|
東原 亜希(ひがしはら あき )
higashihara aki
別名: 本名:井上 亜希
旧姓:東原 亜希
愛称: ひがが
あきあき
あき
ひがし
生年月日: 1982年11月11日
現年齢: 25歳
出身地: 日本・神奈川県横須賀市
血液型: A型
公称サイズ(2007年時点)
身長 / 体重: 165 cm / ― kg
スリーサイズ: B84-W58-H84 cm
ブラのサイズ: D
靴のサイズ: 24.5 cm
活動
デビュー: 2002年
ジャンル: タレント
他の活動: キャスター、グラビア、ファッションモデル
その他の記録
ベジタブル&フルーツマイスター
所属事務所はプラチナムプロダクション。
女性誌ファッションモデルからフジテレビの深夜格闘番組『SRS』の4代目格闘ビジュアルクィーンに抜擢され注目度が上がる。現在はバラエティ番組を中心に、司会、スポーツキャスター、グラビアなど多彩な活躍を見せている。
1982年11月11日、神奈川県横須賀市に生まれる。
2000年高校在学中に現事務所にスカウトされる。
2002年11月 2003年度のアサヒビールキャンペーンガールに選ばれる。
2003年 アサヒビールキャンペーンガールとして活動するほか、女性ファッション誌JJの専属モデルに就任。5月には長谷川京子の後を受け、フジテレビの深夜格闘番組『SRS』の4代目格闘ビジュアルクィーンを務め、注目を浴びる。
2006年5月 『SRS』卒業。引き続きフジテレビ『K-1ワールドグランプリ』のキャスター・レポーターに就任。藤原紀香、西山茉希とともに実況を務める。
2007年1月、フジテレビ系競馬情報バラエティー『うまなで〜UMA to NADESHIKO〜』のメインパーソナリティーに安田美沙子、今井りかと共に抜擢される。この頃よりバラエティー番組の出演が増加。(番組は有馬記念前日の放送をもって終了)
2008年1月、柔道家の井上康生と結婚
人物
趣味は格闘技観戦、料理、ゴルフ、読書、長距離ドライブなど。好きな食べ物はバナナ、たけのこの里[1]。
アニメの声優を務めるのが夢[2]。
家族構成は、サラリーマンの父、母、4歳上の兄、2歳上の姉。祖母が精肉店を営んでいる[3]。
一家揃って「名探偵コナン」のファン。「漫画一家」でもある。
ピアノ歴は15年ほど。
「東原亜紀」や「東原亜季」などと誤記されることが多い[4]。姓の「東原」を「ひがしはら」ではなく「ひがしばら」と誤読されることが多いため、自身のブログタイトルを「ひがしはらですが?」と付け、副題として「ひがしばらではありません」とわざわざ注釈をつけている。また、東国原英夫が知事になった後は、「ひがしこくばる」と間違われたり、「ひがしばる」などと読み間違えられることがあり、自分の名前を変えたいと公言している[5]。西原亜希と間違われ、「Suicaの子だ〜」と言われたこともあるとのこと。しかし、東原と西原は面識がない。
視力が悪いためコンタクトレンズや眼鏡を使用していたが、視力回復のため2008年の2月にレーザー手術を受けた[6]。
目標としている人物は藤原紀香や山口智子。藤原はSRSビジュアルクイーンの先輩であり、K-1実況で共に仕事をしていてプライベートでの付き合いも長く、トーク番組等で藤原とのエピソードを語っている。同じ事務所の若槻千夏、番組で共演回数が多い安田美沙子、格闘技ファンつながりの臼田あさ美とはお互いのブログで一緒に遊びに出かける様子などが頻繁に明かされ、バラエティーの海外ロケで仲良くなった千秋、ドラマ『CAとお呼びっ!』で共演した西田尚美とも親交がある。同じ事務所のタレントとしては、ブログにはこれまでに岩佐真悠子や木下優樹菜、高山都が登場。同じ横須賀出身の小泉孝太郎、上地雄輔とは幼なじみ。
2004年11月に、井上康生との熱愛が報じられた。2人の出会いは2003年『SRS』の世界柔道特集でのインタビューがきっかけであり、東原の一目惚れから交際がスタート。結婚願望が強く「28歳までには結婚したい」「将来は主婦タレントとして活動したい」[7]などと語っていたが、2008年1月15日午前、25歳で井上康生と正式に結婚(入籍)。2人で神奈川県秦野市役所に婚姻届を提出した後、井上の練習場である東海大湘南校舎柔道場で記者会見を行った。以後、タレント活動をセーブし井上の北京オリンピック挑戦を支えていたが、北京代表選出はならず、井上は5月2日に引退を発表。今後は井上がイギリスでの長期のコーチ研修を受ける予定があるため、東原もイギリスに移住する予定。
エピソード
この記事に雑多な内容を羅列した節があります。
事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか整理・除去する必要があります。
このタグは2008年3月に貼付されました。
デビュー以来男性誌でのグラビア活動はほとんど無かったが、2007年の写真集発売と前後して一部の男性誌で水着姿を披露している。
クイズ番組での正解率は高い[要出典]。
初めて買ったCDは観月ありさの曲。観月とは2006年、日本テレビの連続ドラマ『CAとお呼びっ!』で初共演を果たし大変感激したとのこと。
『SRS』の企画で空手道場に1日体験入門をしたとき、板割りとブロック割りに挑戦し、スタッフの予想を裏切り見事に割ってみせた。このときの映像は『ジャンクSPORTS[8]』で流された。
「公衆トイレでは、常に空気イス」とか「電車の吊革にさわれない」など極度の潔癖症で通っていた[要出典]が、『ライオンのごきげんよう』で「シーツは半年に一度しか替えない、バスタオルは3日に一度しか替えない」ということをカミングアウト。又「一年中こたつを出したまま」「世間体を物凄く気にする」などのエピソードを披露し、一同を驚かせた。
お笑い好きと公言しており、『M-1グランプリ』のDVDは全巻所有し、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』や『リチャードホール』、『人志松本のすべらない話』のファンでもある。最もお気に入りの芸人はケンドーコバヤシ。自身のブログで公言し、バラエティー番組で共演した際、必ず「ファンです」、「かっこいい」と好意を伝え、ケンドーコバヤシが司会の『Shibuya Deep A[9]』にゲスト出演した際には「好きすぎて仕事にならない」と語った。
中学生の頃はとにかく勉強に対しては真面目で、成績は4か5がほとんどだった[10]。
井上康生との交際は結婚前に「ジャンクSPORTS」や「うまなで」などで遠回しによくイジられていた。
25歳の誕生パーティーで若槻千夏にそそのかされ10杯以上もテキーラを飲みトイレで吐いてしまった[11][12]。
競馬におけるエピソード
2007年4月から12月までサンスポ紙面に競馬コラムを連載していた。
好きな馬はウオッカ。自身が馬券を買って初めて当たったのが同馬からの馬券。
『うまなで』の番組内企画でバランスボールゲームに勝った吉田隼人騎手にモーニング・コールをすることになり、寝起きドッキリの末にモーニング・コールをかける場面が放送された。東原は「今度は食事でも」と言い、吉田騎手はVTRで「早く起こされたけど嬉しかった」と答えていたが、番組キャラクターのうまなでさんから「実は吉田騎手は沢尻エリカが一番好み」と聞かされ、ショックを受けたと語っている。
DEATH NOTE伝説
「東原が本命予想で取り上げた馬は、たとえ1番人気馬であってもことごとく負けてしまう」という本人にとっては不名誉なジンクスがあり(2007年春シーズンは21連敗を喫しており、さらに本命に挙げた馬が3頭骨折している)、「本命キラー」と呼ばれ、東原が番組内で使用する予想フリップや競馬ノートは「DEATH NOTE (デスノート)」[13]と揶揄されて、競馬ファンのみならず競馬関係者にまで話題となる(後述)。
日本ダービー特集の放送でVTR取材に応じた武幸四郎騎手は、その前のヴィクトリアマイルで1番人気だったカワカミプリンセスが惨敗したことを引き合いに出して「亜希ちゃんが本命にしたから負けた」と発言し、それを確認した東原は日本ダービー予想の中に同騎手が騎乗するヒラボクロイヤルを急遽予想フリップに追加。この様子を番組マスコットのうまなでさんは「DEATH NOTEに書かれた」と表現し、「東原予想=DEATH NOTE」として広まる。結果は本命のフサイチホウオー共々惨敗したことから、関係者の間でも話題となり、後に宝塚記念特集の放送では、武豊騎手が「(自身の騎乗馬の)ポップロックには本命を打たないで欲しい」と発言。
2007年7月1日放送の『ジャンクSPORTS』に出演した際にこの東原予想が話題となったが、VTRで登場した後藤浩輝騎手や武幸四郎騎手に「カンベンしてください」と言われ、東原は「名前いっぱい書いてやりますから!」と発言。放送では、『うまなで』関係者と武幸四郎騎手ら騎手連で行った飲み会でも東原は武幸四郎騎手に無視されたと語っている。
宝塚記念まで20連敗を喫し、新聞のラテ欄には「東原20連敗」と不名誉な見出しが付いた。
25歳の誕生日であった2007年11月11日の「第32回エリザベス女王杯」において、ダイワスカーレットを本命に、気になる馬にフサイチパンドラを挙げ、2頭が見事ワンツーフィニッシュして、番組開始以来の競馬における連敗記録を38でストップ。誕生日に花を添えた。
だが『うまなで』はわずか1年で終了。さらには9月から出演していた『SUPER KEIBA』も2007年いっぱいで終了したが、個人的には今後も競馬ファンは続ける旨を明かしている[14]。
|