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諏訪野しおり(すわの しおり)
プロフィール
別名 新美茂子(本名)
諏訪野詩織
若葉しをり
新美みのり
新田まゆみ
白川綾音
生年月日 1971年8月13日
出身地 日本・神奈川県
血液型 A型
民族 日本人
瞳の色 茶色
公称サイズ(17歳時点)
身長 / 体重 157 cm / ― kg
スリーサイズ 78 - 65 - 85 cm
活動
ジャンル アイドル
モデル内容 一般
横浜市内の高校卒。デビュー当時の公表では、長野県生まれ。血液型はA型(AB型とする記事もあり)。公表された体型は12歳時で身長143cm、体重31Kg、B69-H58、17歳のときで身長157cm、B78-W65-H85cm。
趣味は、ジャズダンス少し、漫画、色々な人に会うこと。
今井美樹のファン。
好きなものは、歌手は松田聖子、スポーツは卓球と水泳、食べ物はステーキと果物。
自分の性格は「人に騙されやすい」。
最も名声の高かったのは「諏訪野しおり」時代。整った顔立ちと少女体型の美しいプロポーションの裸身で、当時の男性ファンの心をつかんだ。
1984年の最初の写真集『君はキラリ』が10万部を超える大ヒットを記録。その後数年間、ドラマ出演など活発に芸能活動をしている。
その後、「新美まゆ子」という名前の女性が1998年の年末ジャンボ宝くじ販売促進のため第19代「宝くじ幸運の女神」に一般公募の中から選ばれてキャンペーンを行った(当時のスポーツ紙などに掲載)。諏訪野しおりとは年齢が違うものの顔が若干似ていたため、諏訪野の妹、あるいは親戚だという説がある。更には諏訪野本人だという説もある。
1989年にいったん活動を中断した後、DJを志望して再開したらしい。2001年頃、AXNの番組でMCを務めていたことがあるという噂がある。このときは「新美まゆ子」名義だったと言われている。
芸能活動
芸能界入りは、劇団に入っていたところをスカウトされたのがきっかけという。
テレビドラマ
1985年、『もしも、学校が…!?』にレギュラー出演。悪役としての演技は光り、ファンも多かった。山本コウタロー演じる中学教師にイジメを受け、足にアルコールをかけられるシーンが有名。
1987年の主演作『母さんと呼びたい』では、離婚した父親と祖母と3人で暮らす女子中学生を演じた。その演技は芸能誌などでも取り上げられ、昭和末期の名作ドラマの一つとなった。
その後、学業上の理由で若干の休業期間を経たのち、1989年には『スワンの涙』に新田まゆみ名義で出演。これが最後のレギュラー出演作となった。この作品では、当時人気絶頂だった主役の宮沢りえに食われて、さほど話題にならなかった。
1989年12月に新田まゆみ名義で出演した『勝手にしやがれヘイ!ブラザー』第10話が最後と見られている。
映画
1986年、『落葉樹』で銀幕デビューを飾る。監督の新藤兼人は「若葉しをり」という芸名の考案者。主人公の子供時代の回想シーンに登場する姉の少女役を演じ、上半身の美しい裸体を見せた。彼女のヌードが見られるのは『君はキラリ』とこの映画だけである。
その後、新田まゆみの名で1988年には教育広報映画『三番線の約束』(今関あきよし監督)に主演、1989年には『グッドバイ』(加藤哲監督)に出演した。
グラビア
『週刊プレイボーイ』『べっぴん』『大海賊』『すッぴん』などの雑誌に写真が掲載されている。
1989年に引退するも、1992年には雑誌『DIME』のシリーズ記事「LADY WATCHING」に本名の新美茂子名義で登場。「夢を追いかけたいから再デビュー」「『胸も小ちゃい。普通の子でしょ』だから気になる21歳!」「…制服の似合う少女役でテレビドラマや映画に多く出演。が、17歳でなぜか引退。以来各方面からの誘いを断っていた。」などの副題・説明がついており、インタビューでは、芸能界で嫌なことがあったらしく高校卒業と同時に活動を一時停止していたこと、昔のことは辛いことが多く思い出したくないことなどを話している。
芸名
「諏訪野しおり」名を使ったのは少女時代のみ。グラビアでだけ使った名前が「新美みのり」(『週刊ヤングジャンプ』、1985年頃)、「白川綾音」(『週刊現代』1991年3月3日号)。「若葉しをり」名ではテレビドラマや映画に出演している。
なお「若葉しをり」活動当時は、彼女が人気モデル「諏訪野しおり」であったことは公にされていない。若干の休業期間後、1988年に「新田まゆみ」として再デビューしたとき、雑誌『大海賊』のバリ島ロケ撮影をきっかけに、諏訪野しおり時代の少女ヌードをも含む写真集「1500日のネットワーク」を発表(副題「写真集『君はキラリ』の少女が17歳の冬を迎えた」)、17歳の新田はヌードにならなかったものの、過去の「諏訪野」も「若葉」も自分であったことを吐露している。写真集「1500日」では、最初は「昔の写真をまた見せる」のが「恥ずかしいし、変な目で見られる」のではないか不安だったが、自分は「昔のことを言われてもあんまりよく憶えていないし、後悔もしていない」と述べている。
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