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MEGUMI(めぐみ)
プロフィール
本名:古谷 仁(旧姓:山野)
愛称 めぐたん
ジン
ジンちゃん
生年月日 1981年9月25日
出身地 日本・岡山県倉敷市(島根県松江市出生)
血液型 A
公称サイズ(2007年4月時点)
身長 / 体重 158 cm / ― kg
スリーサイズ 94 - 60 - 86 cm
ブラのサイズ H
所属事務所はサンズエンタテインメント
私立倉敷翠松高校(在学当時は女子高)中退
趣味は、書道(八段)・アイドルの写真集集め(約200冊)、そろばん
特技は、料理(水餃子・炒飯)、スポーツ、英会話
好きな色はピンク
活動
デビュー 1999年
ジャンル タレント
他の活動 女優
その他の記録
元グラビアアイドル
第2代目 KYORAKUミスサプライズ
もともとは歌手を目指しており、アメリカに短期留学して聖歌隊で歌うなどしていたが、「歌の才能はない」と先生に言われる。「それでも歌を出したければ、先ずはこれ(胸)で顔を売れ」と勧められ、グラビアに挑戦。最初は恥かしさもあり不安が大きかったが、プロにメイクやライティングをしてもらうことによって綺麗な仕上がりになる事に納得し、撮影終了後に「楽しかった」と感じたことでグラビアモデルを続けることにした。芸名は最初の写真集を撮る際、連れていかれた現場での野田義治の「お前は今日からMEGUMIだ!」の一言で決定。
甲高いアイドル声と可愛さを前面に出す、というアイドル路線が一般的であった当時において、グラビア活動主体の新人タレントとしては、体型以外で飛び抜けたセールスポイントはなかった。しかしながら、よく通るアルトと、「おっさんトーク」とまで揶揄された核心に触れるトークで人気を博した。
2003年 - 2004年4月頃まで関根勤率いる「関根勤とパロディー集団」として『エンタの神様』にVTR出演。
2004年、所属事務所をイエローキャブからサンズエンタテインメントに移籍。その後は女優業にも進出。
2008年7月7日、かねてから交際中であったDragon Ashのボーカル、降谷建志と結婚、入籍する。所属事務所を通じてマスコミ向けに発信されたFAXにて「赤ちゃんを授かったので、本日入籍しました」と妊娠(入籍時点で妊娠3ヶ月)をきっかけに結婚に至った旨が綴られている。2009年2月6日、都内の病院で第一子となる男児を出産した。
人物
両親は男の子が欲しかったようで、名前も「仁(じん)」と決めていた。今でも母は娘を「ジン」と、友達は「ジンちゃん」と呼んでいるという。
小学校から高校1年まで陸上の短距離選手で、県大会にも出場。
岡山県育ちのためか、たまに「おどりゃあ、ちばけな」(お前、ふざけるな)「でーれーうめぇ」(凄く美味い)等の岡山弁を話す。
性格は、あっさりしていそうでも考え込む。
グラビア活動に関してはかなりの勉強家であり、撮影の際には積極的にアイディアを提供している。それゆえ、彼女の写真集にはポージングなどの実践的な優れたグラビアのテクニックが蓄積されている。磯山さやかや井上和香が絶賛し、影響を受けたと公言するほどである。また、一連のグラビア・サミットにおいてもその面倒見のよさから、慕われる存在である。
小学生のときのあだ名は「めぐ乃花」だった(ふくよかだったため)といわれる(『メントレG』にて発言)。
顔が森三中の村上知子に似ていると言われており、『ブスの瞳に恋してる』での共演以降、ますます言われるようになった、とのこと。また、「くりぃむナントカ」(テレビ朝日)で堀越のりから「ピスタチオみたいな顔して!」と髪型をツッコまれてしまい、同番組の司会者であるくりぃむしちゅーもそれを否定出来なかった(MEGUMIは堀越に「以前は第二の優香って言われてたじゃん」と言い返すも、今度は「KONISHIKIみたいな芸名」と言われる)。野田義治が「ブスできょにゅうの方が良い」という話をする際に、よく引き合いに出される。
グラビア活動卒業後は、毒舌バラドルで通っている。
毎年秋になると財布を無くすという。他のものは無くさないのに対し、財布だけは何度も無くし、そのたびに秋の到来を感じるらしい(2007年5月31日放送の『ダウンタウンDX』での発言)。
イエローキャブ分裂時には事務所残留を希望したとされるが、野田義治の知人の紹介で入社した関係上、野田に付いて行かざるを得なかったとされている。
思春期は胸が大きいことがコンプレックスだった。
妊娠のため舞台『悪い冗談のよし子』を急遽降板した(代役は山田まりや)。
歌手
2003年にはついに念願叶って歌手デビュー。
デビュー曲は故・坂本九の名曲のカバー『見上げてごらん夜の星を』。しかしレゲエ調にアレンジされた上ラップを取り込んでいたため、坂本のオリジナルを知る世代にはすこぶる悪評だったようである。
しかも間が悪いことに、平井堅と競作となってしまい、平井版はオリジナルに程近く旧来からのファンからも支持を受け、平井とは対照的にオリコンの100位にすら入れなかった(オリコン最高位130位)。ちなみにその後も歌手活動は地道に継続。
Yellow Girls名義で応援歌『六甲おろし』を2003年に発売。
『熱唱オンエアバトル』の特別放送にゲストとして呼ばれた。本人もこの番組が好きで大変喜んでいたが、ハリガネロックと息が合わずたじたじだった。また本人は「ファイナルで球を転がしたい」とも言っていた。
『くりぃむナントカ』などで突発的にPVが披露されたが、歌唱力が低いと失笑され、本人はかなり凹んでいた。
エピソード
最初の写真集が発売された時、地元へ帰省してみたところ、書店の店頭に「近所のあの子が脱いだ!」という宣伝ポップがあったのがショックだった、というエピソードをトーク番組で紹介した事もある。
2003年12月、テレビ朝日系『徹子の部屋』に出演した際、司会の黒柳徹子がMEGUMIの大きな胸を触って、エンディングを迎えると言う前代未聞の演出があった(2008年に同番組に再出演した際にもその話題が触れられた)。
2005年7月18日、ドラマの撮影でロケ地に向かう途中、マネージャーの運転する車の後部座席で横になっていたところ、後続のバス2台とトラックに追突されるという交通事故に遭い、恥骨のみ骨折と診断され、2週間ほど入院。入院中は医者が回診に来ては恥骨の辺りを触るが、来ないと寂しかったという。退院後は静養し、8月下旬仕事に復帰した。後に、フジテレビ系『森田一義アワー笑っていいとも!』で「恥骨骨折をした」と語る。その入院中にMEGUMIを懸命に看病をしたことから野田社長に認められたのがはるな愛である。
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