玩ばるトマトばぁちゃんの日常

もう頑張るのはやめて、玩ばろう♪♪♪

わがご近所のこと

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ちょっとした買い物をしに我が家から少し遠い所にあるJA”むさしの”という「農家のお店」に寄っ

て、外に出たら、入り口の脇のところに、なんと先日小屋の中に入れられていたうり坊が、外に出て遊ん

でいるではないか。写真のような綱で身体をかこって、綱の端を1本の杭に縛り付けてあった。


「うり坊元気ね」と声をかけても逃げようとしない。が、先日のように鼻のあたりを撫でてやろうとする

と嫌がって逃げてしまう。


するとそこへ、この店の社長さんがリンゴを手にして現れた。

「これ、喜んで食べるんだよ」

と、言って、リンゴをうり坊の口の前に差し出した。うり坊はお腹がすいていたのか、飛びつくようにし

て、社長さんの手からリンゴを咥え取ってパクパクと一気に食べてしまった。

「このうり坊はお客さんのみんなが気に入っていてね、お正月の間も、店で餌を食べさせていないかと、

わざわざ餌を持って見に来てくれたりしたお客さんがいたんですよ」

「まぁ、それは幸せなうり坊ですね。ところでこのうり坊は、生まれて何ヶ月位になるんでしょうね」

「4ヶ月ぐらいだと、この間猪に詳しい人が言ってたけどね」」

そこで、私は思い切って聞いてみた。

「あのう、このうり坊、大きくなっても、ここで飼ってくださるんですか」

すると社長さんは言った。

「そうしないと、うちの店にきてくれるお客さんに怒られちゃいますからね。うり坊はいま、みんなのア

イドル見たいになっているし、大きくなってから山に逃がしてやっても、今の山は昔と違って手入れが行

き届いていないからね、猪の食べものなどない。だから、又、村に戻ってきて、田畑を荒らす事になるん

ですよ。というわけで、この仔はここで飼って育ててやろうと思っているんだ」


そういいながら、社長さんはうり坊を背後から抱きかかえて、背中や首の辺りを撫でてやっていた。

うり坊はその間中、気持ち良さそうにじっとしていた。


私は帰り道、何だか胸がいっぱいになって、新年早々、こんなことでうれし泣きをしてしまった、と言う

わけ。

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上の写真は、我が家の庭の直ぐ前に置かれている自動車である。

ご覧のとおり、事故にでも遭ったのだろう、前部がグチャグチャになっている。

この自動車はお尻の方を我が家に向けているので、窓から直接、壊れた自動車の前を眼にすることはな

い。

近所の人の話では、壊れた自動車を貰ってきて、中に家での不要物などを詰め込んであるという。

少し以前にも、壊れた自動車ではなかったが、やはり家の不要物等を詰め込んだこれより少し大きな自動

車が同じ場所に置かれていた。が、その車は今は場所を移動して、これも我が家の台所の窓から見える場

所に移してある。が、こちらは我が家の台所の窓の、カーテンを下ろして、この車と車の中のものが見え

ないようにしてあるので、今はあまり気にならないで居る。


が、上の写真の自動車はこの道を歩くたびに、つまり我が家の直ぐ前の道の脇に置かれてあるので、ここ

を通るたびに眼に入る。

初めは「ここを通るたびにこんな事故にあったグチャグチャな車を見るのは嫌だな」とちょっと思っただ

けだった。が、毎日のようにこの車を見て通って居ると、だんだん嫌やだな、と言う気持ちが大きくなっ

てくる。車の中のものも、カーテンかなどを下ろして、外から見えないようにしてくれたらいいな、と思

ったりする。こういう車は人目の付かないところに置いてくれないかな、と正直思う。


こういう人間、つまり"私”のような人間って、神経質すぎるのだろうか。

根っこのどこかが意地悪なんだろうか。


いつまでこのままここにおいて置くのだろう。

何とかしてくれないかなぁ・・・、と毎日思っている。



因みにこの車の置かれている土地は、車の持ち主の土地ではなくて、他から借りている土地である。

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家の窓から毎日見ている、家の周りの風景が変わると、人の心の奥にも微妙な変化が生じるものだ。


我が家の東側にあった200坪ほどの草原が裏隣のDさんに買われ、この夏前にそこに生えていた草がす

べて刈リ取られたが、草々は根強い野草だから、刈っても直ぐに生えてくる。

そこでDさんは生えてくる草の周りに、片端から除草剤を撒いた。始めのうちは、それでも所々緑色の草

が生えてきていたが、ここへ来て、200坪の土地全域が薄茶けた枯葉色になった。


ここが草原だった頃は、真夏でもここから吹いてくる風は、夏草に冷やされて涼しかった。が、今はこの

東側の窓を開けると、真夏の太陽に熱せられた土の照り返しで、その上を吹いてくる風は熱風だ。

随って、去年までは真夏でも2階の窓はすべて開けて放して風通しを良くしていたが、今年は窓が開けら

れなくなってしまった。

が、そこにもうじき新しく家が建つのだから、文句をいうつもりはない。


ところが、今度は我が家の目の前の空き地にそのDさんの家の仮(?)駐車場ができたのである。

彼は自動車を5台持っている。今まで借りていた家の近くの空き地が都合で借りられなくなったので、我

が家の前の広い空き地の一隅を借りて、多分新しい家を建て終わるまで、そこに自動車を置いておこうと

いうわけだ。


今、5台の自動車のうち、2台がいつもそこに置かれている。

ちょうど、我が家の南の窓を開けると直ぐ目の前にある。

単に、自動車が置かれていても、窓から外を覗くと、風景は変わって見える。

それはそれで別にいかまわない。

けれども、その置かれている自動車は、現在使われていない車らしくて、自動車の中には大小いろんな

荷物が積み込まれていて、一種の物置状態になっている。

その自動車の有りようが、毎朝、南側のカーテンを開けるたびに否応無しに眼に飛び込んでくるのだ。


正直、毎朝、カーテンを開けるたびに物置状態の車が目に飛び込んでくるのを見るのは、いともうっとう

しい。

せめて、自動車の向きを向こう向きにしてくれたら、と思うのだが、こういう荷物満杯の車を毎日見てい

る体験の無いご本人には、訳を話したところで、こちらの気持ちなど直ぐには理解できないであろう。

(彼はこの車を自宅から離れた場所に置いておいたから、こういう物置状態の自分の車を見ることは普段

は余りなかったと思う)むしろ、私達は神経質な人間とみなされるのがオチであろう、と思われる。


そんなわけで、私はこの有り様を"我慢”している。

マー元帥は、こういうことにはもっとも神経をとがらせる男だ。が、不思議なことに、今回は一言も文句

を言わない。マー元帥が文句を言わずに黙って居てくれる。

せめて、そのことだけでも、私はほっとしている。

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我が家の属する隣組には、最近まで90歳代のお年寄りが4名おられた。みな、女性の方だ。

が、ここに来て、そのうちの3名の方が、相次いで亡くなられた。

3月の始めに99歳のRさん、5月18日に96歳のSさん、本日5月23日に92歳のTさんのお葬式

が次々に行われ、私達隣組の各家から一人づつお式に出席した。

同じ隣組でもあちら組とこちら組があって、あちら組には、亡くなられた日にどちらの組の人達も、即、

お悔やみのお線香を上げに行く。が、その翌日行われるあちら組のお通夜には、こちら組は行かなくてよ

くて、翌々日のお葬式だけに出席すればよい。

が、こちら組の方が亡くなられると、お悔やみの翌日に行われるお通夜と、その翌日のお葬式に午前中か

ら出かけることになる。帰宅は午後4時半を過ぎる。

そして、お葬式から4日目の初七日には、またまたこちら組全員が集まってお線香を上げに行くのだ。

今回は、Sさんの初七日の日の早朝に、Tさんが亡くなられたので、初七日のお線香を上げ終わったら

こちら組一同はそのまま、Tさんの家にお悔やみのお線香を上げに行くことになった。




つい数年前までは、この辺りでは、お葬式はどこも自宅で行われていたという。

が、ここ数年は、ほとんどの家で、葬儀専門業者の経営する○○ホール等に近親者、関係者に集まっても

い、ホールの指示に従って式を執り行う事になったという。

今回の3人の方もみな葬儀社の経営するホールでお葬式を行った。

「家でやると、3日間も隣組の人たちに来てもらって、食事など作ってもらわなければならなかったけ

ど、今はその点、楽になったわね」と、葬儀の主催者は言う。

それと同時に、「でも、昔のように皆んなが集まって、ワイワイいいながらやったお葬式が何となく懐か

しい気もするわね。さんざん”お清め”で食べて飲んだ後、最後にみんなでお念仏を唱えたものだったわ

ね」とも言う。

何年か前、近くの家で、家でお葬式をやった時、いざお念仏を唱えようとしたが、お念仏の文句を誰も覚

えている人が居なかったという。そこで仏壇の中を探したら、そのお念仏の書かれた古い紙が出てきたの

で、直ぐに近くのコンビニに行って人数分、お念仏の書かれた用紙をコピーしてきて、みんなでコピーを

見ながら唱えたという。

が、半分ぐらい唱えたところで、みんな酔っ払っているものだから「ちょっと疲れた、一休みするべ」と

いう事になり、又みんなでビールを飲みなおしてから、後半のお念仏を唱えて終わらせたそうだ。

そんなエピソードを”お清め”の食事を食しながら、語り合っていた人達が居た。


それにしても、数日前、Sさんのお葬式が終わった次の日、即、喪服をクリーニングに出そうかと思って

いたけれど、グズグズしていて出しそびれていたが、慌ててクリーニングに出さなくてよかった。


一人残った、この隣組の93歳になられたIさん家のおばあちゃんは、まだとてもお元気だと言う。

それならば、もう、喪服をクリーニングに出しても大丈夫だと思うけどな・・・

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今日は我が廓内にお葬式があった。マー元帥が行きたくない、と言うので私が代わって出かけた。

Rさんの家の満99歳になられたお母さんが数日前に亡くなられ、友引の日を避けて今日お葬式を執り行

った。Rさんの家にお葬式を執り行う会場からバスが迎えに来て、我が廓内の人たち全員を先ず葬式会場

まで運んでくれた。


そのとき、手渡された、お葬式の日程表を見て、「おや?」と思った。

普通のお葬式の順序は、まずお葬式を済ませ、同時に告別式を執り行って、それから遺体を荼毘にふす、

という順序で行われる。

今まで私の体験したお葬式はすべてそのように執り行われていた。

ところが、今回のお葬式は、私たちが式場についた時には、Rさん家の人たちの姿はどなたも見えなかっ

たのだ。「どういうことなのかな?」と私は思った。私達は、式場内のテーブルに坐って、「お昼ご飯で

す」といわれて、テーブルの上に出されたお結びを頬ばってしばらく待っていた。


小一時間ほど待っていたら、会館の玄関前にバスが到着、バスから降りたRさんご一家とご親戚の方々が

館内に入ってこられた。

見ると、先頭の方が、お骨の入った箱を胸に抱いておられる。


私は再び日程表に眼を落とした。

先ず「朝、9時に家族と親戚の方々が、この会館を出発して焼き場に向かう。そして10時に荼毘にふ

す」というようなことが書かれている。


お葬式は、その荼毘にふされたお骨を式場に持ち帰って、その前で執り行われると言うのだ。


そして、お葬式はその通り行われ、出席者全員でお香を上げて告別式を執り行った。

そのあと、再び繰り上げ初7日のお経をあげて、お葬式はすべて終了、という段取りだった。


この土地では、葬儀をあげる前に、遺体を荼毘に付す、というやり方で、お葬式を執り行うのか。

こういうやり方の葬儀は始めての体験だった。

皆さんの地域ではお葬式をどのような順序で執り行いますか。



帰りにお返しの品物を頂いて帰ったが、その中に「長寿銭」という小袋が入っていた。

小袋の中には、ピカピカの500円玉が一個入っていた。

亡くなられたRさんのお母さんは満99歳になられていたので、

「みなさん、この方のご長寿にあやかれるように」という葬儀会館ホールのアイデアのプレゼントとのこ

とらしい。

この葬儀に参加した記念に、私はこの長寿銭の500円玉を私の普段使いのお財布の中に、ずーっと入れ

ておくことにしよう、と思った。

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