玩ばるトマトばぁちゃんの日常

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私のメモノート

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「私の短所・・・」

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先日取りあげた題材「私の夢ノート」の中に、

「私の短所」というコーナーがある。

このノートを書き始めた60歳の頃に書いたものだ。

今の自分とは少しく違っているような気がするけれど、その時見つめた自分の短所を書き記しておく。


   「私の短所」?


★怒りっぽい。(短気である)

 これを直すにはどうしたらよいか、と考えていたが、ある日、怒りが胸にきたら“怒りをやたらと抑え

ずに怒り尽くしてみよう”と思った。

そう思ったら、不思議なことに、怒りの感情が自然に収まるようになった。怒りの感情が胸の中に広がっ

て、穏やかな怒りに変わるようになった。


★高飛車な物言いに対して我慢できない。

 理不尽な言いがかりには格好をつけず、こちらも怒りで立ち向かう。が、必ずしもそれで物事が解決

するとは限らなかった。あきらめて黙るより手がない事が多かった。


★嘘をつく能力あり。

 嘘をつく・・・自分を良く見せるためのウソ。人を喜ばせたいために嘘をつくことがあった。

 これらの嘘を出来るだけ減らす。”珍香も焚かず、屁もこかず”という人間を務めて演じてみようと

思った。

★”相手を見て物を言う”ことが出来ない。

 相手によって、物のいいかたを変える、と言うことが出来ない。相手かまわず同じことを同じ語り口で

伝えようとして、良く失敗する。 そうなったら、黙すべし、と自分自身に言い聞かせた。



これが我が60歳の時の自己反省の短所だ。

今はどうか、“自分をよく見せるため””人を喜ばせたいため”の嘘をつかなくなった。

これは必ずしも良い事だとばかりは言えないような気もするが・・・


人間はこうやって常に自分の短所と向き合って学んでいく生きものなのであろうか。

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引き出しを整理していたら、16年ほど前に書き込みを始めた「わたしの夢ノート」という小冊子が出て

きた。


その筆頭に

「夢とは空想すること」と書かれている。そして「自分がこうありたいと願う理想の状態に憧れること」

と続いている。

因みにこのノートを書き始めた時はは平成12年4月で、わたしはまだ60歳であった。

冒頭に、「私の夢は終わったのか。もはや夢を見るなどと言う年頃は終わったのだろうか」という一行が

ある。続いて「否否、さにあらず、今まで色々な現実的にせっぱつまって、これだけは何とかしたいとい

う夢と呼ぶより必要に迫られた願望はいくつか実現してきた。

それはそれで、よかったと満足しているし、願いをかなえてくださった諸天善神に心から感謝している」

そして、「が、これからここに書きつけていく夢、本当に心から望む私自身のの願望のみにしよう」

と書かれている。


そのあとにいわゆる私の60代に入ってからの夢と現実がいくつも記録されている。。


そのいくつかを書き出してみると。


★バリ島に行って3週間滞在する。・・・現実は5日間しか滞在できなかった。

★出雲大社にお礼参りに行く。・・・娘がめでたく結婚できたから。

★老後の資金の用意。・・・一応願っていた額になった。

★インドネシア語を徹底して学ぶ。・・・先生がインドネシアに帰国して途中で中止。

★バリに1,2年住む。・・・不可能だった。

★土地を買って自分たちの家を建てる。・・・これが現在住んでいる家である。この夢は実現した。

★スペイン旅行に出掛ける。・・・チャンスがなかった。

★何でも良いから踊りを習う。・・・踊りの師にめぐりあわなくて実行不可能。

★マー元帥と一時別居して暮らす、楽しく。・・・不可能でした。

★私の実家の御墓(愛知県にある)を近くに移動させる。・・・成功、実現した。

★好きな衣装を着て暮らす。・・・必ずしもかっこいいものばかりではないが・・・

★もう一度満州に行く。・・・チャンスがなくて行けなかった。

★正夫の作品写真集「テレビジョン」完売・・・600冊売れてまだ200冊残っている。

★マー元帥と一緒に1年間バリ島に住む。・・・マー元帥のアルツハイマーがひどくなって実現不可能。



まだ色々あるけれどこんなところかな・・・

現在の「夢」は夢と言うより「願望」である。

「日々ひどくなっていくアルツハイマーのマー元帥とうまく付き合っていく」

この一事に尽きる。

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ある雑誌の巻頭の言葉に次のような文章が載っていたのでご紹介する。


「幕末から明治にかけて来日した欧米人に不思議がられたことに日本人の微笑があった。

それは”ジャパニーズスマイル”と呼ばれて、無償の微笑として彼らの心を魅了した。


それから時を経た1923年の関東大震災と、45年の東京大空襲直後の焼け野原での笑顔を見せる日本

人のフィルムに残る豊かな精神性に驚かされた。

その瞳には希望が失われていなかった。どんなに苦しくとも・日本人は常に感情を飲み込み笑顔で人と接

してきた。そんな日本人を外人は敬愛した。


だが、戦後の日本人にこの屈託のない笑顔は見られなくなった。東日本大震災での壮絶な悲しみに笑顔は

打ち勝つことはなかった。同じ震災なのに、いったい日本人のメンタリティの何が変質したのだろうか。


欧米に行くと、日本人は相も変わらず意味不明の笑いを見せる。これに対して現地人は無償の微笑と呼ぶ

ことはない。むしろ薄気味悪いという声すら聞く。しかし、それでも、日本人の真面目な性格と愛相のよ

さは、世界の観光地で一番の好印象を与えている。もっと日本人は自分に自信を持てばいい。

もっと堂々と振る舞うといい。未来の子ども達の為に」以上



現代の日本人はどんな時でも、人前で笑顔でいられるのだろうか。

観光地などなら、気持ちもやわらいで楽しい笑顔でいられるだろうが、どんな時でも現地人の言う”無償

微笑”など浮かべていられるだろうか。


日本人の美点であるこの“微笑”を、残念ながら今の私はいつでも浮かべている事はできないな、と思

う。

しかしそれがこれからの日本人としても大切なことなのなら、日々の心の持ち方を、少しずつ変えていく

よう心がけるしかない。自然な微笑が保てる人に慣れるように。

自分のためだけでなく、未来の子供達のためにもなるのならば・・・

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私は半月ほど前から、マー元帥の物が置かれてある3Fの物置を片付けている。

大物から小物まで、彼はどこに何が入っているのか忘れてしまい、全然分からないので

私は先ず引き出しの中から小物を出して、分別している。

その中には、私の持っている物と一緒にした方が良いものが何種類かある。


そこで、今日から、1Fにある私の物が入っている引き出しの整理を始めた。


そしたら、あまり使わない私の名刺の箱の奥に、何か薄い手帳のような物が置いてある

のを見つけた。

「何だろう?」と思って取り出してみたら、上の写真のようなカードなどを挟むケース

だった。

それを何気なく開いてみたら、中に私の字で書きつけたカードが入っていた。

その書き付けた文章を読んで、私は我ながら驚いてしまった。


即ちそのカードには次のようなことが書かれていたのだ。

「私トマトは平成18年5月迄に埼玉県児玉郡美里町大字猪俣に終の住処を建て

る。そしてそこで楽しく余生を過ごす。平成15年10月9日」


もう1枚その右側に「私は平成18年5月までに2000万円貯蓄する」

記述した日は同じく平成15年10月9日で、最後に自分の名前がサインしてある。


上記のことは、この書付けどおりに実現したのだった。今住んでいる家には平成18年

5月に引っ越してきたのだから、まさに書付けた通りになったわけだ。


が、平成15年にこの文章をこの紙に書き付けたときの私にとっては、この内容は全く

夢のようなお話だった。が、その夢は全く邪魔が入らず、順調に実現してしまったので

ある。

だからこうして今はこの紙は「実現済みの夢」のカードとして、記念に机の奥にしまっ

てあるのだろう。


私の記憶では、この書付けはこのことが実現するまで、袋に入れてずーっと首からさげ

ていたように思う。

手にとって夢の書付けのカードを眺めているうちに、この家を手に入れるのに、私はこ

んな、魔法のようなことをやったんだ、と言うことを思い出したのだった。


この方法を教えてくださったのは、どなたでしたっけ?

いや、何かの本に書かれていることを、試しに、と思ってやってみたのだったのか。


私は今マー元帥の写真を毎日見ている。

マー元帥の写真は、題材や撮影法がユニークである。誰も真似できない写真ばかりだ。

このまま3Fの物置にしまいこんでおくのには、勿体ない作品ばかりなのだ。

日本中、いや世界中の人たちに見てもらいたいなぁ、と物を片付けながら思っていたと

ころだった。


上のカードのようなやり方を、もう1度やってみようか。

しかし、カードは袋に入れて首から提げておくだけでよかったのだろうか。

何か「呪文」みたいなものを1日に何回か唱えなければいけなかったんだろうか。


その辺のことを、私は今全部忘れてしまっている。

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去年、ある女性の画家のトークを聞いていて、最後の方にいわれた言葉が思いがけない内容だったので、

ノートにメモしておいた。

何気なく今日そのノートを開いてみたら、やはり、今でも「なるほど」と思う内容に思えたのでそのメモ

をアップしてみる。


人は誰でもその人なりに、その人なりの願いを持っている。

当然のことだが、その願いが叶う時もあれば、叶わない時もある。

その願いが叶わない一番の理由は何か?必然的に湧いてきた望みが叶わない時には、湧いてきた望みその

ものが問題であるという場合。これは致し方ない。


一般的に言って、21世紀の「願い」「望み」は非常に多様化している。

そういう場合、ある物事に一心に集中することは不要である。

一心に願うことも不要である。


では、どうしたら良いのか。


★ 21世紀の物事に対する願い方は、淡く願うことと、そのトークでは語られた。

  願ったことを忘れるくらいに淡く願うこと。


  なぜかというと、物事を叶えようと強く願うと、願われる対象のエネルギーの方がが強くなるから

  だ。つまり、願われる対象の方も強化するのだ。


願いを叶えようと思って、努力している最中にいろいろ起こってくる事々は、全て、自分の魂のレベルア

ップに繋がることだと思えば良い。

魂のレベルアップは、私たちの心全体を開放する。開放されると、意識が豊かになる。そうなったら、自

分の人生の行く手が、何となく輝いてくる。

そのために、色々な物事が生まれてくる。いろいろなことが起きる。(これは体験して見ると事実です)

その挙句に、物事がぴしゃりと解決する。

つまり「何でこんなことが起きるのか」という腹立たしい意識が物事の解決を遅らせるのだ、という。


随って、「願い」はどんな内容でも「淡く、淡く、願うこと」

お酒が発酵するのを待つように、「任せて、ゆだねて、急がずに」

安心して物事に当たると、「願い」は、「夢」は、実現する。


実は今日、私がかねてから「順調にいって欲しい」と思っていた願いの一つが、上のような按配で自然

に実現したので、思いついて、このメモを記事にしてみた。

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