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前回のお話は、横浜本牧まで
春を探しに行ったとき、立ち寄った三溪園
で、百年前の開園当初、初音茶屋で麦茶
などが用意され、芥川龍之介やインドの詩聖
タゴールも自由に飲んでいたところまででし
たね。
今日はその続きです。。
御用とお急ぎでない方は、見ていってね。
内苑の梅 (2月20日現在)
明治41年、実業家だった原 三渓が知人を私邸に招いて観梅会を開いたという。
今年の観梅会は2月11日から本日(3月4日)までで、この後の三溪園は、さくら、
やまぶき、うのはな、あじさいと花暦が続く。。
≪ 詩聖 ラビンドラナート ・ タゴール ≫
誕生のはなし
坊やがききます。
「ぼくはどこからきたの
お母さまは僕を どこで拾ってきたの」
母は半ば泣き、半ば笑って
坊やを胸にだきしめます
「私の心の奥深く希望のように
あなたはかくれていたの。」
永久の私の願いに
私の愛すべてに
私の母の、また祖母の いのちのなかに
古くから伝わるわが家の
守り女神のみ胸に どれほど長く
あなたが隠れていたのか だれにもわからない。
まだ少女だったころ
私の心は花ひらき
あなたは その香しい匂いの中にいて
私の若き四肢に
あなたの やわらかな
愛らしさを わけてくれて いたのです。
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2013年09月18日
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萌ゆる恋の第5回目は、宮城県生まれの女流歌人『原 阿佐緒』の短歌を
タイトルにしました。
【 原 阿佐緒 】
君とゐて わが生ままくの 子を欲しと
思ふ日のあり 悲しき極みに
【 解説 】
東北大学教授・石原博士辞職す、病気職に堪えずの裏に女流歌人・原 阿佐緒
との道ならぬ恋ーーーー大正10年7月30日、大きく全国紙に報じられた恋愛事件
は一大ニュースとなる。
日本で唯一の相対性理論の権威である博士は、41歳。
妖艶なる美貌のスター阿佐緒は34歳。
二人にはそれぞれ子女がいたが、二人は千葉県保田の海辺に愛日荘なる愛の巣を
かまへ、世間をへだてた。
大正12年9月関東一円を大震災が襲うが、大震災の惨状もどこに、愛日荘
の愛の日々は静かに続いた。
この蜜のような愛は永遠に続くかに見えたが、阿佐緒は、女である前に二人の
男児の母であった。
昭和3年秋、「今こそ私は二人のわが子と、老いた母の許へと・・・・・・・」
忽然と愛日荘を飛び出し、阿佐緒は北へ向かう車中にいた。
(エッセイ 執筆 正津 勉)
おしまい
画像は友達の雅さんからお借りしました。
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