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大会の終えるごとに強くなれる、そんな気がします◎
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「日光街道4宿の総鎮守 第3弾〜草加宿編〜」です!!今回は「草加神社」がテーマです♪

ところで草加は、ランナーとしての自分に“努力の意味”と“悔しさ”を教えてくれました!!
あ〜これは前書きが長くなるパターンですね(苦笑)

「努力の意味=意味なんてない。向上心があるなら努力は当たり前」と強い方なら思うことでしょう。しかし、自分は弱い人間なので、「努力=人間の存在理由」くらいにしか思っていませんでした。。

努力したって報われないこともある。でも努力しなきゃ生きている時間が無駄になる。だから何かのために努力し、“意義ある時間”を手に入れる。。

そう思っていました。。去年の「草加市陸上競技選手権」に出場するまでは――。

この大会は草加市の市民体育祭ですが、何故か市民ではない自分も出場しちゃいました(笑)

自分の声かけに応じた高校時代の仲間で「OBチーム」を結成し、「団体戦的なことをしようぜ」となったわけです。

それで偶然この大会を知った自分がチームに知らせ、出場することになったのです!!当時の春の目標は・・

「草加で全員(3人)入賞!!」でした☆

キャプテンは自分で、マネージャーも自分。そのため団体エントリーの手続きも自分が行いました(笑)そこで「裏方も面白いかも」と思いつつ。。

さて、過去の成績を調べていると驚きの新事実が・・!!なんと!自分、普通に走れば入賞出来る大会だったのです(・_・;)

そこで7月頃から自分は「メダルを獲りに行く」と豪語しまくっていましたね(笑)大学でも普通に豪語していました(;一_一)

8月までは1500mのみに出場しスピードを磨き、夏休み中は荒川で走りこみました☆

高校時代、「暑いから」と夏は短距離練習しかしなかった自分が初めてこなした“夏の長距離練習”。この時に追い込みすぎて秋にはそれなりに大きな故障をしてしまうのですが・・それほど、当時は燃えていました!!と言っても去年の話ですが・・。

本当、心の中は「これじゃあメダルは獲れない!!」の思いでいっぱいで一人でカリカリしていました。。

あまりにカリカリしすぎて大会前日は家出もどきをしてしまったりしましたが・・・努力の甲斐あって、奇跡的に金メダルをゲッチュ♪

ダウンをしていて表彰式に気付かなかったアクシデントもありましたが、ここで初めて「狙って獲った金メダル」を得ることが出来、「努力って報われる時もあるんだな。というか報われる時のために努力をするんだ」と思えました!!

因みに1人は100mで6位入賞、もう一人は都合により不参加でした。。帰り道、自分ら2人は無駄に笑ってましたね・・・(苦笑)また、「俺、来年5000mの連覇と100mのメダル狙うわ。12秒前半なら余裕♪」と調子に乗っていた自分ですが・・・

今年は日程の都合により、不参加に終わりました・・。唯一のチーム戦が。。

でも仮に今年も走れていても、銀メダルか銅メダルでしたね。今年の優勝タイムは自分のベスト以上でしたから。

100mは出たかったです(笑)

まあ、レベルの低い大会でしたが・・・おかげで価値観が変わりましたし、自信もつきました☆大学の陸上仲間や高校時代の仲間にも祝福してもらえましたし、この時が人生のピークでした・・(笑)

一方、同会場では“悔しさ”も味わいました。。

「草加ふささらマラソン」という大会が今年限定で開催され、自分は3kmにエントリー。縁起のいい競技場でしたので入賞を狙っていたのですが・・・11秒も離されました・・。

確かに数日前まで胃腸炎を患っていたのは事実ですが、負けは負け。。

「この悔しさは来年、入賞という形ではらす」

付き添いに来てくれた友人に誓いました。あ、来年は従来の「市民ロードレース」として開催されると思います。

一応、自分らOBチームも最後の団体戦として参戦予定です!!チーム目標はまだ決めていませんが、個人的には必ず入賞します!!

来年は必ず、リベンジします!!!

・・・やはり長くなりましたね(苦笑)でもおかげで再び自分の“ランナースピリット”に火が着きました!!筋トレしたい気分です☆


さて、ここから・・本当にここから、草加神社トークをかましていこうと思います♪
今度は“歴史学科の学生”として(・o・)

まずは祭神から。祭神は「スサノオ」とその妃神「クシイナダヒメ」の2柱の神です!!その他に配祀神として「大国主」「国常立命」「イチキシマヒメ」「応神天皇」「保食命」「猿田彦」「菅原道真」が祀られています。

個人的に気になったのがカタカナで示している「イチキシマヒメ(市杵島姫)」です。前振りが長かったので詳しく書けませんが、いわゆる“水神”です。確か・・・厳島神社の祭神だった気がします。。
曖昧で申し訳ないです。。

この神社は本来、氷川神社だったんです!スサノオを祀る小さな祠が始まりと言われています。

享保2年(1717)に正一位を授与。明治6年(1873)に村社に列し、同40年(1907)に市内の11社を合祀。そして・・同42年(1909)に社号を「草加神社」と改めたのです♪
比較的、新しい神社ですね(^_^;)

因みに合祀した11社は・・・

○神明宮(神明)
○神明宮(西町)
○八幡宮(高砂)
○日枝神社(吉町)
○天神社(苗塚町)
○胡録神社(神明)
○氷川神社(草加)
○氷川神社(西町)
○稲荷神社(神明)
○稲荷神社(西町)
○稲荷神社(松原)

です☆( )内は地名です(^^♪

因みに本殿は二間社流造りです!!
拝殿・手水舎の彫刻は幕末のものだそうです。

見事な彫刻も見れますので、是非、足を運んでみて下さい♪

いや〜草加だとついつい熱くなっちゃいます.。o○自分にとっては学業・陸上の両面で大事な土地ですから♪

それでは、これにて失礼します☆

大会当日の朝ですが・・・「日光街道4宿の総鎮守 第2弾〜越ヶ谷宿編〜」いきます!!

久伊豆神社ですが、創建が不詳ですからね・・。本社も玉敷神社だという証拠もないですし、リアルに謎な神社です。。

卒論で思いっきりぶつかっているので、困りつつ燃えています(笑)

え〜っと・・春日部の時と同じで申し訳ないのですが、越谷もつい最近フィールドワークをしてきてしまったので、過去の投稿記事を参照していただけると嬉しいです♪

というか草加も千住もこんな感じで“過去+α”でいこうかと(・_・;)

あ、とりあえず過去の参拝譚を・・

↓↓↓↓↓↓↓↓↓

http://blogs.yahoo.co.jp/aero4_star/5071857.html

あと大沢総鎮守の「大沢香取神社」と「天嶽寺」、「埼玉とスサノオ」について(?)書いた記事はこちらです・・

↓↓↓↓↓↓↓↓↓

http://blogs.yahoo.co.jp/aero4_star/5096675.html

それでは、「+α」のお話をさせていただきます!!

まず、神門について。この越ヶ谷久伊豆神社の神門は「立葵」と呼ばれるもので、珍しい神門であります!“葵”の時点でお気づきかと思いますが、徳川将軍家が許さないと使えない門所です☆

実はこの神社とお隣の天嶽寺は、葵3代(家康・秀忠・家光)が鷹狩の時に寄っていたという、由緒正しき寺社なのです(・o・)

近く(元荒川沿い)に「越ヶ谷御殿跡」の石碑がありますが、ここが鷹狩の際の拠点だったとのこと。確かに近かったです♪

これは自分の推測ですが、久伊豆神社の正体は土師氏が造った「氷川神社」なのかな、と。

関東最古の鷲宮神社には、武蔵国造と土師氏の祖であるアメノホヒが祀られており、「氏神」的な性格を持っていたのでしょう。因みに鷲宮は「土師宮」のなまりと言われており、土師氏とは間違いなく関連があります!!

氷川神社の創建理由はおそらく、「荒川の反乱を鎮めるため」。「荒れるから」荒川ですからね。出雲出身の武蔵国造は、出雲に流れる斐伊川と荒川を重ねたのだと思います。

それにスサノオが倒したヤマタノオロチの正体は“斐伊川の反乱”であるとする説もあり、「荒川の治水」が氷川神社(スサノオ)と関わってくることは確実かと。

しかし、暴れ川は何も荒川だけに限らず、特に川の多い武蔵国にとって水害は避けられぬ敵――。

そこで土師氏はこう思ったのではないでしょうか。

「ここは出雲の王、オオクニヌシ様を祀ろう」と。

それが久伊豆神社なのかな、と思っています!岩槻の久伊豆神社は土師氏の創建と聞きます。自分はここが本社なのではないか、と信じてやみません!!

“水郷こしがや”に建てられたのもそういう理由かと。いわば久伊豆神社は氷川神社の子供的存在。というか、実際に祭神での関係は親子ですからね(^_^;)

武蔵の3つの信仰、氷川・久伊豆・香取。香取に関してはお隣千葉の信仰の影響を受けたのでしょう!
純・武蔵産は氷川と久伊豆だけだと思います☆

これから史料集めですね!!あ、その前に・・・6時間後には現地入りではないですか!!マジでこれが、大会当日の朝にすることかよ・・(笑)

あ、越谷は将軍家に限らず皇室とも所縁がある土地でして、梅林公園の隣にある「宮内庁埼玉鴨場」は有名ですよね!!名物には“越谷ねぎ”もあるので、「越谷の鴨ねぎ」をアピールしているのだとか。

鴨が可愛そうですが。。

「鷹」狩に、「鴨」場・・・。野鳥の森もありますし、“鳥との関係性”も見逃せませんね!!川だけじゃないんです(笑)

そういえば・・今年の元旦ですが、越谷を走りました(;一_一)

「越谷市元旦マラソン」

という大会に友人と出場したんですね。5kmを楽しく、越谷にて“走り初め”をさせてもらいました(笑)・・楽しくというか、最初っから先頭争いをして、普通にガチでしたが(>_<)

その時、市役所が発着でしたので、近くの元荒川の土手にてアップしたんですよ。

いや〜寒かったけど気持ちよかったです!!空気も綺麗ですし、芝の感覚が◎

いつもの練習コースである荒川に比べて、田舎っぽさは否めませんでしたが・・それがまた良い!!(笑)

そうそう、久伊豆神社ですが、毎年5月の「藤まつり」で有名です!!いつもと違った久伊豆を見られることでしょう♪

朱塗りの社殿が実に華麗な社ですので、是非!!足を運んでみて下さい♪

それでは自分は・・今日のレースの想定でもします!!いまいち緊張感に欠けていますが・・・故障の悪化だけは防ぎたいと思います☆

後ほどレースの方向もしますので宜しければご覧ください!!疲れていたら夕方ころですかね(苦笑)

ではでは☆頑張って走ってきま〜す☆

今年の5月4日のこと。自分は初めて春日部市の土を踏みました。

「春日部大凧マラソン」(5km)に出場するためです☆

大学3年目にして初の“5km”(ロード)でした。大学初の“5000m”(トラック)は2年目にもう経験済みでしたが、「トラックは5000mまで。ロードは10kmから」というステレオタイプがあったので、3年目にして大学デビューとなったのです。

ある意味「デビュー戦」でしたので、あの日のことは今でも覚えています―――。

5時55分に携帯からグリーンさんの「刹那」が流れ、起床。大会前恒例の“餅”を食し、いつものストレッチをして気持ちを高めました。。

・・・このままだと想い出トークになってしまうのでここで切りましょう(苦笑)あ、結果はですね、ベストに遠く及ばない・・・

19分10秒(グロス)

19分05秒(ネット)

というものでした.。o○

それでは本題に入りましょう!!
粕壁宿の総鎮守である「春日部八幡神社」について語っちゃいます♪

と言っても2日前に書いちゃったんですよね。。あ、その時のURLはこちらです♪

↓↓↓↓↓↓↓↓↓

http://blogs.yahoo.co.jp/aero4_star/5141752.html

・・・正直、企画ミスな感じが否めませんが、、とりあえず前回書けなかった“春日部氏”について触れてみますか☆

春日部氏は大井(品川区ですね)氏と同族なんです。大井氏の祖は大井実直ですが、嫡子(長男)が渋谷氏の養子となったため、次男の実春が大井を継ぎ、その兄弟たちはそれぞれ開発地を求めて分かれ、その移住地の地名を冠して・・

品河(川)清実

春日部実高

潮田実元

堤実能

と名乗りました☆春日部とか一人だけ埼玉で浮いていますがスルーですね(笑)

因みに史書への初登場は『吾妻鏡』です。あ、鷲宮神社もそうですね♪
それによると、元暦2年(1185)3月の壇ノ浦の合戦に春日部兵衛尉(実高か)が参戦していた模様。土佐国の御家人“夜須行宗”の勲功の証人となっております♪

他にも鎌倉幕府を支えていた証拠が残っており、軽く挙げますと以下のような感じになります☆

○源実朝・九条頼経&頼継に供奉

○畠山重忠への追討軍として参戦(大井氏一族も)

○実朝暗殺時に後列に従っている

○鶴岡八幡宮での放生会に春日部実景、招かれる(子である次郎兵衛尉、流鏑馬役の射手を務める)

意外と実績あります♪因みにこの次郎兵衛尉は寛元4年(1246)の“年頭の弓始”でも射手を務めました!!相当な腕だったんでしょうね〜。。

そんな春日部氏も滅びるときがやってきます。栄枯盛衰、形あるものは必ず壊れるのです。。

世に言う宝治合戦――。時は宝治元年(1247)6月5日、北条時頼と安達氏の軍が名門・三浦氏を滅ぼしました。
総大将・三浦泰村は同士・一族とともに頼朝法華堂にて自刃。

この時、春日部実景とその子ら(嫡子・太郎、弓上手の次郎も・・)もここで壮絶な最期を遂げています。

ここに春日部氏の嫡流は途絶えました・・。この時代では当たり前でしょうが、義を貫いた武士でした。。

と言いつつ、嫡流は滅びても各地に所領を持った春日部氏は残っているわけで・・

南北朝時代でも“春日部魂”を見せつけてくれます!!『太平記』によると、春日部時賢は新田義貞と共に行動していたらしいのです♪

しかし新田といえば・・・

そう、足利尊氏との壮絶な闘いに末、敗れる武将です。。

最期まで主君に尽くすのは鎌倉時代と変わらず、京都・鷺の森で落命・・。

後世を生きるものとして「主君を選べよ・・」と思いますが、それも運命なのでしょう。それより最期まで着いていく春日部魂、熱いっす・・!!そこは見習いたいですね(^^♪

最後に春日部八幡神社の造営者である春日部重行についてまとめます♪

後醍醐天皇に近い武士であったようで、天皇妃の「安産祈願」も行っていたようです!!

前回の「参拝譚」で触れましたが、春日部八幡は「安産祈願」が元になっています。
“応神天皇と神功皇后の関係”からと参拝譚では書きましたが、“重行説”もありですね☆

あ、この重行は春日部郷の地頭職を安堵されています。

しかし「畳の上で死ねない」のが春日部氏なのでしょう。。詳しくは分かりませんが、“戦死”したものとされています。。

この重行ですが、同市にある「最勝院」に眠っています!!

その後の春日部氏ですが、南朝側に着き戦い続けたようです。伊勢国で春日部判官高貞が討たれて以降、不明です。。分かるのは越後の長尾氏の支配下に置かれていたということだけです・・。

もしかしたら戦国時代も上杉軍ににでも加わっていたかもしれませんね(・o・)

あ、春日部八幡の造営者が「時賢」と「重行」の2パターンあることを疑問に思たのですが・・

同一人物の可能性があるそうです・・・By 春日部郷土資料館さま

とにかく熱さを感じましたね!!常に癒しを求めている自分が恥ずかしいです・・。彼らみたいに常に戦い続けないと、強くはなれませんよね・・!!

お〜最高に長くなりましたね(>_<)

とりあえず、このようなところで「日光街道4宿の総鎮守 第一弾〜粕壁宿編〜」を終わりたいと思います☆最後までお付き合いいただき、ありがとうございました☆

来年3月23日、久喜市・菖蒲町・栗橋町・鷲宮町が合併し新“久喜市”が生まれます!!

そんな久喜市ですが、来年の7月に足を運ぶことになりそうです★

というのも、卒論で「氷川信仰」を扱うことにしたのですが、その氷川神社の御祭神であるスサノオと久喜は関連があるのです!!

久喜には“関東一”と称される「提灯祭り」があります。毎年7月12・18日に行われているようで、“天王様”と呼ばれています!また、「けんか祭り」とも呼ばれているそうで・・・実に激しい祭りのようですね(^^♪

この祭りは「八雲神社」のものであり、この社の御祭神がスサノオ様なのです♪
因みにこの神社は元来、「天王宮」と称されており隣接の曹洞宗「天王院」の別院として祀られたところ、明治6(1873)年3月、現在の八雲神社と改称したそうです☆

全く関係ないですが、自分が在籍している大学は曹洞宗のため、なんか身近に感じます(笑)

また、八雲神社の本社は「祇園祭」で有名な京都の八坂神社であり、この提灯祭りも祇園際の影響を受けているように思われます。

ただ、祇園際は“御霊信仰”に基づいた「対・疫病」が根底にありますが、この久喜の提灯祭りは違うようです。

というのも・・浅間山の噴火により作物が全滅し、それによる不安・生活苦を和らげるために生まれた祭祀だそうで!
つまり、豊作祈願がこの祭りの根底にあるようです☆

また、八雲神社の名ですが、“八雲立つ出雲”というスサノオの言葉(詩)に由来しているものと考えられます!!

この祭りの特徴は、山車の高欄の上に、市内の各町がそれぞれ町の人形(守護神?)を飾ることです(^O^)/ここは祇園っぽいですよね♪

この人形ですが、スサノオの他に武内宿禰・神功皇后・織田信長・日本武・神武天皇が存在します!武内宿禰と神功皇后は住吉大社の御祭神、もしくは新羅征伐で有名ですね.。o○

一時はここも卒論候補でしたが、関東人ということで氷川神社にしました。でも2年の頃から調べていたので・・・住吉についてやりたいという思いも未だに残っています。。

そうそう、夜になると山車に提灯を500個もつけて巡るらしいですよ!!写真でしか見たことがないので、来年、生で見られることを楽しみにしています♪

これも1つの“スサノオ信仰”ですので、氷川信仰との対比に使いたいと思っております☆

それでは、これにて失礼します☆

本日はとある企業のセミナーに行く予定でしたが・・正直、考古学は苦手中の苦手ですので「まず単位をとること(卒業)が第一」と思い、行くのを辞めました。そのため、これから授業に向かいます!

というか、来週までは就活を一端おさえます。正直、この時期はガイダンスしかやらないみたいですしし・・卒論の課題発表とテストも重なり、セミナーに2時間以上も使うのはもったいない状態ですので。。

ところで現在、古代エジプト史の授業で「ベス神」について学んでいます。先生によると「ベス神はユーラシア大陸における“変わった神”の原型だと考える」そうです!

横から描かれることの多い古代エジプトの神々の中において、ベス神は何故か前から描かれている。このことから「本当にエジプト産の神か」という疑いもあるようですが・・・。アフリカ説が有力な感じですかね.。o○

今回のテーマとはそれるので詳細は書きませんが、とにかく不思議な神様なのです☆

先生の「ユーラシア大陸における〜・・」という説を聞き、ふと思ったことが、

「日本の猿田彦もベスの影響を受けているのか??」

ということです!!

以前、鷲宮神社について書きましたが、今回は同じ鷲宮でも“催馬楽神楽”と交えて述べたいと思います♪

埼玉県北葛飾郡鷲宮町。ここは鷲宮神社の門前町として知られていますね☆
この神社に伝わる催馬楽神楽は正式には「土師一流催馬楽神楽」といいます。

昭和51年5月4日に国の重要無形民俗文化財に指定されています♪

「外」・「番外」を除くと第12座まであるこの神楽は、ほとんどが『記紀』の神話を題材にしており、関東神楽の源流と称されています!

この催馬楽神楽について詳しく学びたい方は「鷲宮町立郷土資料館」へ足を運んでみて下さい!!お面も展示されていますよ!!

鷲宮神社も結構大きい神社ですので、お勧めスポットです☆
ただ、変なアニメ信者がいますが・・・別に襲ってくるわけではないですからスルーの方向で(笑)

そうなんすよ!このアニメのせいで、自分、絶対に誤解されましたから!!まあ、「どんなアニメだろ?」と思って検索した自分も自分ですが・・・(;一_一)

まあ、そこはどうでも良いですが(笑)、この神楽の第4座は「降臨御先猿田彦鈿女之段」というものです。
要はアメノウズメとサルタビコのお話ですね♪

日本古代史を学ぶ者として1回は見てみたいです。

このサルタビコですが・・・異形の神ですよね。イメージとしては・・・猿というより天狗ですか?

その点はベス神と共通しますよね。
さらにベス神は猿を抱いているパターンがあります。

確証は全くないですが、「なんか似ているなあ」と思いますね(^◇^)

もう家を出る時間ですので、とりえずこれにて失礼します☆
ちょっとでも進展があれば続編を書くつもりです(笑)

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