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私は孫の通学する小学校で、ひと月に1、2日回のペースで、子供たちに本を読み聞かせるボランティア |
読み聞かせ
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今日は朝、8時20分から孫の通う小学校で行われる「読み聞かせ」のボランティアに行ってきた。
今回の私の担当は2年生。ラドンのクラスだった。
読む本の題名は「100万回生きたねこ」(作・絵 佐野洋子)
昨夜、マー元帥に「明日の読み聞かせで、この本を読むことになっているの」と言って見せると、早速一読した彼
は「うーん、これって、ちょっと、いや、随分難しい内容の本じゃないのかなぁ」と言った。
「やっぱり、そう思う? 私は練習の時、読むたびに毎回最後の3ページまでくると、何だかふいに涙が溢れてき
て読めなくなってしまって困っているんだけど。明日はそうならないように、何とかしなければ・・・」
以下、私なりに省略しながら、この物語のストーリーを記してみる。
「100万回生きたねこ」
100万年も死なない猫がいた。100万回も死んで、100万回も生きたのだ。彼は立派なとら猫だった。
100万人の人が、その猫を可愛がり、100万人の人が、その猫が死んだ時、泣いた。
が、猫は、1回も泣かなかった。
猫は、ある時は戦争の好きな王様の猫だった。猫は戦争の最中に、敵の矢に当たって死んだ。王様は戦いの真
っ最中に、猫を抱いて、泣いた。王様は戦争をやめて、国のお城に帰り、庭に猫を埋めた。
猫は、ある時は船乗りの猫だったが、航海中海に落ちて死んだ。船乗りは雑巾のようにびしょぬれになって死んだ猫を抱いて、大きな声を上げて泣いた。或る時、猫はサーカスの手品使いの猫だった。毎日、観客の前で猫を箱に入れて、真っ二つに切るという手品をやっていて、丸のままの猫を箱から取り出して、拍手喝さいを受けていた。が、或る日、間違えて本当に猫を真っ二つに切ってしまった。手品使いは、真っ二つになってしまった猫を両手にぶら下げて、大きな声で泣いた。
また、或る時は、猫は泥棒の猫になり、泥棒に入った家の番犬にかみ殺されてしまった。泥棒は、盗んだダイヤモンドと猫を抱いて、夜の街を歩きながらオイオイ泣いた。
猫は、よぼよぼのおばあさんの猫になったこともあった。1日中、おばあさんの膝の上で昼寝しながら一生を送った。そういえば、小さい、可愛い女の子の猫になったこともあった。が、或る日、猫は女の子の背中で、負ぶい紐が首に巻き付いて、息が出来ずに死んでしまった。女の子は、1日中猫を抱いて泣いていた。
が、猫は、死ぬのなんか平気だったのだ。
或る時、猫は誰の猫でもなかった。
野良猫だったのだ。
猫は初めて、自分の猫になった。 猫は自分が大好きだった。
何しろ立派なとら猫だったので、立派な野良猫になった。
すべてのメス猫たちが、猫のお嫁さんになりたがっていた。大きな魚や、上等のネズミや、マタタビをプレゼントして、メス猫たちは、猫の気をひこうとしていた。
猫はそんな時思った。「俺は100万回も死んだんだぜ。今更、おかしくって!」
猫は誰より、自分が好きだったのだ。
たった1匹だけ、猫に見向きもしない、白い美しい猫がいた。
猫は白い猫のそばに行って「俺は100万回も死んだんだぜ」と言ってみた。白い猫は「そう」と、言ったきりだった。 猫は少し腹を立てた。何しろ自分が大好きだったからね。無視されるのが屈辱だったのね。
次の日も次の日も、猫は白い猫のところに行って、言った。
「君は、まだ1回も、行き終わっていないんだろ」
白い猫は「そう」と、言ったきりだった。
或る日、猫は白い猫の前で、クルクルクルと3回宙返りをして、「俺、サーカスの猫だったこともあるんだぜ」と言った。
白い猫は「そう」と言ったきりだった。
「俺は100万回も・・・」と言いかけて、猫は「傍にいてもいいかい」と、白い猫にたずねた。
白い猫は「ええ」と、言った。猫は白い猫の傍にいつまでもいたのだった。
やがて、白い猫は可愛い仔猫を沢山生んだ。猫はもう「俺は100万回も・・・」とは言わなかった。
猫は、白い猫と、たくさんの仔猫を、自分よりも好きなくらいだった。
そしてまた、時が流れ、仔猫たちは大きくなって、それぞれどっかへ行ってしまった。
「あいつ等も立派な野良猫になったなぁ」と、猫は満足して言った。
「ええ」と、白い猫は言いながら、のどをぐるぐる鳴らした。
白い猫は、少しお婆さんになっていた。
猫は前よりもいっそう優しくなって、グルグルとのどを鳴らしていた。
猫は、白い猫と一緒に、いつまでもいつまでも一緒に生きていたいと思った。
或る日、白い猫は、猫の隣で静かに動かなくなった。
猫は、生まれてはじめて泣いた。夜になって、朝になって、猫は100万回も泣いた。
朝になって、夜になって、或る日のお昼に、猫は泣き止んだ。
猫は、白い猫の隣で、静かに、動かなくなっていた。
<猫は、もう、けっして、生き返りませんでした>
私は驚いたのですが、子供たちの反応は、今回が一番敏感でした。
小学校2年生の児童たちが、最後の場面で、ここまでシーンとなったのは初めてでした。
先生も、しばらくじーっとしておられました。
私は今回は何とか涙声にならずに最後まで話して聞かせることが出来ました。
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今日は朝7時半から、孫達の通う小学校に出かけた。 小学校の地域の人たちに、子供たちが常にお世話になっている、という訳で、子供たちからのお礼の言葉 を述べる機会を持ちたい、という学校側の意向だった。 私たち「読み聞かせ」のグループも招待された。 この小学校は、今や全校生徒が99人というミニ小学校である。 体育館に全員が集まって、代表の児童がお礼の言葉を述べてくれた。 そのあと、全員で合唱をやってくれた。歌の題名は「ビリーブ」 よく聴く歌だけれどこうして99人が私たちのために一生懸命唄ってくれると、歌の内容が改めて胸に沁 みて、何となく涙ぐんでしまった。 そのあと、私たち「読み聞かせ」のグループ14人が、全員で1冊の本を読むことになった。 「くまのコールテンくん」(ドン・フリーマン作 まつおか きょうこ訳)という短いお話だった。 各自が1ページづつ、その人のペースで読んでいく。私は9人目で、読む範囲は一番短かった。 それでも、こういう大勢の場所で、間違いなく読みこまなければと思うと緊張した。 最後に、ボランティアの人たち全員に、子供たちが書いた直筆のお礼状と、可愛い植木鉢に入った「ミニ ケイトウ」の花を生徒の代表たちが手渡してくれた。 あっという間の1時間だったが、なんとも心温まるひとときだった。 70才になって、小学生との間でこんな体験が出来るとは思ってもみなかったことだ。
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昨日はまた、ボランティアの「読み聞かせ」の当番で、あなん達の小学校に出かけた。 毎回のことだが、子供達への読み聞かせの時間帯は、8時40分から15分間だ。 だから、読み聞かせ用の本を選ぶのも、この時間帯の中で納まるものを選ばなくてはならない。 従って本を選ぶ作業もけっこう難しい。 今回、私の担当する学年は5年生だった。 いろいろ考えた末、落語の「目黒のさんま」を読むことにした。 小学生への「読み聞かせ」のボランティアを始めたのは、昨年の9月からで、今までに5回ほど体験した ている。が、毎回、聞き手の児童たちの反応がイマイチはっきりしない。 「これでいいのかなぁ」と思っていたところへ、先週、娘の夫婦と孫たちと、息子の奥さんかーねるさん と、あなん、らどんが、我が家に集まった。 そこで思いついたのは、一度、今現在、小学生の父兄である娘夫婦とかーねるさん、それに孫たちを加え て、私の「読み聞かせ」を聞いてもらおうではないか、ということだった。 早速、二階へ実際の教室と同じような条件の場を作って、今回やった「目黒のさんま」の読み聞かせの実 践を試みてみた。 読み終わったらみんな拍手をしてくれたが、そこで3人の父母が色々ダメ出しをしてくれた。 ★先ず、最初の前ふりに、東京の今の目黒と、300年前の江戸時代の目黒との違いを話しておくこと。 目黒が、当時どんなところだったか、簡単に説明しておくとよい。 ★それから、さんまの獲れたてが買える、千葉の銚子の市場の様子も話しておくこと。 ★もう少し、噺のテンポを早くしてみたらどうか。 というような、アドバイスだった。 当日、この時の娘夫婦とかーねるさんのアドバイスが大いに役に立った。 なんだか、自分でもノリに乗った。 最初の前フリが効いていたのだろう。こんなこと、分かるかな、というような心配は、語り手の私にもな かったし、聞き手の5年生もすべて承知の上で聞いていてくれたから、所々で笑いが起こった。 私はもう、台本にはないギャグを飛ばして話した。じゃないと、本に書かれたとおりに話していると、語 り方が固いので面白さが半減してしまうのだ。 担任の先生も笑ってくださった。 「さんまは目黒にかぎる」 という殿様の台詞の最後のオチを全員が理解してくれたのだろう。終った途端に拍手が起きた。 終って、5年生の教室を出た途端、 「ああ、やったね」と、今回、はじめて胸を撫で下ろしたことだった。
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昨日、久しぶりに、孫たちの通学している小学校へ「読み聞かせ」のボランティアに行ってきた。 |






