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いやー、昨日(今朝?)は惜しかった。 ドイツ相手に2点を先制するも、惜しくも引き分けに持ち込まれる。 もちろん、サッカー日本代表の話です。 あと、数週間もすればW杯が開催され、日本もサッカー一色になるでしょうね。 日本代表の活躍に期待です!! さて、サッカーで『オフサイド』というルール(反則)をご存知でしょうか? その『オフサイド』から学んだ、なるほど〜!と思ったお話をご紹介します。 まず、一応、オフサイドのルールを説明しますね。 ゴールの前で、 ケツを出してはいけない。 というルールではもちろんなくて、 ゴール前で ボールを味方から受けるときは、 ゴールキーパーのほかに もう1人敵がいなくてはいけない。 というルールのことです。 ゴール前では、自分の前に敵がいないときに パスを受けてはいけないんです。 このルールのおかげで、サッカーって 細かいパス回しが発達したり、 ディフェンスの裏をついたり、 ハラハラドキドキ、 ものすごく面白いゲームになっているんです。 「くそー! あの人さえいなければうまくいくのに!」 ということってありますよね。 しかし、実はあの人がいるから、 ゲームが面白くなってっるって 気付いていましたか? 障害は、ゲームをおもしろくする ルールなんです。 【出典】「名言セラピープラス」ひすいこたろう著、ディスカヴァー 「くそー! あの人さえいなければうまくいくのに!」 私も身に覚えがあります。 ありすぎます・・・(笑) でも、「あの人」がいるおかげで、 工夫をするし、 アイディアを出すし、 障害をのり越える努力をします。 だから、自分が成長するんですね。 そう思ったら、「あの人」もあなたの人生にとって大事な「スパイス」かも知れませんね。 W杯が終わってみたら、昨日同点ゴールを決めたドイツの選手も、
「あの人」がいなかったら、から 「あの人」がいたから、 日本代表が、本番であんなに・・・ になってるかもよ。 |
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最近、世間が思わぬ事件で騒がしい。 私の周りも、4月から始まった新体制が2ケ月過ぎようとする中、 お互いの批評の話で騒がしい。 そんな今日この頃、こんな事を思いました。 今の世の中に必要なのは『受容』ではないか。 受け入れること。 人間は成長段階で、「私を認めて欲しい」という欲求を認めもらえて自尊心が育っていく。 自尊心は人間にとってまさに土台となるもので、自尊心の構築なしにその上に様々なものを積み上げても、 いつかそれは、自尊心の欠如という形で崩落してしまう。 現代社会の様々な事件の根底には、この『自尊心の欠如』があるのではないだろうか。 自分に自信が持てず、存在意義が感じられない。 そんな中で誰か自分を見てくれ、誰か自分を認めてくれと屈折した自己主張を始める。 自尊心がない人は、いつも自己評価が他人のフィードバックに左右される。 だから、いつも周りを気にしてばかりで気が休まる時がない。 自尊心がない人は、人に迎合せざるを得なかったり、いつも自分はすごいんだと自己主張(その反対に他人の批評をして人を落とすことも)をしていなければいけない人達である。 そんな人に集まってくるのは、同じように自尊心が欠如している人や自己受容の足りない人である。 そういった人達に本当に足りないのは、批判や厳しさではなく、「他者からの受容」ではないだろうか。 「他者からの受容」を得るのが難しい?それが大人社会なのかも知れない。 それならば、せめて「自己受容」。 自分が自分の一番の応援者になろう。 勇気づけよう。自信づけよう。どんなに人が苦しいと思う状態でも、自分だけは自分を元気づけよう。 それができるようになれば、他人の気持ちも想像できるようになる。 あなたの隣の人は、あなたと同じ人間だ。ものじゃない。 あなたと同じように、感情もニーズも持った人間だ。 それに気付けば、あなたが「他者への受容」ができるようになる。 そんな人が増えれば、世の中の様々な可能性が劇的に広がると思う。
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人に影響を与えたければ、 まず、自分が『モデル』になる事が大事。 これを『率先垂範』と言う。 そして、さらには、それを自分が『楽しむ』ことだ。 人はいつも、自分の心を楽しませたいと思っている生きもの。 楽しそうにしていれば、真似をしたくなる。 『学ぶ』の語源は『まねぶ』。 学びたくなるという事は、真似をしたくなるという事。 社長として、リーダーとして、上司として、父親として、母親として、良き友人として、 1人の人間として、 あなたは楽しんでいるだろうか? 楽しんでいない人を、人は真似したいとは思わない。 人にやってもらいたいことを、あなた自身がやっているだろうか? さらには、それを楽しんでやっているだろうか? どうせやるなら、人が羨ましがるくらい楽しんでやってみてはいかがでしょう。
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感心した話しをご紹介します。 同僚の大学教授が、ある日こんなことを言った。 「学問を続け、教育の道で生涯を送ろうというのに、いざ自分の子供を教えるとなると、 とうてい無理だというのを悟りました。 子供に対し、こんなことも分からないのか、何度も教えたのにどうしてケロッと忘れてしまうのか、 などと腹を立ててしまうのです」 勉強を教える時間は、子供を叱る時間になってしまった。 子供と触れ合おうと始めたことが、互いに感情的になるだけで、結局やめてしまったという。 世界で一番難しいのは、自分の子供に勉強を教えることと、妻に車の運転を教えることではないか、 と2人で談笑した。 何ヶ月か過ぎ、またその教授と会う機会があった。 教授は、最近は腹を立てずに勉強を教える方法を編み出してうまくやっている、と笑顔を見せた。 私はどんな方法なのかと尋ねてみた。 すると、彼は面白い話を聞かせてくれた。 「いい方法を1つ思いついたのです。 勉強を教えていて、かっとなったら、怒る代わりに子供の隣で、左手で字を書くのです」 いつも厳しいだけの父親が、左手でひょろひょろした字を書いている。 子供は不思議に思って注視する。 父親にも上手く出来ないことがある、というのを見せてやるのも立派な教育だ。 おまけに字を書いてみると、子供のことが自然と理解できるようになる。 当たり前のことだが、右利きの人が左手で字を書くのは、かなり難しい。 思い通りにはいかないものだ。 一度失敗して、またやってみる。 それでも、やっぱりうまくいかない。 子供だって、勉強がよくできるようになりたいはずだ。 父親が子供に勉強を教えることは滅多にないだろう。 教えるのはそう簡単なことではない。 父親から勉強を教えてもらう子供だってそうだ。 学校の先生とは全く違う父親の教え方に、子供は戸惑ってしまう。 教わる方も苦労しているのだ。 教授は、左手で文字を書くことを通じて、子供の苦しい心情を理解し始めたそうだ。 慣れないことは誰にでも難しい。 こうした平凡な真理を理解すれば、相手に対する配慮も生まれる。 理解と配慮は、NQを伸ばす基本要素なのだ。 【出典】「NQ 人間を幸福にする「思いやり」指数」キム・ムゴン著、久保直子訳(ソフトバンクパブリッシング) 思わず腹が立ってしまう出来事にも、相手の立場に立ってみれば、ものの感じ方は劇的に変わる。 教授にとっては腹が立つ出来事であっても、子供にとっては勉強ができるようになりたいけれども、教わる苦労もある。 「親の期待」と「それに応えたい気持ち」 「うまくできない自分へのいらだち」と「教わる苦労」 子供は、様々な感情のしがらみの中で必死にもがいているのである。 こうしたことに、気付き理解し、共感できれば配慮が生まれる。 人間関係も改善に向かっていく。 能力主義・成果主義のものさしで、「あの人は劣っている」と切り捨てられることが多い世の中。 今一度考えてみてもらいたい。 あなたには、「人に共感する能力」はありますか? 「あの人は劣っている」のあの人は、本当に劣っているのでしょうか? 1本のものさしでは、人は測れません。 結構1人よがりな偏見が多い自分に反省です。 「どうしてそんなこともできないんだ!」と腹が立ったら、左手で字を書いてみましょう♪
「左手で字を書きすぎて、上手に書けるようになったら意味ないですよ。」 「右足で書いてみましょう。」(^u^) 「パパ〜、なにやってんの? パパ? パパ?」【・_・?】ナンデ? |



