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1 所在地 福島県石川郡浅川町浅川字城山 2 別 名 青葉城・城山館・八幡館 3 築城時期 ― 4 築城者 浅川氏 5 種 別 山城 標高407m・比高100m 6 遺 構 郭・帯郭・土塁・堀切 7 アクセス 国道118号から城山公園を目差す。公園入口に案内板有。舗装道で車で登れる。駐車場、トイレ完備。 8 概 要 文冶5年(1189)奥州征伐に参加した甲斐源氏の出である浅利(川)義成の孫、知義が大功があったので浅川の地頭職しなり、青葉城を築き、1万9千石を領したと言われている。その後知義の子孫が代々この城にあったが、しだいに石川氏が同族化を強めていった。戦国時代末期になって佐竹氏が南郷に進出してくるようになり、ようやく活躍するようになる。しかし使命は久慈川の川谷を抑える要である赤館の脇役に過ぎなかった。永録12年(1569)より天正17年(1589)にかけて数度の合戦が行なわれた。天正18年豊臣秀吉の奥州仕置により、所領を失い石川氏に従って浅川城を退去した。 この城山は小高い丘となっていて、傾斜が急である為、複雑な縄張や石垣は必要がなかった。その為残っているものは何も無い。又戦闘そのものも激しくなかった事もあり、厳重な要塞らしきものはなかった。中腹にある集落を根谷と呼んでいる。これは根小屋や内山下に相当するもので、この付近は集落の事を宿と呼んでいる。宿という名称は中通りや久浅川の川谷一帯によく見られる地名である。 参考文献 現地説明板・福島県中世城館跡 9 探訪写真(撮影 2010年4月15日)
★ 浅川城略測図 ★ 城山よりの展望 ★ 浅川城説明板 ★ 本丸への道 ★ 公園となっている本丸跡 ★ 花見の準備はOK ★ 本丸北側より本丸南側を撮る ★ 本丸西側の郭 ★ 本丸東側の帯郭 ★ 本丸南側より本丸北側に鎮座する神社の参道を撮る |
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