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きついとか、
気持ちがへこんでいる、 やる気が出ないというのは、 いっときの感情の流れでしかない。 しかし、人間は根底は・・・・
その流れに流されてしまったら それは永続するものじゃない ってこともあるから たとえ、
自分のものとは言え それだけを頼りに それだけで動いていたら あとで後悔することもある。 冷静なときに決めたこと、 そうじゃないときに決めたこと、 同じ自分が決めたこととは言え、 その質は違うんだな。 質が違うことを、 同じモノサシで見るのは、 自分の決めたことでも、 ちょっと危ない。 始めることも、 辞めることも、 がんばることも、 あきらめることも、 自分の感情を信用しちゃいけない、 って時もあるはず。 自分の状態に合わせて、 自分の気持ちを判断できる能力が あったのなら、誰しも、 後悔するようなこともないだろうけど、 なかなか、そうはいかない。 流されない、 それは周りに対してだけでなく、 自分の「いっときの感情」に対しても 必要なこと。 目標目的から、 いや、手段から
ぶれない自分でいられるよう、 今日も、しっかり立っていようと・・・ するんですが、容易なものではありませんw
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後悔しないように考えて行動した結果、想定していなかった
後悔が飛び出して来る訳で、後悔を予測して自らが進んで
動いたりするのは、滅多な事ではしないけれど
どうしても動かなくてはならない時には、後悔すると
分かりながらも動く訳で、その後悔は、いわば後悔ではなくて
想定していた結果の現実なのであって、後悔をする前には
既に、どうなるかは想像をしていて、それをどう対処するか
うっすらと頭の中で考えているもので、不意に襲う後悔よりは
ダメージは少ないので、それはそれで良いと思う。
2010/6/25(金) 午前 9:04
後悔・・と言う定義付けでその意味自体変わってくるわけで・・
その事が来るであろうと言う事が予測できていたならば其れは後悔ではなく別物でしょうね!^^ぶれる・・最近メディアもよく使う言葉ですが、ぶれるのではなく、時々刻々と自分自身がへんかしているのでは? そういう風に捕える事も出来る訳で・・とり方一つであらゆる変化(進歩・進化?)がありそれが人間の摩訶不思議で面白いところではないでしょうか?^^
2010/6/25(金) 午前 10:36 [ mother1951 ]
その時その時思ったことは、後になって間違っていると判断することがあっても、その時点においては真実であったのだろうと思います。
例えそれが感情に流された結果であっても、それはその時にはそれを選択するしかなかったのかもしれない。
思考というのは、いろんな条件や状況によって変化するのだけれど、確かなことは、その思考は自分が生み出したものであるということ。
いずれにしろ大事なことは、その思考は流れる雲のように変化してゆくのだということだと思います。
そして、自分とはその変化する雲ではなく、それを浮かべる空なのだということ。
そこに自分が落ち着いていれば、流れる雲に惑わされることも少なくなります。
わかりづらい話でごめんなさい。
2010/6/25(金) 午後 8:26
「自意識」って難しい言葉ですよね。自分の中のほんとの自分を捉まえることができたなら、少しは腰が据わるのではないかと思ったりしています。あっちへフラフラ、こっちへふらふら。まさに不確定要素そのものです。自分とは何かと問いかければ、いつも曖昧模糊とした底なし沼に落ち込んでしまいます。そこから抜け出すにはいささか時間がかかりますので、最近は避けて通ることにしています。「およそこの世のことは、すべてなるようになる」というのが現在の心境です。自責と後悔は生きていく人間の新陳代謝の産物だと観念しています。
2010/6/26(土) 午後 0:54
他人の評価・価値観より、今日一日を一生懸命生きる事です。
2010/6/26(土) 午後 4:38 [ iwa*ima*u*a1949 ]