のりお くん

『一度目のデートの時
初めて触れた貴女の手は暖かかった。

二度目のデートの時
初めて貴女と唇を重ねた。

そして三度目のデートの時
貴女の全てを知ろうとして
張り倒された。』


のりお君の結婚披露宴の司会をした母が、新郎新婦の馴れ初め紹介の時にコメントした文言だそう。


「宴席のおばちゃんやら、コンパニオンやらのスタッフがのけぞってたわ、ハハハ!」

と母。

のりお君の上司は、昔から母と懇意にしていて、かわいい部下の結婚式の司会を
信頼のおける母に頼んだらしい。

その上司ものりお君も
緊張感溢れるハレの席で
このような司会者のユニークな紹介コメントを喜んで受け入れるくらい
ファニーな人物らしい。

この披露宴以降、
のりお君はすっかり母のファンになり、
母も幾度となくのりお君に助けてもらっている。

私はのりお君に一度だけお会いしたことがある。亀有ナンとか派出所の主人公みたいなごっついヒトだった。


のりお君は刑事である。

今でこそ刑事課の課長まで昇進したらしいが、新人の頃の七転八倒エピソードは涙なくしては語れない。


愛人女性の殺害を自供した男。
のりお君と上司は
その死体遺棄現場である河原に向かい
中年女性の遺体を発見。

死体は動かしてはいけないので
上司が応援を呼びに署に戻り、再び現場に戻ってくるまでの間、のりお君は一人でその死体を見張っていなければならなかったそう。

刑事もベテランになれば
死体の一つや二つ、珍しいものではないのかもなのかもしれないが、
のりお君は新人。

夜中にたった一人、
草の生い茂る寂しい河原で
殺害された遺体と共に、
応援を待つ数十分は生きた心地がしなかったに違いない。

「早く来てください!」
「まだですか!」
「早く戻ってください!」

とひっきりなしに上司にメールがきていたらしい。

実はこの事件の少し前
母は、この犯人と殺された愛人女性に出会っている。

愛人女性の娘の結婚式の司会を母が担当したらしい。
家族との打ち合わせの場では
その犯人はさも娘の父親のように振る舞っていたので、母はその男が父親だと信じて疑わなかった。

「何てコトない普通のおじさんだったよ。」

母は、その殺人事件の担当だったのりお君に連絡して情報提供をしたそう。



「アンタも女一人で暮らしてるんだから、刑事直通の連絡先知っといた方がいいでしょ。」
と母はのりお君のケータイ番号を私に教えてくれた。


何かの用事で母がのりお君に電話をかけた時、のりお君はヒソヒソ声で電話に出て

「今、大阪で、張り込み中」

と言っていたそうだ。

私がふるさと公演を実施した時、
のりお君は、奥様と、五才になる長男を連れて観に来てくれた。
息子はとてもお芝居を気に入ったらしく
YouTubeで何度も繰り返し動画を見ていたそう。

のりお君は
家庭では一切仕事の話はしないという。

いつもうちの母にやり込められている、
優しくて気のイイのりお君。

愛すべきご家族と、
うちのオカンの為にも
どうかお気を付けて
正義の味方のお仕事に励んで下さい。

ばんどう先生

日本舞踊の師匠が大学で教える「演劇論」って一体・・・と思っていたら。

「君たちにはこのクラスで和歌、主に百人一首を学んでもらいます。
卒業時にはみーんな百人一首が詠めるようになっている。ね。豊かでしょ。」

くりくり眼に太い眉。
ばんどう先生は
日本舞踊会で若手のホープだった。
上品な羽織着物姿は
思わず手を合わしたくなるような
ピカピカした存在感を放っていた。

『陸奥のしのぶもぢずり誰れゆえに
乱れそめにし我ならなくに』

恋い焦がれ千々に乱れるハートを
陸奥のしのぶもぢずりに例えるなんて。
おしゃれじゃないのっ、河原左大臣。


『逢ひ見てののちの心にくらぶれば
昔は物を思はざりけり』

お前を抱く以前のオレなんて
今思えばなーんも考えてなかったよなぁ。

・・・イケメンの戯言か?


私が最も感銘を受けた歌は、
百人一首ではないが
これはどうしても皆に知ってほしいという
先生のお気に入りの一つでもあった
一休禅師の作。

『うろじより
むろじへ帰る一休み
雨ふらばふれ風ふかば吹け』

うろじはこの世
むろじはあの世
ってなところか。

煩悩まみれのこの世の中で
一休さんはふと悟る瞬間があったのだろう。

ああこれも
輪廻転生の中のワンシーンに過ぎない。

雨よ降るなら降ってこい。
風よ吹きたきゃ吹きやがれ。

そうして晴れやかな表情で
空を仰いだに違いない。

この歌はずっと
私の人生のテーマにもなっている。

ばんどう先生の講義の中でとりわけ興味深かったのは『10のマイナス14乗の物質』の話。

これは世界最小の物質。
これ以上小さくならないよっ
てとこまで細かく砕いたこの物質を用いて
ある実験がなされたそうな。

この物質を仮に“ハートちゃん”としよう。
“ハートちゃん”は
ハート型をしていたとしよう。

こっちの部屋とあっちの部屋には壁があり
壁にハートちゃん型のくりぬきが一つあるとしよう。
こっちの部屋にいる“ハートちゃん”は
あっちの部屋に移動する時
このくりぬきを通る。

では、このくりぬきが3つある場合
“ハートちゃん”は3つのうち
どのくりぬきを通るでしょう?
という実験。

なんと“ハートちゃん”は
そのくりぬかれた穴を
全部同時に通り抜けたのだ。
つまり
その瞬間“ハートちゃん”は3つに分裂した。

くりぬきの数が4つでも5つでも
100でも同じこと。

通り抜ける瞬間“ハートちゃん”は
いくつにでも分裂し
通り抜けた後、一つに戻っていたのだ。

なんなんだこの不思議な現象は。

私が一生懸命考えて至った答えは
これは幽霊のからくりではないだろうか
ということ。

命が尽きる瞬間
お世話になった人たちのところに本人が
同時に出現して虫の知らせとするような。

故人が会いたい人、好きな人のところには
その人の姿を通すくりぬきがあるんだ、
きっと。


と、このようなユニークな講義をする
ばんどう先生は伝統を重んじる日本舞踊会で
一際異質だった。
能とバレエをコラボさせた舞台の演出をしたり
新劇、ミュージカル、ロックなどの振り付けもしていた。
固定観念を打ち破り、常に新しいことに挑戦する先生に嫉妬する輩もいたのだろう。

「何か呪術で旦那様を陥れようとしている人がいますね。いわゆる丑の刻詣りです。」

ある時期あまりにも奇妙な不幸が続くので、
奥様が祈祷師に相談したらしい。

祈祷師は奥様に
手鏡と釘と金槌を用意するよう指示し
指定された日時に、手鏡に釘を打ち込んで割るように、それが呪いを解く方法だと告げた。

奥様は3つのアイテムをそろえ
その時を待って
釘の先端を手鏡にあてがい
金槌で釘の頭をコツンと叩いた瞬間、
釘は意思を持った生き物のように
ビンッッ!!
と弾け飛んだそうだ。
何度やっても釘は、鏡を割らせまいと抵抗するように弾け飛ぶ。

これはただごとではないと
奥様はぶるぶる震えながら、渾身の念を込めて
ようやく手鏡にヒビを入れた。

「というようなことがあったんですよ。
びっくりでしょ!
皆さんも恨まれないように気を付けて下さいね。」


伝統的な世界に
新しい価値観を打ち立てる程の人物は
神の注目を浴びると同時に
悪魔からも目をつけられるのだなあと
空恐ろしくなった。

はなさま

本人が思うより回りはその人を理解している。

「尊敬している先生にね“貴女はそのままじゃいずれ行き詰まり、芝居をすることが嫌になるときが来る”って言われたんだ。ショックでね。」


10年も付き合わなくても一度一緒に舞台に上がれば、そのひととなりはよく解る。

本当は気が小さくて怖がりで傷付きやすくて、
そんな自分を認めたくなくて
わざとガサツに振る舞っている。

アクティブで好奇心旺盛で社会問題に敏感で。
職場で季刊紙を立ち上げたり。
お遍路で四国を二巡もしたり。

彼女は一流大学を中退し、
芝居の世界に足を踏み入れてしまった自分を
卑下し、嘲笑っている。

私は本当の彼女に触れたくて仕方がない。
彼女自身が拵えているイバラの繁みを掻き分け、その奥に潜むシンプルな彼女の姿に。

でも彼女は私のことが苦手みたい。

それは
彼女にしてみれば当たり前のような
何気ない一言。
私はそれに反発し
真正面から彼女を非難してしまったから。

10年前
私たちと一緒に活動していたベテランの先輩は、肺癌で肺を一部切除した。
ヘビースモーカーだった先輩はタバコを止めなければいけなかった。
最初は我慢していたが、そのうち人目を忍んで吸い始めた。

「もおっ!ダメだよねー。アタシ先輩に
“一緒にタバコを止めよう”って言うわっ!」

職場に女性喫煙者が少ない中
彼女は休憩の度に外の喫煙所でヤローに交じってタバコをふかしていた。
北海道公演の時購入した、
函館刑務所のお気に入りのタバコケースをぶら下げて。

そんな彼女が先輩のためにタバコを止める覚悟をしているとは。その決意に感動した。


「イヤ、先輩の居ないところで吸うけどね。もちろん。」



そう若くない先輩は、手術の後とてもしんどそうだった。
バツイチで家族は無く、
アパートに独り暮らしていた。
かわいい後輩が一緒にタバコを止めようと提案してくれたら、それはそれは嬉しいだろう。

どっぷりと依存しているものを手離す辛さは
先輩が一番知っている。
その後輩が約束に反して陰で喫煙していたとしても
“ああ、やっぱりね”
と思うだけかもしれない。

でもね
はなちゃん。

私は
“ああ、やっぱりね”
なんて思わせなくないんだ。

人間は弱い。
優柔不断で気の変わる生き物だ。

だからこそ強くなろうと努力し続けるんだ。

もしはなちゃんが約束通りキッパリと
先輩を思ってタバコを止めたとしたら。
先輩はどれ程励まされ、貴女に感謝するだろう。

人間って捨てたもんじゃないなって。

常に片手で肺を押さえ、ゼイゼイと肩で息をし
毎晩不眠に悩まされ
未来に希望の欠片も見出だせない状態の先輩に
人間って捨てたもんじゃないなって
思わせてほしかったんだ。

「そんなふうにもてあそばないで。
命の問題なんだよ。
たかだかタバコなんて思わないで。
貴女は人生で死ぬほど辛い思いをしたことがないんだと思う。」

私の言葉に彼女は凹んでいた。


“先輩の居ないところで吸うけどね、
もちろん。”

その言葉の裏には彼女の人間不信がある。

人は裏切るものなんだ。
だからコレは当然でしょ。という。


貴女が思っているより回りは貴方のこと解ってる。

ずっと前から貴女が一人で練習している手話ソング。
文化祭での、ベットミドラーの「ローズ」や
結婚披露宴で同僚に贈った「童神」。
お客さんは皆、息を飲んで貴女を見つめていた。
ちょっとやそっとじゃ感動なんてしない
表現に携わる強者共も涙してた。

はなちゃん。

いい加減その頑強な鎧を外して
貴女の中に隠し持っている
白い柔らかいお花を晒しておくれよ。

そうしたら鎧のかわりに
私たちがみんなでそのお花を守ってあげる。
野球は全く解らない。
野球どころかスポーツ全般に興味がない。

それでも高校時代、
夏は毎年手作りのヘソ出しノースリーブとパンツ丸見えミニスカートで、炎天下チアリーダーとして高校野球の応援をしていたのは、
私がバトン部に所属していたから。

バトン部の活動は、
地域の祭りのパレードへの参加、
学校の文化祭での発表、
そして夏にはバトンをポンポンに持ち替えて
灼熱のスタンドで高校野球の試合の応援。

バトン部の女子たちは、各々千代紙にメッセージを書き、折り鶴を作り、それらを美しくグラデーションに繋げ千羽鶴を作った。
更に野球部員一人一人に渡すお守りを手作り。

ああ。けなげ。

そんな私たちの純粋な熱い思いが通じたのか
公立である我ら高校野球部は、毎年地方予選でかなり上位までいっていた。

いつもいつも、
目の上のたんこぶは
ヤツらだった。

向かいのスタンドに広がる赤い集団。
県下一偏差値の高い私立高校。

試合の応援は全校生徒が召集される。
ブラスバンドやチアリーダーの数も
私たちの倍以上。

野球部員は県内外から優秀な生徒をスカウトして推薦入学させていた。

うねりながら怒号を上げる赤い塊に
私たちはゾッとした。
これは軍隊か。宗教か。

パーフェクトに固められた彼らを前に
私たちに勝ち目はなかった。

決勝戦で敗退した。

悔しい悔しい。こんなのフェアじゃない。

恨めしい惨めな気分で
学校に戻るバスに乗り込もうとした時
向こうから歩いてきたのは
愉しげに談笑する赤いミニスカート集団。

甲子園出場が決まってホクホクしている
敵チームのチアリーダーたちだった。

私たちはきっと般若の形相をしていたに違いない。彼女たちは歩を止め、顔を強ばらせた。

ヤなとこで鉢合わせしちゃったな。

お互いそう思っていた。

バツの悪い沈黙。

無視してさっさと皆でバスに乗り込むこともできたが、それではあまりにも悲しすぎる。
これ以上惨めに負けたくなかった。

私たちは、誰からともなく
彼女たちに向けてゆっくりと手を振った。

県下一秀才校の健全なチアリーダーたちは、
こてんぱんに打ち負かしてしまった、やんちゃな公立校のチアリーダーたちに手を振られるとは思わなかったのだろう。

申し訳なさそうな表情を浮かべ佇んでいた彼女たちは、一瞬息をのんだ後、満面の笑顔になって私たちに手を振り返した。

バスに乗り込んで、私たちバトン部は
お互い顔を見合わせてフフフと笑った。


在校中に夢は叶わなかったが、
卒業して数年後に、晴れて母校は甲子園に出場した。

そしてライバルの赤いヤツらは
今夏も甲子園球場の舞台で今まさに健闘を続けている。

[ すべて表示 ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事