「諦める」とは「明らかに極める」の略。
修行に何十年を費やし、自分の限界が見えた時初めて「諦める」コトが出来る。
-ある、きっかけで手に取った書籍に載っていた文章です。自分なりの解釈は加えずです。上記-
読んだ瞬間は正直「?!」でしたがw、すべてに於いて万能なら越したことはないですが、十人十色・三者三様・個性など見方は様々ですが、各人一番核心部分は「仕事」についてではないであろうか。まさに、どのような仕事に就きたいか、希望する就職先や仕事の業種につけるかの詳細な議論やデータについてはここでは割愛させていただきますが、職業の希望と現実が合致するために日々多角的に物事に取り組んでいくとおもいますが、目的に対してアナウンスされている情報等を調べてまたは聞くことによりまたは習うことによりプロセスを踏んでいくとは思いますし進歩も様々であるわけですが(自分はこれと決めてもあれもこれもで二兎追うものは一兎も得ず状態でw・・・是正せねば)、継続は力なりという言葉があるが続ければ報われるか、苦労すれば報われるか、苦しめば報われるのかであるが、その通りなるわけでもないのが現実では少なくないとは思いますが。
かなり支離滅裂、文脈雑文になってしまいましたがw、「継続は力なり」は各個人の適性や方向性が基本的に考えられるし、確かにきれいな言葉で努力すれば成し遂げられるということもある。あるわけですが皆が皆万能で遂行できることは臨むべきですが、残念ながらできないこともあるわけであり、一定区間・領域にたどり着く前あるいはたどり着いて自己問答してみて、内部環境(自分自身)であり外部環境(他者やおかれた環境等[勿論それによって感受した自分自陣に繋がる])を受け止めて、意に沿わないからといって目をそらさず他の行動に逃避しないで自分を真剣に考える。そのような時間や時を持ち乗り越え、受け止め、自己把握に取り組んだことが何回も何回も繰り返して成長できれば思考の体力が鍛えられて対応能力も向上して、万能ではないが視野が含蓄あるものに変容していくことでしょう。
そうなればいいですが、そうそう精神衛生上耐えうることには体力が必要です。しかし、自分の把握作業(思考)を思案することで現状把握し進点も考えられるし、実務的な能力が必要であるし日々慢心ではなく(笑)→日々邁進したいものである。
※かさねがさねで申し訳ないですが乱文スイマセン→ならまとめてからアップしろでありますがwいい加減体系的に文章構成能力というかノウハウ本でも改めて読まねば・・・遅っ(@_@;)レポやら提出物今まで・・・m(__)m
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