道草agenda

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読書する乳牛

昏々と眠りつづけているうちに夏が過ぎ、秋も過ぎ、冬も過ぎ。
そして、日本では大変な出来事が。
 
被災された方々のこと、
(この先何があるかどうかはともかく少なくとも現時点では)安全な東京で起きている
買い占め騒動であったり、いたずらな放射能への恐れ、それを煽るメディア。
そういった事ごとに腹を立てつつ、無力なりに自分に何か出来ることはないのだろうか、
そんなことを考えて考えて、この10日ほどを過ごしていたように思います。
 
今出来ることとしては、節電、募金、支援物資を自治体経由で寄付すること、
それから、殊更に自粛ムードで経済を停滞させないよう、必要な範囲で消費活動をすること、
福島から200キロ離れた東京においてはいたずらに被曝を恐れる必要はないと周りに話すこと、
今後、食品を買う上では、福島や茨城のものがあれば、意識的に買うこと
(市場に出回っている時点で、人体に影響があるとは考えにくいと思う)。
 
先週は特に、テレビをつけると腹がたつことばかり
(「おいしいネタ」と思ってやってるだろう!?と言いたくなるような取材の仕方、特に○ジテレビ)
最低限の情報を得るにとどめて、テレビは消して、本を読んでいました。
 
あ〜、だがしかし・・・読むっつってもなぁ・・・
日を追うごとにクソガキやんちゃになっていく子どもを抱えて、読書時間なんて・・・
子どもは1歳半ですが、そこらの新生児よりも頻繁に私の乳にしがみついており。
 
もう、ただの乳牛ですわ。
 
楽しいんで、いいんですけど。
 
てなわけで、子どもを乳にぶらさげつつの読書なんで、読んだそばから
乳になって出て行ってる感もありつつ。
(って、それが本当なら、子どもはどれほどの文学青年に!?ならなそ〜だけどぉ、キャラ的に)
 
とにかく、まともに読書の時間を持てないことは大前提にしつつも、
それでも、「○○ちゃんのママとして」とか「子どもに絵本を読み聞かせ」とかではなく
自分自身のための読書をすること、また、それについて語る場があっても良いのでは?
なんて思い、地元で、子連れブッククラブを半年ほど前から友人達と始めました。
とはいえ、一般的な読書会のような、決まった本を読んできてディスカッションをするのではなく
(それが難しい状況だし、プレッシャーにしたくないので)
その時ごとにテーマを決め、それに沿った、各々のオススメ本を紹介し合う、というもの。
これだったら「次回までに読まなくては・・・」ということもないし、
自分では選ばないような本を教えてもらって互いに刺激にもなるし。
そして、ちょっと自分の時間が出来たら、本を読もう。ということを意識的にするように
なれれば良いな・・・なかなか、そういう発想が持てずにいる時期だからこそ、なおさら。
 
なんてことを、ま、子連れランチの延長という感じでユルユルとやっていますが、なかなか楽しい。
 
以前のような読書のしかたも、本との関わりかたも、出来なくなっていて
文化果つる人間つーかなんつーか、要は「ツマンネー人間」に成り下がってるのかも
しれませんが・・・って、以前も大概つまんなかったんで、ま、大差ないですけど。
そんなことに訳もなく焦燥感をおぼえていた時期も過ぎ、
今の時期だからこそ出来ること、感じられること、を存分に満喫したいと思っています。
 
というわけで・・・ブックレビューなんぞは全然できませんが、
乳をやりながら、パラパラとページをめくる日々です。
 
いま読んでいるのは「佐藤泰志作品集」(ミーハー)。
先月「海炭市叙景」(小学館文庫)を読んでビックリして、
あわてて「作品集」も読み始めた次第です。
 
いやあ・・・「海炭市叙景」。
これが20年も前に書かれたものだということに驚き。バブル真っ盛りの時代に。
なんて今日的な作品なのだろうと思うのですが、
あの当時に読んでいたらどう受け止めたのだろう?
そして、実際に、当時、どう受け止められていたのだろう?
この作品を読むにあたっては、映画(熊切和嘉監督で最近映画化された)のこととか
佐藤泰志のこと(評価されつつも賞に恵まれず、41歳で自死)とかが
あらかじめ情報として自分の中にあったので、その影響は皆無ではないのだけれど、
それにしても、読み始め(特に一番最初の「まだ若い廃墟」はとりわけ傑作だと思う)から
心にものすごい引っかき傷が出来た感じで、終始、ざわざわとした、
不安のような、息苦しいような、「予感」めいたものを感じながら読んだ、という感じ。
 
もし、佐藤泰志が芥川賞なり三島賞なりを受賞していたら、
今も彼は生きて、小説を書いていたのだろうか?
そうだったとして・・・いまの「海炭市叙景」の読まれ方をどう思うのだろうか?
考えても、せんないことではあるけれど。
 
でも、一方で、彼が生きていたとしたら、「佐藤泰志作品集」が編まれることもなく
「海炭市叙景」が注目されることもなかったのかもしれず、
となると私のような文学に疎い人間は、一生、佐藤泰志を知ることもなく
「海炭市叙景」を読むこともなかったのかもしれない・・・
 
そう思うと、色々なことが重なって、これまで以上に読書と縁遠い立場の私が
たまたま情報をキャッチして、この本を手にとることになった、その巡り合わせ。
 
・・・・・なぁんて、少々、大仰に書きすぎたかもしれませんが、
それぐらい、驚き、また考えこんでしまった、そして深い爪あとが残った作品でした。
まだ3月ですが、現時点でこの「海炭市叙景」が私的・今年のベスト1
(・・・・つーかそもそも全然読んでないし〜・・・)。
 
作品集は、内容がかぶっている「海炭市叙景」と、来月また文庫化される「移動動物園」
をとばして、「きみの鳥はうたえる」を読み終えたところですが、
ちょっと若い時の中上健次っぽさも感じたような。
 
なかなか読み進められないけれど、引き続き読みます。子どもをぶらさげつつ。
 
 
 
 

20100622 ケータイ投稿記事

最後の更新から丸一年。

思えば遠くへ来たもんだ。


ちょいと、赤子を産んでみたりなんかして。



人並みはずれてグズリ屋の赤子に翻弄されて早9ヶ月、
読書なんて…

読むとしても育児エッセイ、離乳食の本、絵本ばっかり。

あーあ。


最近ようやく、たまーに、好きな本を読めるようになりました。
でもコマギレ読書なのですぐ内容を忘れてしまいます(涙)

いまは「高橋悠治対談選」を読んでます。授乳しつつ。

近々、管啓次郎先生のトークイベントに行く予定(赤子がよほどグズらなければ)。
ああ、楽しみ。

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旅をする女たち

旅に出てましてん。黄泉の国へ。
というのはウソで、どこにも行っちゃぁいないんですが
(せいぜい、GWに小田原に行ったぐらい。。。)

フト現世に戻って、ちょーーー久々にログインしてみたところ、
有難いことに私の存在を憶えていて下さった心あるブロガーさんが
ちょうど「おーーーーい」と呼びかけて下さっていました。
なんというタイミング!!!・・・いや、その呼び声で目を覚ましたのかも、私。
ありがとうございます。すんでのところで、逝きっぱなしになるところでした。

この数ヶ月、なにやらバタバタ(ジタバタ?)してみたり
トロトロと眠ってみたり・・・ハタと気づくと6月になってました。ありゃま。
もう梅雨ですよ。
でもねえ・・・雨が続くと、これまた眠くなるのよねぇ・・・

んでもって、そうですねえ、5月ぐらいまでは読書とは無縁でして
ようやくこの1ヶ月ほどで、またポチポチと読むようになりました。
読んだ本をメモったりしていないので、印象に残ったものなど。

まず、悪い印象

・デニス・ジョンソン「ジーザス・サン」
敬愛する柴田元幸先生の翻訳ってことで読みましたが・・・
まず思ったのは
「なんでまた、いま、コレを?柴田先生が?」
なんつーか、「古い」。「今更な感」満載。
社会の底辺でくすぶってる連中、ドラッグでヘロヘロになって今いる場所すらも踏み外す連中。
ん〜〜〜、映画でいうと、15年前のジョニー・デップやブラッド・ピットがやりたがっただろう、
という感じ。数年前でいえばヴィンセント・ギャロ的な・・・?
実際、これが書かれたのは1993年でして、その当時はさぞやセンセーショナルでかっこよかったでしょう。
「どうしようもなく堕ちて行く俺たち」ってやつね。
でも、今は(少なくとも今の私は)、なんだかな〜〜〜、としか思えない。

まあ、ある意味でですね、若者と貧困というのがこれほどキモになっている時代はないわけで、
もしかしたら、そういう層はこれを読んで心揺さぶられるのかもしれないけれど。
私に関していえば、コレ系は10年前にお腹一杯になってますので、もう結構です。
という感想。

何故、柴田先生がこの仕事をしたのか、非常に謎・・・。
(いや、わからないのは私がバカだからってだけですけど)

それと、私は図書館で借りたからいいものの、コストパフォーマンスは非常に悪い。
そもそも白水社は価格設定が高い出版社だけれど、それにしてもさ〜。
この薄さ、このフォントの大きさ&余白の多さ(ってことは、もっと薄くできるはずだ)、
それで1890円はひどすぎる。白水社は考えを改めるべき。


あとは、良くない印象のもの、「別にぃ〜」という印象のものがありますが、割愛。

で、ここからは良かったもので、記事のタイトルとも関連してきますが

・森まゆみ「女三人のシベリア鉄道」
大正から昭和にかけて、夫や恋人の後を追って、あるいは同性の恋人とともに、
シベリア鉄道でヨーロッパへ旅した三人の女流作家・与謝野晶子、宮本百合子、林芙美子。
それぞれの足跡をたどりながら作者自身がシベリア鉄道で旅した記録。
いやあ、こんな昔に女だてらに(という言葉自体がアホなんだけど)鉄道でヨーロッパへ行く
というのは、つくづくすごいことだ。
与謝野晶子、宮本百合子、林芙美子、それぞれに旅した時代も違うし、旅の中で何を見ているかも違う。
道中などはどうでもよく、むしろその途上においては不安しか感じておらず、
ただひたすらに愛する男に会いに行くこと、日本に残してきた子ども達のことだけを考えている晶子。
ロシアという地に新しい理想の世界を見出し、身分差や性差などない新天地をめざす
(そのくせ、お嬢さん根性が染み付いたまま抜けないし、それを自覚していない)百合子。
小田実じゃないけど「何でも見てやろう」的、好奇心と面白がり精神で旅する芙美子。
割かれているページは一番少ないけれど、林芙美子の目線が私は一番好きでした。
現代で旅をしている森まゆみ自身の視点については、時折、「市民運動のクサミ」みたいなのも
感じちゃうんだけれど(そこらへん、問題意識のない世代の私の落ち度なのでしょうが)
同行する現代ッ子のロシア女性のドライな感じが面白い。
たしかになあ、私は(私たちは)あまりにロシアのことを知らなさすぎる。

ともあれ、とても読み応えがあり面白い本でした。
宮本百合子や林芙美子の小説を読みたくなった
(不勉強で、前者は「伸子」後者は「浮雲」しか読んでいない。「放浪記」は映画のみ)。

そして、この中でちらりと触れられている野上弥生子。
10年ほど前、「こんなにすごいばーさまがいたのか」と心酔して何冊か読んでいたのだけれど
(「森」とか「迷路」とか)、「女三人の・・・」を読んでからムラムラと読みたくなったのが

・「欧米の旅」
夫に同行して渡欧した時の記録。ちょうど、戦争の色濃くなっていた頃で、
日本が統治下におく直前のアジアを通過していたり、その後ヨーロッパに渡り
戦局がおもわしくなくなり帰国しているのだけれど、非常〜に精緻で濃密な記録。
まったく無駄がないのに、びっしりと中身の詰まった、でいて平易な品のある文体。
本当の知性、教養っていうのはこれだ、この小さなメガネをかけたばーさま
(いや、旅の時はばーさまじゃないんだけど、見たことのある彼女の写真は晩年のものなんで・・・)
は本当に只者ではない。参るよなあ・・・と、中年に片足つっこんでるのに空っぽな私はうなだれるばかり。
とはいっても、決して権威的ではなく、やわらかい(芯は硬質であっても)のだ。すごい。

基本的に、旅の本というのがとても好きで、今までの乏しい読書歴の中でのベストは
金子光晴「どくろ杯」からはじまる三部作、武田百合子「犬が星みた」(あ、これもロシアだ)、
大竹伸郎「カスバの男」・・・といったところなんだけれど、「欧米の旅」も断然、仲間入り。
これらの本は、折に触れ、読み返すものです。
それも、気まぐれに開いたページから読んでみる・・・みたいな読み方で。
そこは旅の途中なのに、とたんに、その場所に行けてしまう。
そういうのが、素晴らしい紀行文なのだろうと思ったりして。

とまあ、旅に関する本を重点的に読んでいた感じです。
その他、面白かったのは、毎号楽しみにしている「Monkey Business」最新号。
村上春樹のインタビュー(聞き手は古川日出男)、「1Q84」には食指が動かないのですが
村上春樹の「書くこと」への取り組みとかっていうのは、いつも読んでいて興味深い。
「翻訳夜話」や「走ることについて語るときに僕の語ること」などはとても面白かった。
あと、川上弘美と小川洋子の対談も面白かった!
小川洋子は、「Monkey Business」創刊号で柴田先生と野球について対談していたのも
すごく面白く・・・野球のルールがさっぱりわからない私でも野球を観たくなったものなあ。
ともかく、この最新号も非常に内容の濃い特集でした。

あ、それから料理研究家のエッセイで
・高山なおみ「帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。」
「日々ごはん」は全部ではないけれどぽつぽつ読んでいて、
この人の感性はすごいなあ、と思っていて・・・
「帰ってから・・・」は、それよりもずっと前、いわば「前夜」の頃の処女エッセイ集。

「未来が決まっているような気のする心地よさを、私は寝起きの頭の中で味わっていた。
 その感触は、掛けぶとんのようにこれからも私を温めてくれるだろう。
 若い頃の私はちがっていた。
 自分に満足してしまうことは、自分に負けることだと思っていた。
 そしてその時の気分で今を塗り重ね、傷つけては、けっきょく見定めのつかない自分の
 将来がいつも霧の中にうもれているのを、さもしいような気持ちでにらみつけていた。」

高山なおみがこれを書いたのは、40歳になる前ぐらいの頃だろうか?
私とそう変わらない年齢。
今の私に、こんな感受性も、それを言葉にする力もないし、これからだって、ないだろう。
と思うと、才能のある人は素晴らしいなあ、と思う一方で、自分の凡庸さに凹む。
「何かが欠けている」のではなくて、「何もない」んだなあ・・・と。
でも、まあいい、私はクリエイターではないし、平凡な一人の主婦として人生を歩んでいく上では、
むしろ、フラットでいられることのほうが重要なんじゃないか、なんて思ったりするから。

これから読もうと思う本は、レベッカ・ブラウン「犬たち」
レベッカ・ブラウン、かなり久しぶり。
それからアラン・ベネット「やんごとなき読者」
でも図書館で予約順位5番目。借りられるのは1ヵ月後ぐらいか。
その時に無事に起きているといいのですが〜〜〜。

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冬眠してましてん。
・・・・・・てか、もう春だし。でも引き続き、春眠に移行し、昏睡状態を継続しております。
いやあ...寝て寝て寝まくって、でも花粉症のために3時間ごとに
鼻づまりで目がさめてしまい、寝まくっているのに眠った気はしません。
体調不良と眠気のWパンチで、活字をみると条件反射で目を閉じてしまう…

てなわけで、本???なにソレ、食いもん???という感じです。
まぢで、全然読んでません。数行読むだけで船を漕ぎ出して、本を取り落とす日々。。。
かろうじて何点か読みましたが、その中から良くも悪くも印象に残ったものなど。

・角田光代「八日目の蝉」

いやあ、まいった。
評判は常々聞いていたのだけれど、何となく読みそびれてました。
あと、角田光代は、嫌いではないけれど時折「なにをそんなに恨んでいるの???」
と聞きたい気分になることがあったりして...それと、うまくいえないけど
「20代後半〜30代・自分探し中(苦笑)女子のハートわし掴み系」
(↑わかりやすい例でいくと、山本文緒、江國香織、川上弘美、など・・・
いや、いずれも、ひところは相当熱心に読んではいたんですがね・・・)
みたいなのが面倒くさい気分になることがままあるので。
しかし!!「八日目の蝉」は、まいった。
うまいよなぁ〜〜〜〜。といっても小手先の技巧という意味でのうまさ、ではなくて
本当にうならされる、うまさ。
豊崎由美も言っていたけど直木賞受賞の「対岸の彼女」が子供じみてみえるぐらい。
(ま、正直、私は「対岸の彼女」は全然好きじゃなかったけど。
『時期的に、このあたりで直木賞とるんだろうけど、この小説でとらせちゃうのかなあ』みたいな)

不倫相手の赤子をさらった女の物語と、さらわれた赤子が大人になってからの物語の二部構成で、
最後、その子が、自分をさらった女が別れ際に発した言葉を思い出すのだけれど、そこでダー泣き。
若い人や、男性にはピンとこない部分があるかもしれないけど、
私のようなトウのたった女にはビシビシときます。

それにしても、まあ、、、
男どもは、不倫すんのは勝手だけど、責任取る気もないなら避妊しろよなぁ。
(そのくせ、自分からは手持ちの駒=愛人を手放そうとはしないときたもんだ。
このテの輩を、何人なで斬りしたことか>自分)


・桜庭一樹「私の男」

直木賞受賞作。表紙、良し。
ここで描かれている二人の関係(冒頭で明かされているので言うと、近親相姦、それも幼少時からの)を
非難してしまうと、この小説を読む意味がなくなるというもの。
ヒロインが結婚する時点から、時間をさかのぼって、二人のことが語られる。
その中で見えてくる、ある事件の真相。
という構成や、二人が絡み合う場面の濃厚さは見事。
だと思うけど、舞台を酷寒の地にするとか、
男が折に触れ吐き出す「お・・・」というのとか(これの意味は最後にわかるのだが、ま、予測はついた)
ちょっと安易つーか、ムリムリな感じもあり。
インモラルであることを前提に、そこを立脚点にして(その是非は無視して)
物語を展開させているという点で、かなり斬新だとは思うし、
読後感のなんともドロリとした感じ、そういうのを味わわされるのも一つの感動だといえばそうだけど
でも、なんだかなあ〜〜〜、という感じでした。
一気読みしたけれど、好きかどうかと問われれば、全っっっ然、好きじゃない。
桜庭一樹の他の作品を読みたい、という気分にもあまりならず
(「赤朽葉家の伝説」というのがすごく評判が良いようだけど・・・別にミステリ気分じゃないし)。


・飯嶋和一「黄金旅風」

昨年後半から、「出星前夜」が方々で話題になり、大佛賞も受賞し、本屋大賞ノミネートもされ、
ということで、今、もっとも(私的に)アツイ飯嶋和一。
不勉強なもので、「出星前夜」が話題になるまで、飯嶋和一を知りませんでした。
「飯島耕一」の誤表記?と思っていたほど・・・・・・申し訳ありません。
んで、「出星前夜」を読もうとしたところ、どうやら、その前に書かれた「黄金旅風」を
読んでからの方が良いらしい(物語は別物だけれど、共通する登場人物がいる)と知り、
まずは「黄金旅風」を読んでみました。

ぐわーーー、面白かった!
歴史全般に病的に疎く、とりわけキリシタン禁令の時代などは
小学校〜高校までミッションスクールにいたせいか、
バイアスのかかった教育をされたのかどうか記憶にもないけれど
ともかく、知らないし興味もないし・・・
そして今でこそ九州人を世帯主に持ち、関門海峡を越えて帰省する身ではあるが
それまで九州とは無縁だし、その歴史、文化など今もって知りようもない身にとって
当時(江戸時代の初め、まだ鎖国になっていない頃)の長崎がこんなことになっていたとは!!
思い切り、海洋国家だったのね!!(日本=海洋国家と対極にあると思っていた無知な私。。。)
塩野七生の「海の都の物語」を読んだ時、中世ヴェネツィアの、クールでスマートな
海洋国家ぶりに大興奮したのだけれど、いやいやどうして、長崎もやるじゃないか!!
・・・という面白さと、登場人物のかっこよさ(これぞ、まさに「漢」)に感動。
読み始めは一瞬つっかえたのだけれど、ひとたび波に乗り出すと一気読み。
複数の人物が、交錯するようでしない・・・みたいな部分もあり、そこはちょっと物足りない気も
したけれど、あえて、様々の生き様という意味で、そうしたというのであれば、それはそれで納得。

で、その後すぐ「出星前夜」も読みましたが、ん〜、面白いけど、
個人的には「黄金旅風」に軍配。ちょっと途中、中だるみ。
蜂起のくだりなんかは、かなりの臨場感でガンガン読み進みましたが。
有名な「島原の乱」を描いたものだけれど、天草四郎は全然主役じゃない、というのが新鮮。
(下世話な感想・・・天草四郎の生まれ変わりだという美輪明宏は、この小説に対して
どういう感想を持つんだろう???聞いてみた〜〜〜い)

引き続き、他の著作も読んでいるところですが、ともかく質量ともに膨大な調査に裏打ちされた物語、
描かれている人物のリアリティというか、きちんと「人間」を描いている様、
なんというか「生きる力」(それも、「まっすぐに・泥くさく」)みたいなものを感じさせる作品群。
つまり、熱い。すがすがしく、かつ、熱い。
男性はこういうの好きなんじゃないでしょうか。

とりあえず、出版されている著作を全部読むことにします。
で、今後出版される飯嶋作品は必ず読みます。

印象的だったのは、このあたりでしょうか。
他はエッセイとか、読んだことも覚えてないのとかがちらほら。
いずれにせよ、寝るのに夢中で、読書どころではないこの数ヶ月・・・
PCにも近寄っていないので、他のブロガーさんのところにもお邪魔できていませんが
再び目を覚ましたら、面白い本を教わりに、うかがいたいと思います。
沢山読書してレビューをアップしておいていただけると幸いです(なんつー他力本願)。
しかし、目を覚ます日・・・来るんかいな〜〜〜???
布団からキノコ生えかけてますけど。


それでは、また。
ぐーぐーぐー。

イメージ 1

このところはグーグー眠ってばかりで(って、まあ、通年ですけれども)
完全に文盲(←これって放送コード?)と化しています。
過去に読んだ本をパラパラと見返したりするぐらい。

・・・・・が!一冊、一気読みした本があります。
藤谷 治「船に乗れ!1〜合奏と協奏」。

以前、なにかの読み物で豊崎由美が絶賛していて気になりまくり、
ようやく読んだのですが・・・・・面白い!

本格青春小説です。
それも、挫折から始まる青春小説。
ニーチェを愛読するクソ生意気なチェロ弾きの男の子が第一志望の芸術高校に落ちて
私立高校の音楽科に入るのだが・・・という話。
この第一巻はまだ序章・・・いや序奏。
これからどうなっていくんだろう???
もー、早く第二巻が読みたい!!!

「のだめカンタービレ」と・・・・・なんだろう?何との融合かな。

専門用語が色々と出てくるけれど、知識がなくても楽しめるし、
むしろ、演奏シーンの緊迫感がこちらにも伝わる。

いやあ、とても心躍る小説でした。
おすすめ!!

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