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「何を経験したかよりも」
「何を経験から感じたか」
「の方が大切な時が多い」
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苦しい経験をしたことを、
さぞかし立派な勲章を
もらったかのようにしゃべる人。
あなたは、
そんな経験ないでしょ、
と自分に陶酔している人。
自分の経験だけに照らし合わせて、
断定的なことをよく言う人。
どれも、経験が
実になっていないなぁ、
と感じさせられる。
そして、自分は、
そんなふうにならないために、
どんなふうに生きたらいいんだろう、
って思えます。
「辛いことがあると偉いのか?
辛いことがあって
辛抱してると偉いのか?」
確かに、楽なほうへ逃避してその結果が想いに添わなければ、
その決断は事後的ですが、失敗なのでしょう。
しかし、安直な道ではなく高望みが大きな痛手になることも
無きにしも非ずです。。。
思案・考察・実行の誘因性が如何にも、研ぎ澄まして思索したいものです。
それらを、言葉を思い起こして、
自分の経験に溺れないようにしたい。
もちろん、
経験のない知識っていうのも、
人を溺れさせるでしょうけれども
わたしは、どっちも注意です…
一番始末に負えないのは、
少ない知識と、少ない経験しかないのに、
それに溺れていることですよね
が、少ないという基準は多様性があるので一概には言えませんが。
己の選択した知識の枠組みに、思考透過しいい意味で周りに影響されずに
芯を振らさづ、振らされづ、知的探求心は日々敏感に揺さぶれる日々にしたいものです。
知識と経験の繋、繋ぎ。
人生は、それで乗り越えていくのだ・・・
きっと
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知識と経験を武器として、人生の難関に立ち向かっていく心構えは大切すが、実戦に役にたつかどうかは、やってみなければわからないところが微妙に面白いですよね。ことに臨んで、これまでの知識や経験が無駄になったり、かえって邪魔になったりすることって、よく聞く話です。どんな逆境にあっても生き残れる人は、最後まで諦めないという強い意思と生命力を持った人のような気がしているんですが・・・・・。これも経験と知識というものでしょうか。余計なことをいってすみません。
2010/6/1(火) 午後 6:07
自分がとっても大好きな人、人の輪を保とうと気を使う人
鬱々と考え込み、自分の結論を言わない人、出せない人
考えが軽い人、なんだかいっぱいの人がいる世の中だから
考える事がいっぱいあって楽しいと考えるか
考える事がいっぱいあって、煩わしいと思うか
その時々で、自分がどっちに動くのか、結論を出すのは
全て自分なんだから、考える力、選べる力を付けなくちゃって
日々勉強だと思い、努力を続けて行きたいです。
2010/6/5(土) 午後 0:27
知識や経験は、判断の材料因子だと考えます。
そして出した決断に自分自信が責任を負わないといけません。
結果が意のままであろうと、あらぬ結果になろうと。
2010/6/7(月) 午前 0:18
ブログ訪問有難うございます。
豊富な知識と経験が社会の為に、生かす事ができる能力に欠ける人もいます。
少ない知識の中から本質を見抜き、社会に生かす事が出来る人もいます。
どちらが優秀だと思われますか?
2010/6/7(月) 午後 3:35 [ iwa*ima*u*a1949 ]