はなさま

本人が思うより回りはその人を理解している。

「尊敬している先生にね“貴女はそのままじゃいずれ行き詰まり、芝居をすることが嫌になるときが来る”って言われたんだ。ショックでね。」


10年も付き合わなくても一度一緒に舞台に上がれば、そのひととなりはよく解る。

本当は気が小さくて怖がりで傷付きやすくて、
そんな自分を認めたくなくて
わざとガサツに振る舞っている。

アクティブで好奇心旺盛で社会問題に敏感で。
職場で季刊紙を立ち上げたり。
お遍路で四国を二巡もしたり。

彼女は一流大学を中退し、
芝居の世界に足を踏み入れてしまった自分を
卑下し、嘲笑っている。

私は本当の彼女に触れたくて仕方がない。
彼女自身が拵えているイバラの繁みを掻き分け、その奥に潜むシンプルな彼女の姿に。

でも彼女は私のことが苦手みたい。

それは
彼女にしてみれば当たり前のような
何気ない一言。
私はそれに反発し
真正面から彼女を非難してしまったから。

10年前
私たちと一緒に活動していたベテランの先輩は、肺癌で肺を一部切除した。
ヘビースモーカーだった先輩はタバコを止めなければいけなかった。
最初は我慢していたが、そのうち人目を忍んで吸い始めた。

「もおっ!ダメだよねー。アタシ先輩に
“一緒にタバコを止めよう”って言うわっ!」

職場に女性喫煙者が少ない中
彼女は休憩の度に外の喫煙所でヤローに交じってタバコをふかしていた。
北海道公演の時購入した、
函館刑務所のお気に入りのタバコケースをぶら下げて。

そんな彼女が先輩のためにタバコを止める覚悟をしているとは。その決意に感動した。


「イヤ、先輩の居ないところで吸うけどね。もちろん。」



そう若くない先輩は、手術の後とてもしんどそうだった。
バツイチで家族は無く、
アパートに独り暮らしていた。
かわいい後輩が一緒にタバコを止めようと提案してくれたら、それはそれは嬉しいだろう。

どっぷりと依存しているものを手離す辛さは
先輩が一番知っている。
その後輩が約束に反して陰で喫煙していたとしても
“ああ、やっぱりね”
と思うだけかもしれない。

でもね
はなちゃん。

私は
“ああ、やっぱりね”
なんて思わせなくないんだ。

人間は弱い。
優柔不断で気の変わる生き物だ。

だからこそ強くなろうと努力し続けるんだ。

もしはなちゃんが約束通りキッパリと
先輩を思ってタバコを止めたとしたら。
先輩はどれ程励まされ、貴女に感謝するだろう。

人間って捨てたもんじゃないなって。

常に片手で肺を押さえ、ゼイゼイと肩で息をし
毎晩不眠に悩まされ
未来に希望の欠片も見出だせない状態の先輩に
人間って捨てたもんじゃないなって
思わせてほしかったんだ。

「そんなふうにもてあそばないで。
命の問題なんだよ。
たかだかタバコなんて思わないで。
貴女は人生で死ぬほど辛い思いをしたことがないんだと思う。」

私の言葉に彼女は凹んでいた。


“先輩の居ないところで吸うけどね、
もちろん。”

その言葉の裏には彼女の人間不信がある。

人は裏切るものなんだ。
だからコレは当然でしょ。という。


貴女が思っているより回りは貴方のこと解ってる。

ずっと前から貴女が一人で練習している手話ソング。
文化祭での、ベットミドラーの「ローズ」や
結婚披露宴で同僚に贈った「童神」。
お客さんは皆、息を飲んで貴女を見つめていた。
ちょっとやそっとじゃ感動なんてしない
表現に携わる強者共も涙してた。

はなちゃん。

いい加減その頑強な鎧を外して
貴女の中に隠し持っている
白い柔らかいお花を晒しておくれよ。

そうしたら鎧のかわりに
私たちがみんなでそのお花を守ってあげる。

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野球は全く解らない。
野球どころかスポーツ全般に興味がない。

それでも高校時代、
夏は毎年手作りのヘソ出しノースリーブとパンツ丸見えミニスカートで、炎天下チアリーダーとして高校野球の応援をしていたのは、
私がバトン部に所属していたから。

バトン部の活動は、
地域の祭りのパレードへの参加、
学校の文化祭での発表、
そして夏にはバトンをポンポンに持ち替えて
灼熱のスタンドで高校野球の試合の応援。

バトン部の女子たちは、各々千代紙にメッセージを書き、折り鶴を作り、それらを美しくグラデーションに繋げ千羽鶴を作った。
更に野球部員一人一人に渡すお守りを手作り。

ああ。けなげ。

そんな私たちの純粋な熱い思いが通じたのか
公立である我ら高校野球部は、毎年地方予選でかなり上位までいっていた。

いつもいつも、
目の上のたんこぶは
ヤツらだった。

向かいのスタンドに広がる赤い集団。
県下一偏差値の高い私立高校。

試合の応援は全校生徒が召集される。
ブラスバンドやチアリーダーの数も
私たちの倍以上。

野球部員は県内外から優秀な生徒をスカウトして推薦入学させていた。

うねりながら怒号を上げる赤い塊に
私たちはゾッとした。
これは軍隊か。宗教か。

パーフェクトに固められた彼らを前に
私たちに勝ち目はなかった。

決勝戦で敗退した。

悔しい悔しい。こんなのフェアじゃない。

恨めしい惨めな気分で
学校に戻るバスに乗り込もうとした時
向こうから歩いてきたのは
愉しげに談笑する赤いミニスカート集団。

甲子園出場が決まってホクホクしている
敵チームのチアリーダーたちだった。

私たちはきっと般若の形相をしていたに違いない。彼女たちは歩を止め、顔を強ばらせた。

ヤなとこで鉢合わせしちゃったな。

お互いそう思っていた。

バツの悪い沈黙。

無視してさっさと皆でバスに乗り込むこともできたが、それではあまりにも悲しすぎる。
これ以上惨めに負けたくなかった。

私たちは、誰からともなく
彼女たちに向けてゆっくりと手を振った。

県下一秀才校の健全なチアリーダーたちは、
こてんぱんに打ち負かしてしまった、やんちゃな公立校のチアリーダーたちに手を振られるとは思わなかったのだろう。

申し訳なさそうな表情を浮かべ佇んでいた彼女たちは、一瞬息をのんだ後、満面の笑顔になって私たちに手を振り返した。

バスに乗り込んで、私たちバトン部は
お互い顔を見合わせてフフフと笑った。


在校中に夢は叶わなかったが、
卒業して数年後に、晴れて母校は甲子園に出場した。

そしてライバルの赤いヤツらは
今夏も甲子園球場の舞台で今まさに健闘を続けている。

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石川九楊 さま

脚フェチ、手フェチ、声フェチ、首フェチ。
人其々に色んなフェティシズムを隠し持っていると思うが。

私は文字フェチである。

好きな人の文字を見たい。

優しさ、激しさ、
戸惑い、怒り、焦り、
羞恥、自惚れ。

文字には
その人の情報がギュッと詰まっている。

その文字を見つめ
私はその人の内臓をなぞる。

私だけのセクシーな時間。


私の文字フェチを開花させたのは
石川九楊氏である。

年に数回訪れるお気に入りのギャラリーで、
氏の講演会があった。
当時私はこのおじさんを存じ上げなかったのだが、超有名な前衛書道家ということだった。

え。

書道家?

コレは
文字なのか?

どうしても文字には見えない。

かといって絵にも見えない。

でも何やら法則のようなものはあるらしかった。

私がその作品から受けたインスピレーションは『狂気』だった。

どこにでも居るような
眼鏡をかけたフツーのおじさんの
どこにこんなパッションが潜んでいるのだろうか。

「古代文字をなぞってみて下さい。古代人と同調できますよ。」

太古の昔
誰彼が書いた、もしくは彫った文字。

とめ、はね、ながれ、
そこには確かに人の持つのリズムと呼吸がある。それをなぞることで太古に生きた人と同調できる。



九楊さんは薄いちり紙を宙にかかげた。

「これに字を書いてみて。この状態で。」

参加者が太マジックで、
かかげられたちり紙に何か書こうとするが、もちろん書けない。

「ね、書けないでしょ。
『書く』というのは『引っ掻く』の『書く』なんです。
地にしっかりと固定された紙を
筆記具で傷つける行為なんです。

今、人はモノを書かなくなりつつある。
若者がナイフを所持して人を傷付ける事件が増えているでしょ。

書くという代償行為が失われている証拠なんです。」



『したためる』

大昔は
『整理する』『処理する』『準備する』
という意だったそう。

人間は文字をしたためることで
己の心身を整理、処理してきたのではないかと思う。

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浄瑠璃の中学生 さま

自分の人生を振り返ってもそうだった。
人目を気にし、恥じらいに満ち、
自意識過剰ゆえに内向的になる時期、
中学生。


10年余前。
文化庁主催の表現ワークショップ事業で、
四国とその周辺の島の中学校を訪れた。

恥ずかしがりやの彼らに対応するカリキュラムを組んでいったが、案の定、中学生は手強かった。
お前ら。もうちっとやる気出せよ。
だらだら動くな。

そんな中、一校だけ抜群に表現力に長けた中学校があった。
声も出る。自発的に動ける。
何より楽しそうにやる。
そして皆心をひらいていた。

絶対に何かある。
何か秘密がある。この学校は。


「この学校では生徒たちは浄瑠璃をやるんですよ。」

と先生。

そうか。そうだったのか。
中学生が人形浄瑠璃を!渋い!

あまりにも他校の生徒の様子とかけ離れていたので、ずっと印象に残っていた。

その後、何度かこの中学校の浄瑠璃がマスコミに取り上げられているのを見た。

けっこう注目されているんだ。

いつか公演を見たいと思っていたが、
先日漸くそのチャンスが訪れた。
もちろん当時の中学生はすでに立派な大人になっているはずだが、その精神は受け継がれているはずだ。



上演時間一時間強。

オープニング。
まだ閉まったまんまの緞帳の前に6人の女の子が座る。
三つ指をついてお客様にご挨拶をする様子に、最前列のど真ん中を陣取って見ていた私は
早くも泣きそうになる。

きっと皆この晴れの舞台に緊張しているに違いない。
だって開演前の中学生とおぼしき声のカゲアナは諸注意をカミたおしていた。


女の子たちは
ずっしりと重たい三味線を左手で持ち、
象牙のバチで淡々と弦を弾く。
センターにマイクが一つ置かれていたが
迫力のある深い音は
六棹で充分小ホールの空間を支配する。

追って、郷土芸能部部長の挨拶。
髪を後ろで一つに縛ったメガネをかけた女の子。
マイクを持つ手は小刻みに震えていた。

人形、語り、三味線、太鼓、
これら全てを生徒たちで上演する。

自力では動けない、厳つい戦国武将の面倒を見ているのは、令和の時代のいたいけな中学生。

頭、足、手。
一体に三人が付く。

お姫様の人形に付いている男子の一人は、
座っている姫の赤い着物の袖をそっと持ち上げ、姫が後ろを向いて殿に泣きすがるシーンでは、帯が真っ直ぐ下に美しく流れるように整えていた。

戦国の悲劇を語っているのは、優しい声の女の子、そこに声変わり前のあどけない男子の声が加わる。

表現の世界とは
何と間口が広く奥深いものなんだろう。

修練を重ねた彼らの織り成す独特な世界。
沢山隙があるからこそ
観ている者は想像力に身を委ねられる。

ハッと我に返ると、
舞台上には四体の人形に群がる12人の子どもたち。

私は、物語の世界と、目に写るシュールな現実の間を心地よく往き来していた。

『中学生による人形解説』コーナーでは
人形の様々なパーツを持った中学生たちが
袖幕から登場する度いちいち一礼をする。
それ、時間かかるから省いてもいいんじゃない?などと思ってはいけない。

だって彼らは
動かないモノに命を吹き込む行為をしているのだ。
主役は人形であり、モノである。
袖幕から登場する時、そして退場する時、
主役である人形に対して、それを使わせていただく者として一礼をし敬意を払う。
私にはそのように見えた。

1年生15名、2年生9名、3年生13名。
全ての演目が終了し、総勢37名の出演者が舞台に並んだ。
3分の1の生徒は一瞬しか姿を現していない。
下手袖奥で効果音として床を打ち鳴らしていたのは、きっと彼らだったのだろう。

最後に挨拶をした、まだ幼さが残る男子生徒の黒いズボンの膝は白く擦りきれ、
額には汗が光っていた。



彼らはきっと素敵な大人になるだろう。

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コジマ くん

「まむしやろう」

彼がその昔所属……所族?していた
暴走族のチーム名。

彼はそこで総長をしていた。

一体どんな手違いで芝居の世界に来てしまったんだろう。
まあ、でも「族」も芝居みたいなもんか。
見る人は喜ばないけど。

甘いマスクでスイートテナーの彼は
女の子によくモテた。

尖った格好はしていたが
決して下品ではなかった。

ある日、彼は深夜のコンビニに入った。

先にレジに並んでいたのは
刺繍バリバリの特効服を着た
地元のヤンキー。

「あンだこらぁ。ナニ見てンだよ。文句あンのか。はぁ?!」

コジマくんに同じ匂いを嗅ぎ取ったヤンキーは、虚勢を張って、彼に理不尽な言いがかりをつけ始めた。


「何だよ。お前。誰だよ。」


「はぁ〜!?見て分かンねぇのかよ!
コジマだよっ!」


特効服の背には
コジマくんのフルネームの刺繍が
燦然と輝いていた。


「それ。俺だよ。」


「え?」


ヤンキーが着ていたのはコジマくんのお下がりだった。


「俺がコジマだよ。」


一瞬にしてパニックに陥った地元ヤンキーは
目を白黒させながら


「えっ!!あっ!!
コ……コジマさんでしたかっ!!
おつかれさまですっ!!」


彼と直接面識のない若い後輩にも
憧れを持たれる伝説のヤンキーコジマくん。


私は
彼の前世は若様かなにかだったと思っている。
しかも稚児のうちに命を落とした。

「なんかさぁ。
コジマくん。長生きしてね。」

ふいに伝えた私の言葉を
彼は何の違和感もなく受け止めた。

「だよね。
俺も長生きする気がしないんだ。
自分でも生き急いでる感じがすンだよね。
昔から眠るのが嫌なんだ。
その時間がもったいないんだ。
せっかく生きてンのに。」

やはり。本人も何か感じてるんだ。

彼の中にはずっと
玩具を持ってごっこ遊びに興じる
成長が止まってしまった幼子が棲んでいる。



「俺、娘が欲しいんだよね。」

昔からそう言っていた。

最初の結婚は
相手の浮気が原因で
あっという間に破局を迎えた。

最終的に彼が選んだ女性は
不幸にもお腹に子どもを宿したまんま
パートナーと離別し、シングルマザーとして生きていく決断をした女性だった。

「彼は、自分がこの子の父親になってもいいと言ってくれたの。」

彼女が言った。


イイゾ。
コジマくん。

色んな経験が
アナタの中に棲む稚児を成長させる。

彼女と、生まれたばかりの小さな娘の前に現れたのは、黒ベンツに乗った王子様だった。

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