その他大勢の一、20半ばの単なる言葉の羅列―『感情に理屈付け』―

Season8(8年目):御訪問あざーす!熟読・流読・通過、散文恐縮です「沈黙がいちばん喧しい」雑多情報詰込

「羅列」

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

[解釈の咀嚼]

イメージ 1

人生において大切なことは、
簡単な言葉でしか表現できないし
難解な言葉で説明する人は、
結局わかってないこともあるかも。

痛感・・・・・w

自分の言葉を振り返ってみると、
ちょっと難しく話しているとき
あるなぁ…って気づかされる。

場合によっては、
自分がわかっていないことを
ごまかすために、
難しい言葉を使っていることも。

自分が聞かされる側に
立ってみれば、
分かるんですよね。

分かりやすい言葉で
しゃべってもらったことは、
すーっと心に入ってくる。

けれど、
本人もよく分かっていないような、
借りものの言葉で話されたものは、
なんか、
言葉に思いが乗っかって
こちらに届かないから、
それだけのもんでしかない。
言葉を簡単にするクセ。
とても大切だと思います。
それは、
口に出すかどうかは別にして、
何かを学んだときに、
自分の言葉に置き換える作業だと
いうことでしょう。

自分の言葉にすることが
できない時には、
間違いなく、まだ、
自分のものになっていない証拠。
自分のものになった言葉を使う。
簡単なようで、これが難しい。

できてる人は、きっと、
飾らない人なんでしょうね。。。

〔様態〕

「目をつぶり、
考えるのをやめたら
自分が学ぶ(働く)意味は
どこにあるのか」

目をつぶれば、
その場はうまく
通り抜けられることがある。

頭に浮かんだアイデアにフタをして、
そっちがいい、と賛同していれば、
気に入られて世渡りできる場所もある。

そういうことが分かっているから、
真剣にわたり合う勇気が出てない。

そんな勇気を使うということは、
今手にしているものを
手放すことになるかもしれない覚悟で
なければ、できっこない。

自分の目で見て、
自分の頭で考えて、
ちょっと違うんじゃないの、
と言うことだけは言いたい。

けれど、あらゆる組織が、
そういうことを
許してくれるわけじゃない。

むずかしい。

自分の言いたいことを、
100%裏づけしてくれる証拠を
必死に探す努力ができるか。

さらに否定されても、
立ち向かっていく覚悟があるか。

最後には、切り捨てられてもいい
と思うだけ本気か。

自分の目で見たもの、
自分の頭で考えたことを
信じるというのは、
精神安定(亢進)に繋がるのですかね。。。。

イメージ 1

「行動には危険がつきまとう
行動しない口舌の輩が
よってたかって
行動する人間を批判する」

自分が行動しているか、
っていう問いかけは、
行動していない時には、
忘れやすい。

行動している時には、
けっこう、これでいいのか?、
みたいな問いが出てくるもんだけど、
行動していない時には、
そういう「?」を忘れてしまう。

いわゆる、問題意識。
それに加えるものがあるとすれば、
目標意識とか、改善意識とかも…

行動しないことに慣れると、
そういうものが
消えてしまうんでしょうね。

座っているだけで、
あるいは、いつも、
誰かがお膳立てしてくれることに
慣れてしまっていて、
そんな感じになる。

時には、
人が偉くなっていく過程で、
そうなってしまう場合もある。

動けなくなったら、
ダメだなぁって思います。

動かなくても、
生活がうまくいき始めたら、
幸運かもしれないけれど、

いざ、再び
動かなければいけない、
という時がきっと来るから、
幸運とばかりも言えない。

イメージ 1

タイムリミットが迫れば、
人は焦ってくる。

あと1週間、あと1時間、あと1分。

そういう残された時間の中で、
しっかり、残りの判断を
していかなくちゃいけない。

どうしよう、どうしようとか、
しょうがないから、このままとか、
そんな判断ではダメだろう。

いくら残り時間が
少なくなってきたとしても、
そこで出来る最善の判断を
せいいっぱい考えること。

それ以外にない。

それで得られた結果には、
悔やみすぎることなく、
次のタイムリミットまで
またがんばるしかないのだ。

人は、いつもいつも、
何かのタイムリミットを
抱えていることだろう。

だから、
行き詰っている暇はない。

一つ越えたら、
また一つ。

判断するための
情報、知識、材料を
集められるだけ集めて、

しかし集めすぎて、
迷いすぎることなく、
判断していく。

ちょっと行き詰ったとしても、
もう一度、道に戻っていき、
進んでいくのだ。

失敗の認識角度

大切なのは、
受け止め方だと
は感じます。

自分が見たり、
体験したりしたことを
最初からありえないと否定するとか、
ただの偶然ととらえるか、
それとも、何か意味のあることと
受け止めるか

自分の知っていることや、
体験したことだけをベースに考えると、

他人が言っていることや、
考えていること、やっていることに、
否定したくなることが出てくる。

しかし、一方では、
他人から、
自分のことについて
そんなふうな否定はされたくない
という自分がいたりもする。

何がありえることで、
何がありえないことかは、
やってみないことには分からない。

だから、
やってみようと思った気持ちを
自分で守らない限り、
否定されるような言葉に邪魔されて、
入り口にたどり着く前に終わってしまう。

突飛おしもないことをするもんだ、
と言われながらも、
やっていいんです。
横道にそれることでさえ、
期待どおりにやるのは難しいのではないか。

受け止め方を変えて、
否定的な見方に左右されずに、
自分を客観視しつつ
実行することが初歩的な
策なのでしょうか.....


.

ブログバナー

標準グループ

登録されていません

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

検索 検索
悲観主義~HAARP~
悲観主義~HAARP~
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事