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持ってるとか持ってないとか、
持ち物検査じゃないんだから。 持ち物検査でもないし、 一等とビリを決める競争を してるわけでもないのではないか。 確かに競争原理は必要と思う。
これまでのどの時代でも、 あれを持とう、これを持とう、 自分の持っているものを もっと増やそうと がんばる人が多かったに違いない。 たとえば、昔で言えば、 マイホームは城、 マイカーは馬、 名刀は高機能パソコン、 名器はブランドもの、 などの存在じゃないかと 考えたりします。 立派なものは、自分の ステータスになるアイテム。 持っていると誇りになる。 持っていないと憧れる。 そういうシンボルだったことでしょう。 ただ、人生は、 持ち物検査じゃない。 何を持っているか、 何を持てるようになれたか、 そんな持ち物検査は、 やりたい人がやればいい。 付き合いたいわけでもないなら、 そこからは距離を置けばいいのだ。 どんなふうに生きたか、 どんなふうに生きようとがんばったか、 それを忘れていないほうが大切。 もちろん、 そんなこと考えるのも 面倒くさくて、 がむしゃらに生きている、 っていうのも、 持ち物検査よりはマシな気がする。 持ち物検査の一等賞は、 人生の一等賞とはいいきれないところに なるともいえるのではないでしょうか。
不確定要素は多い・・・・・。
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人間の心は弱いものですから、人に流されてしまうから
あの人と同じ物が欲しいと思ってしまうのでしょうね。
2011/9/15(木) 午後 1:30
悲観主義~HAARP~さん 私のブログに遊びに来てくれてありがとう。
要するに持ちたいけど持てない悲しさを一種の詩のように書いているのかい?
「どんなふうに生きたか、どんなふうに生きようとがんばったか、
それを忘れていないほうが大切。」
競争社会に溢れるステイタスやブランド思考は自己満足に過ぎず。
あなたは物より人の生き方、内面を特に大切にする人のようですね。
「悲観主義」をする必要は全くないよ。
他人より感性が豊かな人よ、その感性を大事にしてください。
2011/10/12(水) 午後 2:42