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「旧海軍司令部壕」「白梅の塔」「ひめゆりの塔」「沖縄県平和祈念資料館」「首里城跡」「園比屋武御獄石門」「玉陵」「金城町の石畳道」
戦跡巡りにぴったり?などんよりとした曇り空の三日目
旧海軍司令部壕
沖縄県南部・豊見城村の豊見城跡公園の近くにある旧海軍の壕で,
司令官・大田実他,約4,000人の兵士が最後を遂げた。
地下に迷路のように掘られた壕内には,司令官室や作戦室・通信室がそのままの状態で保存されており,戦争の悲惨さと平和の尊さを実感できる。
また,地上の海軍資料館には,軍人の遺品や資料を展示されている。
・・・大田中将の最後の電文に涙・・・
白梅の塔
ここは沖縄県立第二高等女学校の生徒で結成された白梅学徒看護隊員として
戦場で死んでいった生徒達を慰霊する白梅の塔である。
・・・ひめゆりの塔に比べあまり知られていないかもしれないが、命の重さにかわりはない・・・
ひめゆりの塔
沖縄県立第一高等女学校と沖縄県女子師範学校の生徒によって構成された
ひめゆり学徒隊の鎮魂のために建てられた。
・・・映画化などであまりにも有名。合掌・献花・・・
沖縄県平和祈念資料館
平和祈念公園の中にある資料館。戦争の残酷さと平和の尊さを民衆の視点から訴えるという主旨で、
沖縄戦に関するさまざまな資料を展示している。
2階の常設展示場は、「沖縄戦への道」「鉄の暴風」「地獄の戦場」「証言」「太平洋の要石」の
5つの展示室に分かれ、未来を展望するゾーンとして1階には子ども・プロセス展示室がある。
・・・ただただ頭を下げるのみ。この事実を無にしてはならない・・・
首里城跡(世界遺産登録地)
尚巴志(しょうはし)によって三山が統一された1429年から1879年まで、歴代国王の居城。
詳しい築城時期については不明だが、12世紀に舜天王(しゅんてんおう)が規模を拡大、
15世紀に尚巴志が内郭を、その後外郭を整備したと伝えられている。
敷地面積は62,000平方メートル。
・・・いやー重苦しい空気が吹っ飛んだ。極彩色の御殿に感動・・・
園比屋武御獄石門(世界遺産登録地)
園比屋武御嶽は、守礼門と首里城歓会門の間にあり、国王が外出する際に道中の無事を祈った場所。
石門には琉球石灰岩が用いられており、1519年、八重山の西塘(にしとう)が建築。
・・・渋い石造りの門で、結構見落としがちかも・・・
玉陵(世界遺産登録地)
玉陵は尚真王(しょうしんおう)が父・尚円王(しょうえんおう)の遺骨を改葬するため、
1501年に作られた。玉陵は作りを首里城正殿に似せており、
墓室前には獣や花などを掘った石欄が取り付けられています。
玉陵の面積は2,242平方メートルです。
・・・墓陵というよりは南欧にありそうな家に見えたのは私だけだろうか・・・
金城町の石畳道
首里城から南西へ続く、琉球石灰岩で舗装された道。
日本の道百選にも選ばれた、琉球王朝時代を偲ばせる石畳道。
尚真王の時代(1477〜1526)に首里城から南部への主要道路として整備された。
かろうじて戦火をまぬがれた約300mの石畳が当時の面影をとどめている。
道沿いには昔ながらの赤瓦屋根の民家が立ち並ぶ。
・・・結構急な坂道で、絵になる写真が撮れた・・・
昼食はどこもタイミングが悪く、ファミレスになってしまった・・・
夕食は「まんじゅまい」って店でフーチャンプルー定食。
最後の夜ということで、国際通りでお土産買いまくり。
四日目に続く・・・
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