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1 所在地 新潟市北区長場字城の腰 2 種 別 平城 3 遺 構 消滅 4 アクセス 新潟市立豊栄南小学校の東側農道・説明板有 5 概 要 城の潟伝説 この辺りには城の潟、城の腰、外城、内城等の地名が残されて、中世には城館が存在したと伝えられる。駒林川の流れを外堀として利用し、その内側に楕円形の幅54mともいわれた内堀を巡らせ、城館は東西540m、南北324mだったとも言われている。この地の土豪飯野氏、あるいは上杉家の武将長尾三郎右衛門から小四郎景行に至る4代の居城であったと言う伝説や、永正年間(1504〜1521)に長尾為景によって城が滅ぼされたと言う伝説が残っていて、戦国時代の城館跡を思わせる一帯である。又この付近からは平安時代を中心とした土師器や須恵器が多数発見されており、新潟市北区南部の最大の遺跡と考えられる。寺社、郡司、里長等の領主層が駒林川の自然堤防に進出し、水との闘いを展開しながら開墾を進めたと考えられる。(参考文献 現地説明板) 6 探訪写真 (撮影 2010年4月2日)
★ 道路沿いの説明板 ★ 説明板からの南西の現状 ★ 説明板北西側の現状 |
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