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<福島第1原発>収束いまだ見えず 事故から半年 毎日新聞 9月9日(金)2時23分配信 3基の原子炉が同時にメルトダウン(炉心溶融)するという未曽有の事態に陥った東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)。世界最悪「レベル7」の事故は、半年を経ても放射性物質の放出が止まらず、現場では被ばくの危険と隣り合わせの作業が続く。終わりが見えない原発事故の半年を振り返った。 ◇水との闘い、壁に 半年の収束作業は「水との闘い」の連続だった。今なお、最大の課題となっている。 水は、核燃料を冷やして再臨界を防ぐと同時に、放射性物質を閉じ込める作用もある。1〜3号機では全電源喪失から冷却水の供給が止まり、原子炉内が「空だき」になった。燃料棒と炉水の化学反応で水素が発生、水素爆発が起き、原子炉建屋が壊れた。 事故当初は、核燃料を冷やすため、あらゆる手段で原子炉や使用済み核燃料プールに水が注ぎ込まれた。自衛隊ヘリ、消防の放水車、コンクリートポンプ車などがかき集められ、海水を注入し続けた。一方でこの水は放射性汚染水となって、格納容器の損傷部分、配管などから漏れ出した。 3月末、1〜3号機の原子炉建屋から海につながるトンネル状の穴で、放射性汚染水が見つかった。原子炉内の水の約4万倍という高濃度。応急処置により流出は止めたが、原子炉への注水を続ける限り汚染水は増え続け、あふれることが確実になった。「(高濃度汚染水に対応する)知識を持ち合わせていない」。内閣府原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長がこう漏らすなど、想定外の事態へのもろさが露呈した。 判明しているだけで、海への流出は2回。経済産業省原子力安全・保安院によると、1度目は4月1〜6日に2号機から520立方メートル、2度目は5月10〜11日に3号機から250立方メートル。流出を防ぐため、敷地内のタンクを総動員して汚染水を移動させる「玉突き」作業に追われた。環境への影響が比較的少ない低濃度の汚染水約1万立方メートルを海に放出、事故と関係ない建物もタンクとして代用したほか、1万立方メートル収容できる人工浮き島「メガフロート」を買い取り、原発まで運んだ。 一方、4月に東電が発表した事故収束のための工程表には、格納容器を水で満たして炉心を冷やす「冠水(水棺)」計画が盛り込まれた。冷却の切り札と頼んだこの手法も、予定水位になかなか達せず、5月の解析で格納容器に穴が開いていることが判明。計画は中止に追い込まれた。汚染水はさらに増え、8月末時点で、1〜4号機の原子炉建屋・タービン建屋内に約9万立方メートル、その他も含めると約11万3000立方メートル(ドラム缶換算で約57万本)に上る。 代替手段として、汚染水から放射性物質を取り除き、原子炉の冷却に再利用する「循環注水冷却」の構築が新たな目標となった。この手法は冷却しながら汚染水をこれ以上増やさない利点がある。 循環注水冷却のための汚染水浄化システムは、米キュリオン社、仏アレバ社など複数の装置を組み合わせたもので、6月に本格稼働した。東芝などによる除染装置「サリー」を追加するなど処理能力向上を図るが、装置の一時停止や、総延長4キロに及ぶホースからの水漏れなど小さなトラブルは8月中旬までに32件発生。システムの安定運転は、原発から20〜30キロ圏内の「緊急時避難準備区域」の解除要件にもなっているが、予断を許さない状態が続く。 榎田洋一名古屋大教授(原子力化学工学)は「事故後の汚染水に対する備えや想像力が貧困だったことを反省しなければならない。除染システムの稼働率の見込みの甘さは、原子力技術全体への信頼感を失わせてしまった」と指摘する。 ◇作業員 被ばくと疲労 「誰も経験したことがないような現場。建屋上部のがれきが落ちてこないかと、怖さと疲労を常に感じていた」。収束作業に当たる東電社員(44)は4月以降、約1週間の作業を5回経験し、計23ミリシーベルト被ばくした。一般人の人工被ばくの許容限度(年間1ミリシーベルト)に換算して23年分に当たる。収束作業に当たる作業員は東電、協力企業合わせて1万2000人を超える。被ばくに加え、被ばくを防ぐための重装備と暑さが熱中症を招くなど、作業環境は過酷を極める。 水素爆発で放出された大量の放射性物質は、被ばくを加速させた。厚生労働省は今回の事故に限り、作業員の累積被ばく限度を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げたが、その限度も超えた6人(最大は678ミリシーベルト)を含め、100ミリシーベルト超の103人はすべて3月中に作業に当たっていた。 放出がピークを過ぎた4月以降も、がれきの撤去などが進むにつれ、深刻な汚染が新たに分かってきている。8月には1、2号機原子炉建屋の西側で、1時間あたり10シーベルト(1万ミリシーベルト)超という極めて高い線量を計測した。汚染水処理システムのメンテナンス中に不注意から被ばくする例が相次ぐなど、放射線は依然、大きな障害だ。 東電がまとめた被ばく量の現状=円グラフ=によると、作業員全体の89%は20ミリシーベルト以下だが、協力企業の作業員の中には、事故初期の手書きの名簿の記入が不正確だったため連絡が取れず、把握できていない人が88人いる。 6月の工程表改定では「作業員の生活、職場の環境改善」が追加された。東電は被ばく管理に加えて、生活環境の改善を進めている。 当初、作業員の休憩所は、津波被害から逃れた免震重要棟に限られた。シャワーもなく、食事はビスケットや缶詰などの「非常食」が中心。社員は「汗のにおいが充満し照明もついたまま。疲れていても満足に眠れなかった」と話す。 8月までに、シャワーを備えた計1200人分の休憩所を16カ所に設置。原発の近くに仮設の寮も建設した。しかし猛暑の中で、延べ41人が熱中症の症状を訴えた。 ◇放射性物質の放出続く 東電は、事故の収束スケジュールを示した工程表を4月に発表。遅くとも来年1月中旬までに、原子炉内の温度が100度未満となる「冷温停止」状態を目指すとともに、放射性物質放出をゼロに近づけることを目標にした。 工程表は「放射線量が着実に減少傾向になっている」ことを目指すステップ1(4〜7月)▽「放射性物質の放出が管理され、大幅に抑えられている」が目標のステップ2(7月から3〜6カ月後)▽本格的な廃炉作業の準備期間となる「中期的課題」(ステップ2終了から3年程度)−−の3段階で、現在はステップ2の途中段階に当たる。 東電は4月以降、工程表の内容を毎月見直してきた。当初盛り込まれた「冠水(水棺)」は中止、7月の改定では「格納容器の補修作業」も断念した。ロボットなどの調査により、建屋内の放射線量が数百〜1000ミリシーベルトと高いため、補修作業は危険と判断した。 放射性物質の放出は現在も続いている。東電は、敷地境界で測定された放射線量をすべて原子炉建屋から出た放射性物質によるものと仮定して試算した結果、7月下旬から約2週間の放出量は最大で毎時約2億ベクレルとの解析結果を公表。「事故直後(3月15日)の放出量の1000万分の1」と、減少傾向にあることを強調した。しかし原子力安全・保安院の森山善範原子力災害対策監は「まだまだ粗い試算で信頼性に欠ける」と指摘。実態を踏まえた調査をやり直すよう求めている。 東電は、原子炉を冷温停止にできれば、放射性物質の放出が抑制できると考えており、ステップ2終了までに、敷地境界での放射線量を「年間1ミリシーベルト以下」に下げることを目指している。放出を少しでも抑えるため、損傷が激しい1号機については、ステップ2の期間内に建屋をすっぽり覆うカバーを設置する計画(3、4号機は3年後めど)だ。 さらに、東電は、汚染水が地下水を汚染することを防ぐため、遮水壁を設置する方針だ。 ◇キーワード <1>遮水壁 福島第1原発から出た放射性物質が地下水を汚染し、敷地外に漏出することを防ぐため、地中に埋め込む鋼鉄製の壁。東電が8月に公表した計画では、長さ約22メートルの矢板を、1〜4号機の原子炉建屋とタービン建屋を囲むように約600〜700本、地面に垂直に打ち込む。 東電は年内に着工し、約2年で完成させる予定。耐用年数は30年。費用は公表されていないが、1000億円以上との試算もある。 <2>工程表 福島第1原発事故の収束を目指して作られた作業実施計画。東電の工程表は4月に作られ、現在は来年1月までの「ステップ2」を進行中。放射性汚染水を処理して原子炉冷却に利用する「循環注水冷却」、敷地内外の放射性物質を取り除く除染、作業員の労働環境改善など80項目以上を盛り込み、毎月見直している。そのほか東電と政府は廃炉に向けた工程表案をまとめた。使用済み核燃料プール内の燃料は3年後、炉心の燃料は10年後をめどに取り出しを始め、完了までは数十年かかると想定している。 <3>事故調査・検証委員会 福島第1原発事故の原因を究明する第三者機関。政府と東電の事故対応、過去の原発行政を検証する目的で6月に初会合を開いた。委員は作家の柳田邦男氏ら10人。「失敗学」を提唱する畑村洋太郎・東京大名誉教授が委員長を務める。8月までに東電や政府関係者ら延べ126人から約300時間の事情聴取を実施、現場でどのような意思決定がなされたか全容解明を目指す。年内に中間報告、事故収束後に最終報告をまとめる方針。
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<福島第1原発>古里追われた人、残った人の苦悩と不安 毎日新聞 9月9日(金)1時46分配信 東日本大震災に加え、東京電力福島第1原発事故に見舞われた福島県。第1原発が立地する大熊町や双葉町は全町避難を余儀なくされた。事故からもうすぐ半年。古里を奪われた人々の望郷の思いは募る。 【ここから始まった】津波に襲われる福島第1原発の画像 ◇全町避難の大熊・双葉−−慣れぬ土地で半年 背丈ほどの雑草に覆われた庭。倒れた家具。食器が散乱したキッチン−−。「これが本当に俺の家なのか……」。今月1日の一時帰宅で半年ぶりに戻った我が家は、変わり果てていた。 大熊町夫沢の佐藤洋一さん(62)の自宅は、第1原発の南2.5キロにある。妻道子さん(62)と73年に結婚。富岡町から道子さんの故郷に移り住んだ。 89年に運送と産業廃棄物処理の会社を設立し、自宅も建てた。長男洋道さん(37)ら3人の子も会社を手伝ってくれるようになり、徐々に仕事の規模が拡大した。97年には約3億円を投じ、自宅近くに産廃処理用焼却炉も造った。「家族みんな、いつも一緒でね。そりゃあ幸せでしたよ」 穏やかな暮らしを、原発事故が一瞬にして奪った。一家は隣の田村市や新潟県新発田市など5カ所の避難所を転々とした後、洋一さんと道子さんらは喜多方市内のアパートに身を寄せた。長女とみえさん(28)は新潟市に移った。「賠償はいらないから震災前の生活に戻して」。離散した家族を案じ、道子さんは涙に暮れる。 8月27日。福島県を訪れた菅直人前首相が、原発周辺には長期間戻れない可能性に言及した。「国のトップに言われると、ずしーんときたね」。洋一さんの絶望感は深まった。 会社経営者としての責任もある。従業員22人のうち、15人が避難先などで会社の再開を待つ。運送業だけでも始められないかと思案するが、喜多方市周辺には縁もゆかりもない。「すぐにはうまくいかねえべ」。洋一さんはため息をついた。 洋道さんは、喜多方市に妻と幼い3人の子を残し、仕事のため約120キロ離れた北茨城市で、単身で暮らす。「パパおんぶして」。毎週末に帰宅すると、子供が競うように飛びついてくる。 もうすぐ2歳の長男洋仁君は、半年続く避難生活の間に「パパ」と言えるようになった。子供の成長が支えだが、妻豊香里(ゆかり)さん(38)は「何も解決しないまま半年たっちゃった」と、好転しない事態に焦りも感じる。 洋道さんも父の家に隣接する自宅に今月1日、一時帰宅した。家をカメラで撮影し、家族に見せた。お気に入りのぬいぐるみや旅行先で描いてもらった家族の似顔絵。次女明莉(あかり)ちゃん(7)は食い入るように写真を見つめ、「戻りたい」と涙を流した。長女光莉(ひかり)ちゃん(9)は気持ちを押し殺すように黙り込んだ。「子供たちは負の遺産と何十年も向き合わないといけない」 知人には「もう帰らない」と決めた人も出てきた。それでも洋道さんは言う。「どこにいても心は故郷にある。何十年もたって、自分の腰が曲がりつえをついていたとしても、子供や孫のために地域に戻って復興したい」【福永方人、銭場裕司】 ◇何を目標にすれば… 埼玉県加須市の旧騎西高校に双葉町から避難している土田光雄さん(71)の自宅は、第1原発から約3.5キロ。腕のいい大工として評判だった。 一時帰宅した7月下旬。自分が建てた近所の家が倒れずにいるのを見て、うれしさがこみ上げた。「自分の家と思って建てたんだから」。43年間、仕事一筋だった人生の証しのような気がした。 雑草に囲まれた自宅は線量が高い。「もう帰れないかもしれない」。危惧していたことを、現実として受け止めざるを得なかった。双葉町で築いた信用も、加須市では通用せず、大工はあきらめるしかないと考えるように。「何を目標にすればいいのか」と自問する日々が続く。 避難所では妻(69)と長男(44)と一緒に暮らす。一時帰宅で持ち帰った趣味の尺八。他の避難者の迷惑にならないように、校舎の陰で吹くのが楽しみだ。「すべてがパーになった」。吹いている間だけ悔しさが少し和らぐ。【藤沢美由紀】 ◇避難勧奨の伊達・ホットスポットの福島−−線量計と半年 放射性物質が子供の健康や農作物に影響を及ぼさないのか。地元で生きることを決めた人々の戸惑いは続く。 「いつ死んでもいいくらいには生きたから」。伊達市霊山町(りょうぜんまち)上小国の本組集落に住む農業、高橋芳次さん(76)は力なく笑った。 集落28世帯のうち高橋さん方を含む20世帯が「特定避難勧奨地点」に指定され、避難を促された。同居の長男家族は、7月末に約15キロ離れた市営住宅に転居したが、高橋さんは、夫婦2人で残ることを決めた。 早朝、目覚めると畑に出る生活を60年以上続けてきた。被ばくや作物の出荷制限の不安はあるが、土から離れることは自分の生活を壊してしまうような気がする。長男は「一緒に暮らそう」と言ってくれるが、毎日田畑に通うための乗用車のガソリン代などが家計を圧迫すると思うと、あきらめざるを得ない。 集落で家族全員が避難したのは3世帯。残り17世帯のほとんどが高齢者で、生活の変化を嫌った。「先が長い人生でねえからな」。近所の住民と顔を合わせるたび、そんな話になる。 初秋の風が吹き始めた9月上旬の昼下がり。収穫したサヤインゲンを農作業小屋で選別する高橋さんの胸元には、市から支給された線量計「ガラスバッジ」が。数字が表示されないタイプで、定期的に市が回収して積算線量を知らされる。「なんだか俺たち、実験台みたいだ」。高橋さんはつぶやいた。 8月の日差しが降り注ぐ福島市渡利の保育園。プールに子供たちのはしゃぎ声が響く。水が入った約1400本のペットボトルがプールサイド一面に並ぶ。「地表からの放射線を遮蔽(しゃへい)するらしい」という情報に、確かな科学的裏付けはなかったが、園も保護者も期待した。 線量が局地的に高くなる「ホットスポット」があるとされる同地区。学童指導員の佐藤秀樹さん(44)は、妻晃子さん(39)と子供3人の計5人で暮らす。末っ子で長女の真仲ちゃん(2)が通うこの保育園でも事故後、園庭で最高毎時5マイクロシーベルト超を観測した。妻子は3月下旬、岩手県奥州市の実家に避難した。新年度を迎え、渡利に住み続けるかどうかの選択を迫られた。 「避難先では仕事がない」「子供の体が心配」−−。夫婦で堂々巡りの話し合いが続き、声を荒らげたことも。学童保育に通ってくる子供の顔を思い浮かべると、地域を離れる気にはなれなかった。晃子さんも事務職の仕事にやりがいを感じている。「自分たちで線量を下げる努力をするしかない」。渡利で暮らし続けようと決めた。 「渡利は大丈夫?」。親戚や知人に何度も尋ねられる。そのたびに、この選択が正しかったかどうか、心が揺れる。「安全だよ」とは答えられないが、「今は家族が一緒にいることが一番大切」と自分に言い聞かせる。 園庭の線量は、毎時0.4〜0.8マイクロシーベルトに下がったが、園の判断で外で遊ばせてはいない。10月の運動会は実現させてあげたい。佐藤さんは言う。「子供がのびのび過ごせる環境を早く作りたい。不安はあっても、ここで暮らしていくのだから」【渡辺暢、高橋直純】
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九電やらせメール、知事発言が発端…第三者委 読売新聞 9月8日(木)18時56分配信 九州電力玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2、3号機の再稼働を巡る「やらせメール」問題で、九電の第三者委員会(郷原信郎委員長)は8日、佐賀県の古川康知事と面談した九電幹部が作成した知事発言メモがおおむね正確に記載されているとし、知事の発言がやらせメールの発端となったと認定する中間報告書をまとめた。 古川知事はこれまでメモについて「内容やニュアンスが真意と相当違う」と批判。九電幹部も「不正確なメモだ」と説明してきたが、第三者委の認定はこうした見解を覆した。古川知事は報告書について、「真意とは違うところでメモが作られて流通した。私自身の責任が発生するとは考えていない」と述べた。 報告書によると、知事は県民説明番組5日前の6月21日朝、九電の段上(だんがみ)守・副社長や大坪潔晴・佐賀支店長(いずれも当時)ら3人と知事公舎で面談。大坪氏が知事の発言のキーワードを手帳2ページに、「知事依頼」として、「国説明会への意見出し」「県議働きかけ(支援者からの声が一番有効)」などと書き留め、面談後、それを基にメモを作成した。
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中間貯蔵、福島第一原発を候補に 細野原発相が示唆 細野豪志原発相兼環境相は4日、報道各社のインタビューで、放射能に汚染されたがれきの中間貯蔵施設について「原発内に高い放射線量のがれきが相当あり、簡単に持ち出せない。中での処理をある程度考えなければならない」と述べ、東京電力福島第一原発の敷地内を候補地として検討する考えを示した。ただ「すべてを福島第一原発内で、というのも現実的ではない」とも語った。 政権幹部が中間貯蔵施設の候補地に公式に言及したのは初めて。菅前政権は最終処分地を福島県外にする方針を打ち出す一方、菅直人前首相が県内に中間貯蔵施設を造らざるをえないとの見通しを示していた。 細野氏はインタビューで「福島を最終処分場にしない」と明言。中間貯蔵施設を福島第一原発内に造ることを検討する考えを示した一方、除染などによって県内で発生した放射性廃棄物を原発内だけで受け入れることは難しいとの認識を示した。「当面は各市町村の仮置き場に置かざるを得ない」と説明し、地元自治体と協議して慎重に場所を検討する考えを示した。
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3号機、100度切る=注水切り替え効果か―福島第1 時事通信 9月5日(月)10時41分配信 東京電力は5日、福島第1原発3号機の原子炉圧力容器底部の温度が、同日午前5時時点で98.4度と、100度を切ったことを明らかにした。3号機は1、2号機に比べ、冷却に必要な注水量が多かったため、1日午後から、炉心の真上から水を入れる「炉心スプレー系」への切り替えを段階的に進めている。東電は、切り替えの効果が出ているとみて、同系統の配管からの注水割合を増やす方針。
東電によると、3号機圧力容器底部の温度が継続的に100度を切ったのは初めて。政府・東電が策定した事故収束の工程表は、「ステップ2」達成の条件の一つに原子炉の温度が100度以下になる「冷温停止」を挙げているが、東電の松本純一原子力・立地本部長代理は記者会見で「温度的には冷えているが、冷温停止の判断にはまだ早いと思っている」と述べた。 |




