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  大型のGWも終わり、平穏を取り戻した頃、みかんの花咲く丘を訪ねるため、
静岡県伊東市に向かいました。
 皆さんご存知の童謡『みかんの花咲く丘』は、昭和21年8月25日、伊東市
内の小学校とNHKとの戦後初めての二元放送において、川田正子さんの
歌で発表されました。
 
 『みかんの花』の咲いている丘から、はるかな青い海に浮かぶ、かすんで
見える船と島を眺めながら優しい母親への懐かしい想いを表現しているこの
歌は、伊東駅から車で5,6分の高台にあるホテルで生まれました。
 
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                                                                                                                                         作詞家は、ここ伊東市生まれの加藤省吾。作曲は海沼 実が担当し
ました。終戦後とはいえ、まだまだ電話は普及されていない時代。
 この歌を聴いた反響は大きく、たくさんの視聴者の声がNHKに寄せられたそう
です。
 
 
 写真1  伊東ホテル聚楽のトロピカルガーデンにある童謡の歌碑
 写真2  ガーデンに植えられているみかんの木
       ちょうど5月の開花時期だったので白い花を<パチリ!> 

転載元転載元: グランパストーリー

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かなしさは
 
きみ黄昏のごとく去る
 
 
     富澤 赤黄男
     (とみざわ  かきお)
 
 
  エッセイ    執筆  青木健
 
 富澤の句集『天の狼』は40歳の時の句集。30代半ば以降の句を集めたもので
 
まさに「青年の歌」の落日を飾るものがこの句である。
 
 掲出の句は,「静けさは きみ曙のごとく坐る」と対になった句で、富澤がこの
 
二つの句でうたおうとしたのは、女と一緒にいるときの静けさと女と別れる時の静けさで
 
あったろう。
 
 だからこの句は別離のうたではない
 
 女とともにいたいという男の欲求をうたったのである。
 
女の存在を灯明のようにして生きるという恋愛のかたちがここにはある。
 
 女の不在が男の視力を失わせるのである。
 
 
 ≪ 富澤 赤黄男 について ≫
 
 1902〜1962、愛媛県生まれ 俳人
 
 早稲田大学卒業後国際通運(現在の日本通運)に入社、その後故郷へ帰り
 
国立第二十九銀行(現伊予銀行)へ入行。 (上記写真参照)
 
 色彩感覚に富んだ自由律句を連打した。
 
 
 
  参考     日本の恋歌 3  中島みゆき編
            (株) 作品社  1986年2月
 

転載元転載元: グランパストーリー

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