでいる人たちが、もっと、他人を思いやって、支え合う社会をつくらないと、社会の崩壊です。
同志社大学の教授でカトリック教徒の浜教授の言葉は素敵ですよね。
「幸せとは 他人の痛みが わかることである。」 同志社大学浜教授
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用)
中西さんから届きました・素敵な作品
|
高齢者医療費負担増に反対します皆さんへの訪問は、当分の間できません。 医療費の話です。私の医療費負担が来年度から増えるとか。困った!困った!困った!
私の1か月の医療費負担の限度額は、今は、1万2千円です。それが、倍額になるそうです。抗がん剤治療をしている私にとっては大変です。病人いじめ!弱い者いじめです。
そもそも、英国では医療費は無料だそうです。
National
Health
System
という名称で医療費の分野は国で面倒を見ているとか。これこそ、支え合う社会だと思いますね。
しかし、日本では、支え合うというのは合言葉だけで、実際は、災害でも病気でも自己責任です。悲しい国です、社会です。
仏教が本来の慈しみの心を取り戻してくれれば、社会は、支え合う社会になるのではと夢見ています。実現してほしい!
財源は、消費税の増税ではなくて、所得税の累進率の強化で可能ではないのでしょうか。
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) 作家・雨宮処凛さんの言葉 出典:ビッグイシュー「人の命を 財源で語るな!」 |




