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(けんれいもんいんのうきょうのだいふ)
夕日うつるこずえの色の
しぐるるに心もやがて
かきくらすかな
平家の没落はまた、平家の女たちの
没落の物語でもあった。
右京大夫は、平重盛の娘である
建礼門院徳子に仕えていた。
治承元年のころ、二十歳過ぎの大夫は藤原隆信という当時のプレイボーイ
に身を任せた。
当時のごく普通の恋愛であったが大夫は十七歳の平資盛からも
言い寄られた。
資盛は篳篥の名手でもあり、大夫の心は躍った。
篳篥(ひちりき)の連弾をした日の夕べ大夫は狭い網代車の中で弟のような
平家の公達と一緒だった。
資盛のことを思い始めた大夫の目にはこずえの色がしぐれによって
褪せ、暗く成りゆく時分の景色が悲しく映っただろう。
資盛はやがて壇ノ浦で大夫のおもかげを抱きながら海に散った。
後になって、歌を蒐集していた藤原定家から大夫は昔の歌を送るよう
要請され、老尼になっていた大夫は定家の熱意に触れ、歌をまとめて送り
この恋愛のエピソードが織り込まれた『建礼門院右京大夫集』が
日の目を見ることになる。
< 解説執筆 > 井坂 洋子
美貌の詩人のほまれ高い
<出典> 日本の恋歌 吉行和子 編より
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青春を詩歌で旅する
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前回のお話は、横浜本牧まで
春を探しに行ったとき、立ち寄った三溪園
で、百年前の開園当初、初音茶屋で麦茶
などが用意され、芥川龍之介やインドの詩聖
タゴールも自由に飲んでいたところまででし
たね。
今日はその続きです。。
御用とお急ぎでない方は、見ていってね。
内苑の梅 (2月20日現在)
明治41年、実業家だった原 三渓が知人を私邸に招いて観梅会を開いたという。
今年の観梅会は2月11日から本日(3月4日)までで、この後の三溪園は、さくら、
やまぶき、うのはな、あじさいと花暦が続く。。
≪ 詩聖 ラビンドラナート ・ タゴール ≫
誕生のはなし
坊やがききます。
「ぼくはどこからきたの
お母さまは僕を どこで拾ってきたの」
母は半ば泣き、半ば笑って
坊やを胸にだきしめます
「私の心の奥深く希望のように
あなたはかくれていたの。」
永久の私の願いに
私の愛すべてに
私の母の、また祖母の いのちのなかに
古くから伝わるわが家の
守り女神のみ胸に どれほど長く
あなたが隠れていたのか だれにもわからない。
まだ少女だったころ
私の心は花ひらき
あなたは その香しい匂いの中にいて
私の若き四肢に
あなたの やわらかな
愛らしさを わけてくれて いたのです。
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