再入院します、拙ブログは当面休止します 私は、再入院することとなりました。前回の入院の目的は放射線治療でしたが、今回は、手術です。
私は、今までにも手術を受けていますから、私の体は、生まれた時から大きく変わってきています。でも、人生というものは、こういうものだと思いますね。
釈尊が悟ったといわれることの一つに「諸法無我」という言葉があります。その意味は、移ろいゆく無常の世界では、自分は、ないんだということだそうです。このことには拍手したくなります。私の体も変化してきました。これからも変化していくことでしょう。だから、私なんて、ないんだ!病人としてはこのように思うと気持ちが楽になりますね。
変化する体を頼っていては、私はありません。でも、やっぱり、私はありますよね。ないなんて、寂しいです。ということで、私は、信仰の世界を求めていきます。心の世界とでもいうのでしょうか。
私は浄土真宗の信者ですから、阿弥陀さんを信仰しています。この信仰の世界で暮らしてまいります。阿弥陀さんとともに暮らす日々なのです。
写真は、我が氏神さんの吉田神社です。仏教徒である私ですが、氏神さんにお参りしてきました。明治政府が神仏分離令を出してからは、神と仏は別の世界のものになっていますが、人間というものは、また、本来の神道も仏教も信仰という同じ世界のことと思います。そうですよね!
拙ブログは、入院のため、当分の間、休止します。葬式仏教から慈しみの心の仏教へ!寺よ変われ!吉田山に咲いていましたオニユリYさんから届きました素敵な絵手紙家族のようなベストフレンドをつくりたい!阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) ホームレスの仕事をつくり自立を応援するビッグイシュー350円 350円のうち、180円が販売者の収入になります
291号の主な内容 |
病気&信仰
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病院内に祈りの場がほしいと思います 入院して思ったことの一つに宗教というものがあります。この国の病院内には、キリスト系の病院を除いては、宗教を排除しています。これに対して、欧米では、院内に礼拝堂があったり、また、専属の牧師さんが居られるなど、宗教を大切にしているようです。
では、ナゼ、日本では無宗教になってしまっているのか。それは、日本の仏教が葬式仏教になってしまっているからです。悲しみに打ちひしがれている人に寄り添うことになっていないのです。悲しいです。
苦に満ちた人生に寄り添うのが仏教です!仏教と言えば釈尊の教えが基本となっていることは言うまでもありません。その釈尊は、29歳で出家して80歳で亡くなるまで旅をしながら語りかけたことは、苦に満ちた人生をどのように暮らせばいいのかということだと思います。ですから、葬式仏教と言われることとは異なったことを語っていたのだと思います。
東大名誉教授の養老孟司さんがTVで語っておられました。英語には供養という意味の言葉は見当たらないということだそうです。確かに、キリスト教では、命を終えられた方は天国へと迎えられるのですから供養というものの考えはないのでしょう。
このことは、私が信仰している浄土真宗でもいえることです。私達は阿弥陀さんを信仰していますから、命を終えたら阿弥陀さんが建立なさったお浄土へとまいります。私のボディが朽ち果てても、私は、阿弥陀さんのお浄土で暮らします。病院内に祈りの場がほしい!
寄り添いあって支えあって暮らしたいです。
葬式仏教から慈しみの心の仏教へ!寺よ変われ!
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用)
ホームレスの仕事をつくり自立を応援するビッグイシュー350円350円のうち、180円が販売者の収入になります290号の主な内容
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退院してきました、でも、再入院の予定 私は、大腸がんの治療として、当初は手術の予定でしたが、入院直前に変更になりました。その内容は、手術前の放射線治療、抗がん剤治療というもので、5月11日から入院していました。
ところが、抗がん剤のほうは薬疹が出ましたので途中で中止になり、放射線治療のみになりました。放射線治療は、25回行われました。出血や腹痛などの副作用もありましたが、何とか乗り越えることができました。
今後は、手術に向けての検査、検査、検査と体力の回復です。
病人は謝らなくてもよい社会を!入院中のある日のこと、私の病室の前の廊下で女性が電話をしておられました。
その内容は
「申し訳ありません、発熱したものですから退院予定が伸びました、申し訳ありません。」というものでした。
そうなんだ、病気をした人は謝らなければならないんだ、なんと、悲しいことでしょうか。
病気をした人こそ、みんなから支えてもらうべきなのに、今の社会はそのようになっていません。まるで弱肉強食社会のように、元気な人の活躍社会になっています。
こんな社会は、悲しいです。誰も病気にはなりたくはありません。
病気は特別なことでもなく、誰にでもありうることと思います。老いや病気、そして、死というものを遠くへやらずにしっかりと見据えて、このことを踏まえた社会づくりを祈ります。病弱者を排除しないでください。
寄り添いあって支えあって暮らしたいです。
慈しみの心が溢れる社会を!寺よ変われ!家族のようなベストフレンドをつくりたい!阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) ホームレスの仕事をつくり自立を応援するビッグイシュー350円
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入院治療のため、当分の間休止します 私は、大腸がんの手術のために入院することとなりました。
このため、拙ブログは当分の間休止します。
私にとっては、皆様との絆が大きい幸せです。
今後ともよろしくお願いします。
釈尊は、悟りの中で、「一切皆苦」と言って、人生は苦に満ちていると語っています。
私は、いま、病人ですが、これが人生だと思っています。特別なことでもなく、誰にでもありうることと思います。老いや病気、そして、死というものを遠くへやらずにしっかりと見据えて、このことを踏まえた社会づくりを祈ります。病弱者を排除しないでください。
寄り添いあって支えあって暮らしたいです。
阿弥陀如来の誓願 第十九 大無量寿経から引用「第十九 私の目覚めた眼の世界では、誰でも道を求める心を発し、一生懸命善い行いを積み、その力によって、素直な心で目覚めた私の世界に生まれようと願うに違いない。その人は生涯の終わりに阿弥陀如来が多くの目覚めた人々と共に、そなたの人生は素晴らしい一生だったと、温かく見守られる世界に導かれるであろう。もしそうでなかったら、誓って私は目覚めたなどとは言えない。」(高松信英著「大無量寿経」から引用) 宮沢賢治の言葉(原文のまま)世界がぜんたい幸福にならないうちは ホームレスの仕事をつくり自立を応援するビッグイシュー350円
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水辺の桜は風も喜んでいます
先日、大腸の手術の前に転移を調べるために病院でPET検査を受けました。その帰りに鴨川&賀茂川の桜を楽しんできました。前日には春嵐のような気候で、雨風が厳しかったのですが、しっかりと咲いてくれていました。その桜が言いました、「いつまでも咲いていると思うな!」
そう、私は高齢でもあり、がん患者でもあることから、しっかりと楽しんできました。
川べりを散歩している人々の顔も美しい。桜という花は、咲いている間は短いけれど、傷んだ心も体もほぐしてくれますね。
私にとっては、このように楽しめることは嬉しいです。免疫力もUPでしょうね。
でも、今の私にとっては、人生のワンシーンにすぎません。誰だってそうかもしれませんね。悲しいことも、うれしいことも、みんな、ワンシーンです。
ブッダの最後の言葉は、今の私に心に響きます。
「事象あるものは変化する。修業に励めよ。」
私はこの言葉が大好きです。この言葉からは、「生かされている。」という思いが引き出されます。
何もかもが移ろいで行く、なんと素敵なことでしょうか。明日の私は今の私ではない。
移ろいゆくことに、気持ちがほぐれます、そう、執着というものは意味のないこと。
ガリレオの「それでも地球は回る。」という力強い言葉は、ブッダの前では色あせてしまいます。いつかは、回らなくなるかも。
何もかも、変化する!桜の、花も、散りゆく………、素敵ですね。
本の紹介・岩波文庫「ブッダ最後の旅」中村 元訳
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