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別れのブルース 藤浦 洸
窓を開ければ 港が見える
メリケン波止場の 灯が見える
夜風 潮風 恋風のせて
今日の出船は どこへ行く
むせぶ心よ はかない恋よ
踊るブルースの 切なさよ
< エッセイ >
昭和11年 2・26事件
日独防共協定調印
昭和12年 上海事変開始
国民精神総動員体制
「別れのブルース」が流行した昭和12年ころはこのような時代で
あった。
代用品生活、配給、パーマネントはやめましょう、日の丸弁当
奨励、国民服・もんぺ姿。
今でも右翼の街宣車で声高く歌われている「出征兵士を送る歌」
のような軍歌で国民精神が高められていた背景にあって、何の
へんてつもない恋歌「別れのブルース」の意味がきわやかにたって
くる。
娼婦か女給が本気で一夜限りの外人マドロスに恋をする歌は
淡谷のり子によって、いやがうえにも退廃的に、そして彼方への
憧憬を込めて歌われたのに違いない。
執筆 阿木津 英
歌人 福岡県生まれ
* 写真 横浜港に面した赤レンガ倉庫
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中島みゆきの伝言板
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おはようございます。
戦争へと向かっている時代
繰り返してはいけないことですね。
ナイス☆
2013/9/29(日) 午前 9:00
別れのブルースは随分昔の歌だったのですね。なのに、私の心の中では別れのブルースが色褪せていないのは、どうしてなの?
2013/9/29(日) 午後 11:41
ロベリアさん
おはよ〜ん。政府よりも軍部が強かったこの時代。もちろん私もまだ生きていませんでしたが。この歌は歌い継がれてきたのですね。
ナイス感謝します。
2013/9/30(月) 午前 8:29 [ 翠はるかに ]
わくわくさん
おはよ〜ん。遠い昔の歌でしたね。私もまだおなかにもいませんでしたが、この歌は日本国内よりも満州から流行りだした歌です。
奇妙に震える淡谷のり子の歌は、印象的でした。
2013/9/30(月) 午前 8:38 [ 翠はるかに ]
こんばんわ〜
コメントありがとうございます
私も県央です
いい陽気の神奈川の夜です
冬の足跡も間もなくです
2013/9/30(月) 午後 9:38 [ こもれび ]
コメントありがとう♪
この歌大好きです(^^)♪
横浜にも赤レンガ倉庫が残ってるんですね♪
♡ナイス!☆(^0^)☆♪
2013/10/1(火) 午前 8:15
こもれびさん
こんばんは。そうでしたか、お近くなのですね。
今までは、江東区まで仕事に行っていましたが、現在の職場は本厚木です。麻溝公園など散歩コースです。これからもよろしくね。
2013/10/4(金) 午後 8:16 [ 翠はるかに ]
コスモスさん
こんばんは。
以前の職場が県警でしたので山下公園は散歩コースでした。
赤レンガ倉庫は改装され、内部はレストランになっています。
外装は昔の儘ですね。
ナイス感謝します。
2013/10/4(金) 午後 8:22 [ 翠はるかに ]