明けましておめでとうございます本年もどうかよろしくお願いします 2017年酉年の幕開けです。年明けに際して、今年は、いったい、どんなことが起きるのかと、例年になく見えない部分が多くあるように思えます。既存の価値観が変わるかも!
いずれにしても、価値観の多様性は大切にしたいものです。
昨年のアメリカ大統領選挙を通じて感じたことは、地球的規模で変化が起きそうだと思うことです。アメリカが、今までのように世界の警察だという認識を改めるとか。ヴェトナムやイラクなどで外国に介入するという悪いことをしてきたのですから、良くなるのでしょう。しかし、これに乗じて他の国が暴れることも考えられますね。この地球が平和な星となりますように祈るばかりです。
私のことでは、今は、2週間に一度、抗がん剤治療を受けています。その副作用で困っています。このようなことは昨年のお正月には考えもしませんでした。まさに、諸行無常の嵐が吹き荒れています。ただただ阿弥陀仏を信じ、西方浄土を信じる日々であります。
それにしても、私も73歳、できないことが増えてきました。仕方ないことです。くどいようですが、西方浄土で蓮の花の上での時空を信じる、そのことに安ど感を抱いています。
また、私は、法名もいただいて釈迦弟子になっていますので、なにか、弟子のはしくれとして行動をしたいと願っています。
そんな、年のはじめです。
Yさんから届きました素敵な年賀状阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) |
病気&信仰
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社会に慈しみの心が広まりますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。 私は浄土真宗の信者です。法名もいただいて釈迦弟子となりました。阿弥陀さんを信仰しています。法名や戒名は生前にこそいただくものです。東本願寺では、この運動を進めていますが、積極性が感じられません。困ったことです。
このようなことを友人、知人に申しますと、次のような答えが返ってきます。
① 今の自分には必要ありません。
② 極楽浄土があるのかないのかはわかりません。
今の私には、上の回答にしっかりと反論できる元気はありません。ただ、いえることは、信仰するということは、信じることであって、それでよいのだと思っています。私は、命終えたら、極楽浄土で蓮の花の上という時空に居ります。
無宗教社会!それは、孤独な老人や障害者を見捨てている社会です。
そうそう、もう一つ大切なことがあります。それは、釈迦弟子になるということは、日常の暮らしの中で仏道を歩むということです。
今の社会は、まるで弱肉強食社会と表現してよいほどに、みんな、勝手気ままに暮らしています。寺も変われ!
葬式仏教から慈しみの仏教に変われ!阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) 同志社大学大学院 カトリック教徒浜教授の言葉「幸せとは ホームレスの仕事をつくり自立を応援するビッグイシュー350円
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社会に慈しみの心が広まりますように皆さんへの訪問は当分の間できません想い出話にお付き合いください。
むかし、国際反戦デーというのがありました。忘れもしません、10月21日でした。当時は、ベトナム戦争の頃で、米軍がベトナムで空爆をしていました。ベトナムは小さな国ですから米国本土を爆撃するような能力はありません。要は、やられっぱなしなのです。にもかかわらず、米軍は、ナパーム弾を雨のように空から落としていったのです。これに怒った人々が世界中で立ち上がったのです。
そう、全世界で、戦争に反対し、平和を求めて行進したのです。私も大阪の集会に参加しました。会場には、平和を求める心が満ちていました。そして、「捕まったら、ここへ電話をしてください。」とメモを渡されました。緊張感が満ちていました。
そして、デモ行進です。みんなで歌いました。
♪We shall overcome♪
♪We shall overcome someday♪ そして、道幅いっぱいに広がって、手に手を取ってフランス式デモになりました。やがて、機動隊が規制にかかるや否や、みんな、逃げました。私も、走って逃げました。
そんな国際反戦デーは、いつの間にかなくなりました。平和が訪れたのではありません。今も、戦争が行われています。でも、誰も立ち上がろうとしない。いったい、どうしたことか。
命は、何よりも優先されるべきものです。財源よりも、優先されるべきものです。70歳以上の医療費負担が増えます。年金は減らされます。悲しいことです!!
葬式仏教から慈しみの心の仏教へ!寺よ変われ!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用
「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用)
同志社大学大学院 浜教授の言葉「幸せとは
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社会に慈しみの心が広まりますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。 お寺の経営の話です。日本のお寺は、キリストの教会のように毎週信者が集まるわけではありませんから、その経営は「先祖供養」という行事で、つまり法要で成り立っています。
本来、仏教においても、キリスト教のように頻繁に信者が集まってお寺の維持をすべきなのです。その理由は、そもそも、仏教において供養ということは必要ないのです。ナンデヤ!
阿弥陀さんを信仰すれば「供養」ということは必要ありません。
私は、浄土真宗の信者です。法名もいただいています。ということで、阿弥陀さんを信仰しています。
いま、浄土真宗では、生前にこそ法名をいただいて仏道を歩みましょうと呼びかけています。また、集会などでも、「私たちは阿弥陀さんを信仰していますから、『ご冥福をお祈りします。』と言わないようにしましょう。」と教えてくれています。
極端なことを言えば、今の日本の仏教は大きい矛盾を抱えたおかしなことになっているのです。
仏教で大切なことは、本来は、慈しみの心を大切にすることです。
無宗教の人が圧倒的に多い日本、本来の仏教の姿は望めるのだろうか………?!
仏教は、本来は、供養が主ではなくて慈しみの心が主体だと思います。
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用
「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用)
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社会に慈しみの心が広まりますように皆さんへの訪問は、当分の間できません。 私は、急遽、9日間ほど入院していました。目的は、点滴治療が容易に受けられるように点滴のつなぎ先であるポートを作成することと抗がん剤治療です。今後は、週に一回病院へ行って抗がん剤治療を受けることとなります。これからの暮らしはどのようになっていくのでしょうか。
今の私には、どのような副作用が生じてくるのかと不安です。現在の副作用は、食欲不振、吐き気、足のしびれなどです。今後は、骨髄抑制と言って血液をつくる能力が落ちてくるとか。
いずれにしても、私の今にはこの道しかないので、このまま歩むしかありません。一日一日を噛みしめながら暮らしていきたいと思っています。具体的には、空と語り、風と語り、花と、野鳥とも語り合って暮らしたい。大自然の中では、人間の存在は無に等しい。
そして、阿弥陀さんが建立された、蓮の花の上で暮らすという時空の世界へ行くこととなります。
仏教は、本来は、供養が主ではなくて慈しみの心が主体だと思います。
葬式仏教から慈しみの仏教へ、寺よ変われ!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用)
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