第壱網上无銘墓所

パンが無いなら餓えればいいじゃない

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孕夜帖

  
 襲撃者たちは一人残らず男で、暴力を振るうことを躊躇せず、未成年に見えた。彼らのうち数人の言動はまともに見えず不快で、私はなにかで精神を変質させているのだろうと短絡的に邪推した。状況もあり、彼らは実際以上に醜悪に見え、湧き上がる嫌悪感を抑えて自らに同情を強いるのは容易なことではなかった。
 彼らに遭遇する前、弟の久信ヒサノブと里佳の彼の芳郎ヨシロウとコンビニ前で待ち合わせるつもりだった私達は、途切れ途切れに照明された深夜のアスファルト路を、駄弁ダベりながら歩いていた。私は里佳子の理解に苦しむ恋愛模様を適当に聴き流しながら、照明を囲んで狂乱する虫けらの群れや、夕立で湿った街路、都市鉱山、弟の書いている小説と空気の機械化に思いを馳せており、取り留めの無い雑念に捕われる余り、彼女に恐怖に駆られた囁きで耳打ちされるまで、自分達が囲まれた事にも気付かなかった。
 私と里佳子は、武装した七人の子供に対峙し、抵抗を諦めた。
 
 私達が連れ込まれたのは、なんと近辺の大学だった。空いた教室の有効活用だと彼らは説明し、また大声を出したら殺すという旨の注意を受けた。窓の外から漏れ入る光は微弱で、互いの表情も碌に見えなかった。彼らは、私達を教室に立ち並ぶ椅子や机の中へ追い込むと、数人で入り口の前に立ち塞がる様にして、囁く様に何事か話し合い始めた。
 泣き止まない里佳子にガキどもがショックガンを乱発した所為で、彼女はすでにかなり消耗しており、歩くのもやっとだった。私にはそれが腹立たしく哀れでもあり、また苛立たしくもあった。私には連中が何を望んでいるか見当がついていた為、緊張して背中が汗で濡れるのを感じた。私は気をそらす必要を感じて、一番醜悪な少年を選んで声をかけて試ミた。
「上カムラ里夜リヤです」
「は」
 少年は見るからに動揺した。反射的な敬語がいかにも滑稽だった。
「よろしくお願いします。お名前は」
「は、はい、丸田マルタ満ミツルです」彼は一瞬の逡巡の後、よろしくと付け加えた。
 場の全員がぽかんとした表情を浮かべたのが、視界の隅で視えた気がした。
 呆気にとられた凍結は直ぐに解け、押し殺したような笑いが漏れ、直ぐにげらげらと言う馬鹿笑いの四重奏が取って代わるのを、私は聞き、満足を覚えた。私達の余りに場違いな会話は、連中に取り入る隙を作るはずだった。
 だがその二秒後、視界の外、右で何かが殴られた音がし、ぐ、という悶句が漏れ、笑い声が止んだ。反射的にそちらを見遣った瞬間、幅の広い影が滑ってきて、私を突き飛ばすのが垣間見えた。私は勢いよく教卓に叩きつけられ、馬鹿でかい騒音を立て一緒に引っ繰り返った。里佳子の悲鳴が上がり、数人が息を飲むのが分かった。私は絶句し、痛む体で苦労して起き上がると、暗いのを良いことに、呆れと怒りを交えた視線を私を突いた少年に投げかけた。馬鹿かこいつは。こんなでかい音を立てたら守衛が出張ってくるだろうに。
 恐らくリーダー格なのだろう、少年は、月明かりを正面から浴びて、肩をいからせ、無表情な視線で私を睨ネめ付つけていた。私は彼に聞こえないよう、静かにため息を吐いて進展を待った。一分もそうしていただろうか、少年はつぶやいた。
「脱げ」

 やれやれ。

 筋肉が強張り、四肢が震えたが、不器用ながら着ているものをすべて脱ぎ、畳んでそのあたりの机の上に重ねて置いて、無感動に沈黙したまま相手の出方を待った。少年はしばらく私の裸を見つめてから(この暗闇の中どの程度鮮明に見えたかは不明である)、満とか言う不細工な子に近づき、私の顔面を殴りつけるよう指示した。本人はというと、二人の少年(うち一人、ひょろ長く髪を首元まで伸ばしたひ弱そうな少年は、両方の鼻の穴から出血しており、さっき殴られてうめき声を上げたのが彼だということが私には分かった)に両側からがっしりと身動きを封じられた里佳子のところへ歩いていった。私はため息を吐ツいた。
 満は、明らかに当惑しており、滝のように汗を流して、視線には罪悪感と謝意が混ざっていた。私は視線を投げて満カレをせせら笑ったが、それは彼のことを怒っていないというサインでもあった。満は所在無さげに距離を詰め、申し訳なさそうに、その太い腕を振り上げた。
 彼に殴られて、私はガアあん、という音響に揺るがされ『動』『揺』し、瞬間世界に鉄の香りが拡がるのを感じた。何とか踏ん張って潰れた視界が再び利くようになるのを待とうとしたが、続けて三度、四度と殴られると、私は耳鳴りと目眩みで何も分からなくなり、壁に手をついてやっと転倒を免れた。錯覚により耳が使い物にならない一方で、背景のどこか遠いところから、里佳子の悲鳴が薄く小さく響いてくる気がした。
 糞供が、無抵抗だからっていい気になりやがって。殺してやろうか? そう反射的に考える一方で、この逆境を楽しんでいる自分もまたどこかに居る気がした。裸に剥かれ、卑しくも無抵抗に、こうも非道く損なわれるなど、そうあることじゃないと私は自嘲し哂った。しかし同時に、私はこの状況すべてが酷くどうでもよかった。私は高揚する気分と消失する興味の板挟みにされ、困惑した。
 暫時ザンジ経過し、視界を蔽オオっていた幾何学模様の帳カーテンが徐々に解ホドケていくと、教室にはなかなか新鮮な光景が広がっているのを見ることが出来た。私は幾つかの影が里佳子に群ムラガり貪っていること、首謀格の少年が私と向かい合い濁った視線で見上げて(彼の背丈は私のより15cmほども低かった)いること、満少年が何故か額から血を流し蹲ウズクマって泣いており、その様はなかなか哀れをそそることを見止めた。
 リーダー格は奇跡的にまだ立っていた私の長髪を掴み、力任せに引き摺り倒した。床は冷たかった。
 彼は私を踏みつけ、憎憎しげに睨んだ。まあ、長く生きていればこういうこともあるだろうと、私は思い、笑った。
 私は痛みに耐えようと、瞼を閉じて逃避した。すべてがブラックアウトし、彼らは私の視界から掻き消えた。
  


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