その他大勢の一、20半ばの単なる言葉の羅列―『感情に理屈付け』―

Season8(8年目):御訪問あざーす!熟読・流読・通過、散文恐縮です「沈黙がいちばん喧しい」雑多情報詰込

「羅列」

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端書き

「われわれにとって怠惰ほど有害で致命的な習慣はない。にもかかわらず、これほど身につきやすく、断ちがたい習慣もない。」
「名言を見たら、その対象外の状況を考える。切り捨てたものに注意を払う。」

「経過追認」

イメージ 1 
精神論は、
効き目もあるけど、
そうでもないことも多い。

わたし自身、
精神論が好きなところがあって、

気合とか、熱意とか、思いとか、
そういうものが高められていない時に、
やっていることの成果はそれほどない、
なんて言い切りたくなるもんです。

けれど、実際には、
その精神論に勝る、
才能とか能力差、
あるいは作戦の違いで、

精神論を熱く語らずとも、
成果を出してしまえたり、
うまくいっている組織(チーム)を
見かけることも少なくない。

場合によっては、
精神論が、かえって、
冷静さを失わせてしまい、

必要な作戦や戦略を考える余裕を与えず、
敵の前に「気合だけのある裸同然の姿」で
立つようなことにさえなることもある。

つまり、精神論は、
時に邪魔になるわけだ。

考えてみれば、
精神論っていうのは、
誰にでも言えちゃう。

言うだけなら、
ナンボでも好き勝手に言える。

一方、商売やビジネス、
仕事や勉強、スポーツなどは、
その内容について知らないと、
作戦や攻略方法は語れない。
 


もちろん、
精神論で支えられることも
ないとは言えない。

しかし、精神論が、
万能だと勘違いしちゃいけないな、
って思います。

くわしいことが分からないなら、
無責任に精神論を熱く語るより、
何もしゃべらず、自ら考えた方がいい。
 
→(って、脳内解決ばかりで実行しないうえに後悔することが多い自分ですがw)
※画像は、三度、ソロイートイン[一人外食]で某大手のイタリアンなレストランにてw※

「決断停滞」

現在の能力で
できる、できないを
判断してしまっては、
新しいことや困難なことは
いつまでたっても
やりとげられないのか。

何かをやってみたいな、
っていう好奇心は、
きっと、
できる、できないを
考える前に生まれる。
好奇心っていうのは、
けっこう自由なんですよね。ところが、
他人の好奇心に対して、
人は、けっこう冷静に
なれたりするから、

「ああ、無理、無理」
「それ、やめといた方がいいよ」
「三日坊主で終わるから無駄だって」

なんて言葉が、口から出てくる。

狭い人間である、
自分と他人の経験や知識を
あわせたところで、
そこから出てくる結論は、
ちっちゃいだろう。

できる、できないの中間地点を、
右往左往と悩んでいるよりも、
いっそこそ、やってみた方がいい。

すぐに出来なくても、
すぐに出来ないことが分かったとしても、
もうしばらく、がんばってみればいいのだ。

今のままでいたいのか?

このままじゃ嫌じゃないか?

こんな自問が、
自分の背中を後押ししてくれることも
あるかもしれない。

「非耐対願望」

自由に生きても、
忍耐で生きても、
それほど文句を言われる量は
変わらないのでありましょうか。

だとしたら、
自由に生きたほうが、
自分のためになるのではないか。

誰にも迷惑をかけずとも、
「自由に生きてる」
というだけで目の敵にされて、
文句を言われることがある。

逆にいえば、
そういう文句を言いたい人間がいる。

自分が忍耐して生きていると
思っている時には、
自由に生きている他人にも、
それを押し付けたがるわけだ。

じゃあ、
その忍耐して生きている人が、
それによって、他の人から
文句を言われていないかといえば、
そういうわけでもない。

ただ忍耐するばかりで、
融通が利かなかったり、
変化することを拒んだり、
がんこだったりすると、
文句を言われることもある。

好き勝手に、
自由気まま生きていても、

イヤイヤ気分で、
忍耐して生きていても、

どうせ文句を言われるのなら、
自分で納得している生き方の方がいい。

そもそも、
関わりのある人たちから、
文句を言われることが多いだろう。
というより、
関わりのある人たちの文句以外は、
耳に入ってくることは、
そんなにないはずだ。

自由に生きるけれども、
そういう人たちに
文句を言わせない生き方、段取りも、
できるんじゃないかと思う。

それは、ちょっとした工夫でw

「耐対願望」

忍耐とは、
無抵抗にあきらめることでも、
恐れて行動しないことでもなく
忍耐とは、
積極的に待って耐え忍ぶことでもある。

確かに(ー.ー)

もう少し待てば、
待っていた相手が来て、
ちゃんと出会えたはずなのに、
じれったくなって
帰ってしまったり、

私の場合は、
そういうことが多いから、
積極的に待つ、
ってことが苦手だな、
って思うことがあります。

積極的に待つ、
っていうことは、
ハッキリした目的のために、
とことん待つ覚悟が出来ていること。

待つのが面倒になったから、
という安易な理由で、
待つことを止めたりしない。

ただ待つだけでも、
十分に価値がある時もある。

それが、
待っているということに、
意識が集中してしまうから、
待てなくなるんでしょうね。

だから、
待っていると
意識しなくてもいいような、
何かしらの行動ができる人か、

待つことが苦じゃない人でないと、
待つことは、きっと難しい。

私は、どうあがいても、
待つことが苦になる人だから、
やれることを探しながら
忍耐できるようになりたいものです。

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